シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログ1998年から3年弱インドに住んだのをきっかけに南アジアとの縁ができ、引き寄せられるようにシャプラニールへ…。そして2005年5月からダッカへやってきました。最近の趣味は、そぞろ歩きを楽しむダッカ市民に混じり、サルワール・カミーズにスニーカーを履いて夕方の公園でウォーキングすること。バングラデシュの村や都市で今起こりつつある変化をなるべくコマメにお伝えしていきたいと思っています。どうぞよろしく。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
〒169-8611
東京都新宿区西早稲田2-3-1
早稲田奉仕園内
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FAX:03-3202-4593
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2008年06月20日

火を使う動物

バングラデシュもいよいよ雨期に入ったようで、今日も朝からどんよりとした天気です。今のところまだ長雨というのはないですが、朝夕けっこう降ります。先日は帰宅のリキシャの上で突然の土砂降りに遭い、幌を引き出す間もなくずぶ濡れになりました。

湿度も上がってきたせいか、蚊やゴキブリも増えてきた気がします。我が家は大物のゴキブリは出ないのですが、ハエより小さいぐらいのチビゴキブリが頻発し、そのたびにエアゾールを持って追いかけまわしています。

でもゴキブリ一匹やっつけるたびに思うんですよね。
(こいつらはなんでここまで人間に嫌われるんだろな。地球全体に及ぼす悪影響からいったらゴキブリなんてなんの迷惑もないよな。人間の存在のほうがよっぽど地球に悪い...。)

そして、むかーし学校で習った、人間は他の動物とどこが違うのか?という話を思い出します。
・直立し二本足歩行をする
・道具を使う
・火を使う

などとありましたが、この「火を使う」ってところがそもそも問題なんだよなあ、と。

火を使うから燃料が必要になる、燃料が必要だから石油や石炭やガスや原子力を使い、そのために戦争をし、チェルノブイリみたいな破滅的な事故を起こす。わずかな石油資源を取り合うから燃料代は上がり、そのために食糧も値上がりし、作物をつくってもつくっても自分が食べるものも満足に買えない人がいる。

人間という動物が火を使い始めたそのときから、地球を破滅させる方向にひたすら向かってきたのかと思うと、暗澹たる気持ちになります。かといってもう火を使わない生活には戻れないしなあ。

もうすぐ洞爺湖サミット。地球に迷惑な、火を使う動物の私たち人間は、どこまでその迷惑さを自覚し、自分たちをコントロールすることができるのでしょうか。

電気不足のバングラデシュで、エアコンのスイッチを入れずにいられないヤワな私。まさしく迷惑な「火を使う動物」そのもの。ゴキブリよ、すまんな...、という気持ちになります。


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2008年01月16日

「復興支援」という言葉

昨夜は一晩中唸りながら、シャプラニールの会報2月号の特集原稿を書いていました。とっくに締切を過ぎていたのを担当者に頼んで延ばしてもらっていたもので、日本時間の今朝がほんとにほんとの締切。テーマはサイクロン被災者救援活動の報告です。

今回のサイクロンがどんなだったか、被災地の今の状況、これまでやってきた支援活動と今後のことなどについて3ページ程度にまとめればよく、写真も数点、ということでフツーに書けばたいした量じゃないし、これまでブログや内部の連絡用メーリングリストに山ほど書いてた報告をかいつまんでちゃっちゃとまとめればすむ話なんですが、結局唸って唸って午前3時すぎまで書いたり消したりしてました。

シャプラニールの会報は会員さんや支援者の方に会の活動についてご報告するもので、隔月でお送りしています。ブログやウェブサイトをご覧になっていない方は、この原稿で初めてシャプラニールのサイクロン救援の報告を読まれることになります。そう思うといい加減には書けません。この2ヶ月ぐらいの間に感じたこと、考えたことはいろいろあるのだけれど、サイクロンや救援活動についての基本的な情報も盛り込まなければいけないし、被災地で見てきたたこと、聞いたことも書きたいし、でもそれがどうしても決められた字数の中に入りきらなくて悪戦苦闘しました。結局、ある程度のところであきらめざるを得ず。最終的には月並みな原稿になってしまったかな...。とほほ。

