事務所長という職について、もっとも悩ましいことのひとつは、スタッフの人事です。
かつて地域活動センターと呼ばれていた村のフィールド事務所が今は全て現地NGOとして独立し、ダッカ事務所はベンガル人スタッフ12人、日本人2人の小さな事務所になりましたが、それでも日本ではひとりの部下さえ持ったことのない私が、それぞれに生活がかかっているスタッフたちの人事考課をして給与を決め、新しい人を雇ったり問題ある人は解雇したり、というのは、なかなか難しい仕事です、正直。
私の前の前、筒井現事務局次長がダッカ事務所長だった時代は、今はPAPRI、STEP、COLIとして独立している地域事務所がすべてシャプラニールの「直営」だったので、120人ほどもスタッフがいて、その人事考課と給与の決定もすべてダッカ事務所長がやっていたのです。白幡前所長の時代でも昨年のCOLI独立前は、まだ60数名のフィールドスタッフがいました。全員の仕事ぶりをちゃんと把握して給与も決めていたわけです。
なんでそんなことができたんだろ。気が遠くなります。今、3団体にいるフィールドスタッフ全員の顔と名前を覚えるだけでも大変なのに。二人とも駐在2回目のベテランだったからこそできたんだろうなあ...。
いやいや、でも、もっと前にたどっていけば20代で所長をやってた人もいたんだよな。よくやってたもんだよなあ...。
で、なんでこんなことを言い出したかというと、ダッカ事務所のある女性スタッフに今月いっぱいで辞めてもらったのです。3年の契約期間はまだあと1年残っていたけれど、半年以上前から悩んだ末の決断でした。彼女にどんな問題があったかはここでは書きませんが、シャプラニールダッカ事務所としてよりよい仕事をするためには、辞めてもらったほうがよい、という最終判断でした。ひとり事故を起こしたドライバーも辞めてもらったから、私が来てからの解雇は2人目になります。
ひと月ほど前、英文のレターを示しつつベンガル語で解雇通告をし、泣かれました。でもこの1ヵ月、彼女にはいろいろな就職先情報を提供し、別天地でがんばってもらうよう、それなりにサポートはしたつもり。
その甲斐あってか、まあ本人の努力と運なんでしょうけど、これまでプログラム・アシスタントだった彼女が、2日前にあるバングラデシュのNGOで、スーパーバイザーと名のつくポストに採用が決まったのです。本人相当うれしかったようで、また一度はどん底に落ちた自信も回復したようで、満面の笑顔。よかったね。
そういうわけで、こちらも晴れて笑顔で彼女を送り出せることになりました。
明日から私はインド出張。彼女の勤務日に会うのは今日が最後になるため、老婆心でいろいろと言い渡しました。
1.次の職場の試用期間中、絶対遅刻をしないこと。
2.最初の印象が肝心なので、もてる力の100%を出して努力すること。
3.組織によって習慣も違うかもしれないので、注意深くその組織のルールに合わせること。
4.自分の考えをしっかり持つのも大事だが、まず人の話をよく聞くこと。
これまでシャプラニールを辞めたスタッフたちは、皆それなりに悪くない職をみつけているようです。私がクビにした彼女も、もしかしたら次の職場で「大化け」し、立派なスーパーバイザーになるかもしれません。あら、シャプラニールは人を見る目がなかったのね、ということにもしなったら、それはそれでいいし、嬉しいことだと思います。この転職を機に開花してくれるなら、私の決断は彼女の役に立ったということでしょうし。でもここに居続けてもらってももうこれ以上伸ばすことはできない、考えに考えた末、そう思ったのだから。
私もかつてしょーもない新入社員だったなあ...と恥ずかしく思い出します。本当に穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい思い出がいろいろ。そのときは企業の社員でしたけど、自分の能力のなさ、常識のなさを棚にあげて同期と飲んでは会社の文句ばっかり言っていました。今となって思えばなかなかいい会社だったのに。
当時はバブル真っ盛り。会社を1年で辞めても、第二新卒などと言われてもてはやされ、再就職には困らなかった時代です。私が1年足らずでその会社を辞めたときには、「きみに今までかけたお金を返してもらいたいよ」と人事課長に言われたっけ。とほほ、すみません。新入社員への研修にどれだけのエネルギーと経費と会社の思いがかかっていたか、今となって痛いほどわかります。
ダッカ事務所には最近採用したばかりのべつの若い女性スタッフもいます。彼女をこれからどれだけの人材に育てられるか。まだ本当に若葉マークだけど、意欲ある彼女は伸びそう。次の所長に交代するときには、頼もしいスタッフに成長していてほしいものです。
こちらも「あんな人の元じゃ私は伸びないワ」と思われないように、がんばらないとね。