書きながら、こういった活動の中でよく使われる言葉のいくつかに、自分が違和感や反発を持っていることに気がつきました。たとえば、「復興支援」。普段、英語の「リリーフ・オペレーション」を「救援活動」、「リハビリテーション」を「復興支援」と訳して使っていますが、この「復興支援」という言葉がどうも馴染みがよくない。なんというか、威勢がよすぎる感じがするんですね。「復興支援」というと、すごく「がんばれ、がんばれ」とドーンと花火を打ち上げるような感じがしませんか...。「興」の字のせいかしら。被災地や被災した人たちの今の状況に、この「復興支援」という言葉がなんだか合わない感じがするんです。

あと、使わざるを得ないときもあるけど、なんとなく最近使うことを避けている言葉は「心のケア」。心をケアすることはもちろん必要なんですけど、この「心のケア」という言葉があまりに安易に、ファッションみたいに使われすぎて、なんだか反発したくなるんです。「心のケア」なんてそんなに簡単じゃないよ、って。

被災地での「救援活動」や「復興支援活動」について、なんとなく感じていること、考えていること、たくさんあるのだけどまだ自分の中でまとまらずモヤモヤしています。

そんなとき、関西学院大学教授の野田正彰さんの著書、『災害救援』(岩波新書)を何度も読み返しています。奥尻や阪神大震災の被災地で現地調査を繰り返しながら考察されたことをまとめられたこの本は、国内・海外にかかわらず災害救援にかかわる人には必読の名著だ、と私は思っています。この前一時帰国したときやっと購入したのだけれど、ほんとに買ってダッカに持ってきてよかった。

奥尻での経験を書かれていることなど、今回私たちが救援活動を行い、今後も「復興支援」活動を行っていく予定のショロンコラ郡で起こっていたこととあまりにもそっくりだし、第1章「災害の構造」の中に書かれた「被災者役割と救援者役割」の箇所など思い当たることが多くてどっきりします。第5章「危機管理の焦点」、第7章「『心のケア』の本質」、第9章「救援の思想」などもとても参考になります。私たちがこれから何をしなければならないのか、考えるヒントになることが散りばめられている本です。

野田さんは以前ダッカ事務所にもいらっしゃったのに、私が不勉強でお会いしたときご著書をロクに読んでいなかったことが悔やまれます。ああ恥ずかしい。後悔先に立たず。

でも、他のときじゃなく、今この時期にこの本に出会えたことはよかったのかもしれません。書かれていることが染み込むようによくわかるから...。皆さんもぜひ読んでみてください。


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2007年10月05日

パソコンが...

コルカタからは無事戻ったんですが、なかなかブログを書けないのは、7年使っている自宅のノートパソコンが壊れかけているからです。2、3分ごとにフリーズ。液晶の部分をカクカク動かしたり、バシッとたたいたり、後ろの穴から息をふーふー吹き込んだりするとまた動き始めます。こんなことを3分おきにやってるんじゃメールを書くにも時間がかかってしょうがないし、疲れちゃう。暑いところで熱したパソコンを持ってゆすってると手も暑いし。

事務所ではこのところ忙しくてブログどころかメールの返事もままならないし、書こうと思ったネタもどんどん古くなって幻のネタに終わってしまうし、困ったものです。
イード休みに一時帰国したら新しいパソコン買うぞ!


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2007年05月25日

ポカリ、梅干、剣客商売

この3日というもの、ひどい下痢で苦しんでおります。下世話な話で恐縮ですが、もーまったく「水」です。最初の1日は我慢しつつなんとか外出や会議もこなしたものの、2日目(つまり昨日)は、仕事を休んでベッドとトイレの往復。今日午後になってようやく、トイレから少し離れていても大丈夫になり、パソコンを開く元気が出たところ。

出張者の来訪中、夜は外食続きで、いささか食べ過ぎたのがよくなかったのでしょう。会議でストレスがたまったからとて、それだけで下痢するようなヤワな身体ではないのですが、ストレスを「食べて」発散しようとする傾向がよくないんですね...。反省。しかも、この3日ほどダッカはとっても暑い。エアコンを入れていない部屋の温度計を見たら、今33.5度でした。

独りバングラデシュの地でお腹をこわして伏せっていると、だんだん考えることもネガティブになってきて、子どもの頃や中学・高校時代、それに就職してからの自分のダメなエピソードばかりが思い出されます。とくに最後の最後でがんばりきれずに負けた...というようなもの。

例えば、高校の体育祭のスエーデン・リレー。部内ではもっとも遅かったものの一応陸上部だった私は、三走でアンカーにバトンを渡す役割。トップできた二走者からバトンを受けて最初は快調に走っていたのですが、後ろから私よりずっと速い陸上部の仲間が追ってくる。300メートルの最後の50メートル、腿が上がらなくなり、結局抜かされた...。周囲から聞こえる「あ~あ」のため息...。

自分の力量不足に忸怩たる思いでいるときに身体を壊すと、こういう状況になりますね...。

そんなトホホな私を今、支えてくれているのは、ポカリスエットと梅干入りお粥、そして出張者が持ってきてくれた池波正太郎の『剣客商売』の続編数冊。

常盤新平氏が「剣客商売三『陽炎の男』」の解説の最後に、「このシリーズを八年前に夢中で読んでいたことを私は思い出す。不幸なことを忘れたいために読んでいた。ちょうど八月の暑いさかりだった。そのころ『剣客商売』は慰めであり励ましだった」と書かれています。私は別に不幸なことを忘れたい状況にあるわけではないけれど、ちょっとめげているので「剣客商売」が慰めであり励ましであることには強く同感。

池波正太郎先生、『剣客商売』シリーズをありがとう。私め、ふつつかなれど、なんとかこの週末中に立ち直りまする。


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2007年03月05日

峠...なのかも

ここ数日ブログを書けなかったのは、週末にかけて行われたパートナー団体のCOLIの合宿に参加したりして出張していたこともあったのですが、なんだか心身ともに疲れちゃっていたためです。2005年5月にバングラデシュに赴任して1年10ヶ月。幸い熱を出して寝込むようなこともなく、体調不良で休んだのは会議前に大事をとった1日だけで、いたって元気にここまで来たんですが、ここにいると日本にいるよりなんだか老化が早いような気がするんですよね。白髪も増えたし、手のひらのシワも増えて手相が複雑になった感じ。人生も複雑になりつつあるのかしらん。

1月から3月にかけては、来年度の計画や予算をめぐってパートナー団体との協議、書類作成、会議が多く、頭と神経ばかり使って農村を歩き回ったり村人と話をすることが少なかったので、何かバランスが悪くなっているのかもしれません。

ちょうど駐在期間の折り返し地点を過ぎて、なんだかしんどく感じるのは、峠の山道を登っているからなのかも。ラクじゃないのは上り坂だから。そう考えてがんばりましょう。

そういえば去年の今頃も合宿前にバテて、おかゆの写真をブログに載せたりしていたっけ...。季節性のものなのかしら。またカーッと暑くなったり、ざーっとスコールが来たりして、ライチやマンゴーが出回る季節になれば、元気が出そうな気がします。私はやっぱり暑くて汗だくになっているようでないと、調子が出ないんですよね。

たわわに実る大きなマンゴーを思い浮かべるだけでもなんだか楽しい気分になります。ああ、早く食べたいマンゴーよ。


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2006年07月27日

クビでも笑顔でほっとした

事務所長という職について、もっとも悩ましいことのひとつは、スタッフの人事です。
かつて地域活動センターと呼ばれていた村のフィールド事務所が今は全て現地NGOとして独立し、ダッカ事務所はベンガル人スタッフ12人、日本人2人の小さな事務所になりましたが、それでも日本ではひとりの部下さえ持ったことのない私が、それぞれに生活がかかっているスタッフたちの人事考課をして給与を決め、新しい人を雇ったり問題ある人は解雇したり、というのは、なかなか難しい仕事です、正直。

私の前の前、筒井現事務局次長がダッカ事務所長だった時代は、今はPAPRI、STEP、COLIとして独立している地域事務所がすべてシャプラニールの「直営」だったので、120人ほどもスタッフがいて、その人事考課と給与の決定もすべてダッカ事務所長がやっていたのです。白幡前所長の時代でも昨年のCOLI独立前は、まだ60数名のフィールドスタッフがいました。全員の仕事ぶりをちゃんと把握して給与も決めていたわけです。

なんでそんなことができたんだろ。気が遠くなります。今、3団体にいるフィールドスタッフ全員の顔と名前を覚えるだけでも大変なのに。二人とも駐在2回目のベテランだったからこそできたんだろうなあ...。
いやいや、でも、もっと前にたどっていけば20代で所長をやってた人もいたんだよな。よくやってたもんだよなあ...。

で、なんでこんなことを言い出したかというと、ダッカ事務所のある女性スタッフに今月いっぱいで辞めてもらったのです。3年の契約期間はまだあと1年残っていたけれど、半年以上前から悩んだ末の決断でした。彼女にどんな問題があったかはここでは書きませんが、シャプラニールダッカ事務所としてよりよい仕事をするためには、辞めてもらったほうがよい、という最終判断でした。ひとり事故を起こしたドライバーも辞めてもらったから、私が来てからの解雇は2人目になります。

ひと月ほど前、英文のレターを示しつつベンガル語で解雇通告をし、泣かれました。でもこの1ヵ月、彼女にはいろいろな就職先情報を提供し、別天地でがんばってもらうよう、それなりにサポートはしたつもり。

その甲斐あってか、まあ本人の努力と運なんでしょうけど、これまでプログラム・アシスタントだった彼女が、2日前にあるバングラデシュのNGOで、スーパーバイザーと名のつくポストに採用が決まったのです。本人相当うれしかったようで、また一度はどん底に落ちた自信も回復したようで、満面の笑顔。よかったね。

そういうわけで、こちらも晴れて笑顔で彼女を送り出せることになりました。
明日から私はインド出張。彼女の勤務日に会うのは今日が最後になるため、老婆心でいろいろと言い渡しました。

1.次の職場の試用期間中、絶対遅刻をしないこと。
2.最初の印象が肝心なので、もてる力の100%を出して努力すること。
3.組織によって習慣も違うかもしれないので、注意深くその組織のルールに合わせること。
4.自分の考えをしっかり持つのも大事だが、まず人の話をよく聞くこと。

これまでシャプラニールを辞めたスタッフたちは、皆それなりに悪くない職をみつけているようです。私がクビにした彼女も、もしかしたら次の職場で「大化け」し、立派なスーパーバイザーになるかもしれません。あら、シャプラニールは人を見る目がなかったのね、ということにもしなったら、それはそれでいいし、嬉しいことだと思います。この転職を機に開花してくれるなら、私の決断は彼女の役に立ったということでしょうし。でもここに居続けてもらってももうこれ以上伸ばすことはできない、考えに考えた末、そう思ったのだから。

私もかつてしょーもない新入社員だったなあ...と恥ずかしく思い出します。本当に穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい思い出がいろいろ。そのときは企業の社員でしたけど、自分の能力のなさ、常識のなさを棚にあげて同期と飲んでは会社の文句ばっかり言っていました。今となって思えばなかなかいい会社だったのに。

当時はバブル真っ盛り。会社を1年で辞めても、第二新卒などと言われてもてはやされ、再就職には困らなかった時代です。私が1年足らずでその会社を辞めたときには、「きみに今までかけたお金を返してもらいたいよ」と人事課長に言われたっけ。とほほ、すみません。新入社員への研修にどれだけのエネルギーと経費と会社の思いがかかっていたか、今となって痛いほどわかります。

ダッカ事務所には最近採用したばかりのべつの若い女性スタッフもいます。彼女をこれからどれだけの人材に育てられるか。まだ本当に若葉マークだけど、意欲ある彼女は伸びそう。次の所長に交代するときには、頼もしいスタッフに成長していてほしいものです。

こちらも「あんな人の元じゃ私は伸びないワ」と思われないように、がんばらないとね。


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2006年06月21日

夜中のアリ喰い

私はものぐさ者なので、コップにジュースを入れて飲んで、それをすぐ洗わずにテーブルに放置し、そこに30分後に水を入れて飲む、ということを平気でします。日本なら問題ないかもしれません。でもこれはバングラデシュではやってはいけないことです。

ものぐさ者の私は夕べ晩御飯をつくるのが面倒になり、残りもののおかずを温めたものと、最近日本からみえた方にお土産としていただいたカップラーメンで夕食を終わりにしました。よせばいいのにおつゆを全部飲んだので、夜中にひどく喉が乾き、午前2時にむくっと起き上がって、暗がりの中、寝る前に飲んだコップの水が半分残ってテーブルに置いてあったものをぐびっと飲みました。

ただの水のはずなのに、なんだか小さな種のようなイガイガするものが喉を通過していきました。あれ?と思って電気をつけてコップを見ると、ガーン、コップの外側も水の中も小さな蟻んこでいっぱいではありませんか。水を飲む前に入れたジュースの糖分が残っていたのか。この小さな小さな蟻は、ダッカではいつでもどこでも出没するもので、なんだか肌にかすかな異物感が...と思うとこのチビ蟻が這っている、というのはよくあることです。

さっき私が飲んだイガイガは蟻ちゃんだったのでした。若い頃ならここでキャー!と叫んで洗面所に走り、喉に指をつっこんで飲んだ蟻を吐き出そうとしたかもしれないのですが、今の私は心の中で「まあ、べつにあの蟻を10匹やそこら飲んだところで、なんともならないか...」とつぶやき、続いて「覆水盆に返らず、じゃなくて飲んだ蟻は吐けず、ってとこか」と独りごち、「でもまだ生きてるやつがいたらヤだからもうちょっとお水飲んどこう」と、お水(今度はきれいなの)をごくっと飲んで終わりでした。あまりの動じなさに自分で少し驚きました。わたしはいつの間に蟻を飲んでも平気なぐらいワイルドになったのかしら。

20代ぐらいの若い頃に比べて、最近は仕事の責任も重くなっているし、年をとった親の病気だとか、直面する問題も深刻になってきているはずなのですが、生きること自体はずいぶんラクになったよなあ、と思うことが多いです。その理由のひとつは「少々のことでは動じなくなった」ことにあるのでしょう。あと、若い頃はちょっとした失敗で「私はダメだわ」と思ったりしていたのが、この年になると「こんな失敗をしても動じないワタシはたいしたもんだ」と強引にポジティブな方向に持っていくのが習慣化しています。(そうなることで失ったものも少なくないと思いますが...)

失敗しても落ち込まない。でも失敗から学ぶ。それが大事なことですよね。(また同じことをして蟻を飲んだらただのバカよね)

そういうわけで、昔だったら夜中の2時にひとりの部屋で蟻入りの水を飲んだら「私ってなんて情けない女」と落ち込んでいたかもしれませんが、今の私は「アリぐらい飲んだって平気だもんね。明日はこれをブログのネタにしよう。」と思って安らかに眠りについたのでした。

そんなオトナにはなりたくない?そうかもね...。


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2006年01月24日

マタゴロム

ベンガル語の言い回しは、ときに日本語のニュアンスとよく似ているなあ、と思います。日本語にも「頭にくる」とか「頭に血がのぼる」という表現があますが、こちらでよく聞く面白い表現のひとつに「マタゴロム」があります。

鍋とネコ.jpg
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  今日の話に関係ないですがポイラ村・STEP事務所の鍋とネコ
                   
「マタ」は頭、「ゴロム」は暑い、または熱いという意味で、頭に血がのぼって熱くなってしまうのが「マタゴロム」な状態です。 怒って頭にきたときだけでなく、興奮してしゃべった後などもマタゴロムになりますし、根をつめて仕事をして煮詰まってしまったようなときも「マタゴロムになっちゃった」などと言います。

わがダッカ事務所のあるドライバーは自分に向けてか他人に向けてか「マタゴロムになりやすい人は車の運転には向かない」と言っていましたし、先日こちらのテレビドラマを見ていたら、かっとなった夫に向かって妻が、「ああ、お願いあなた、マタゴロムしないで」などと言っていました。

1月末のいま、ダッカ事務所では、現地の4つのパートナー団体と来年度のプロジェクト計画や予算について話し合いを重ねているところ。
ダッカの都市での新規事業やインドで始める予定の事業も加えると6つの団体と計画や予算について詰めなければなりません。

パートナー団体にはそれぞれやりたいことが色々あり、各団体の存続もかかっているので予算交渉はなかなか大変。しかしこちらも無い袖は振れません。

冗談みたいな多額の予算書を出してきたり、キャパシティーからいってちょっと無理ではないか、という計画を出してきたりする彼らと、どれだけ膝を割って話し合い、お互いそこそこ納得できるところまで歩み寄れるかが勝負どころです。

あまり駆け引きはうまくないし、駆け引きしている時間もないので、もったいぶった言い方はしないようにしています。心がけているのは、こちらの考えやリミットははっきり伝えつつも相手の立場に立って親身に考えること。

そしてなによりマタゴロムにならないこと、相手もマタゴロムにさせないことです。(でもばっさり予算を削られたパートナー団体の代表は夜眠れなくなったりしているようです。こっちも辛いけど、仕方ない…)

事務所長のようなマネジャーの仕事は私にとってここへ来て初めて取り組むものですが、この「いつでもマタゴロムにならない、マタゴロムになったところを見せない」ということが、単純ながら難しく、実はマネジャーとして一番大事なことかもしれないなあ、と最近感じています。

(2006年1月24日)


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