シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログ1998年から3年弱インドに住んだのをきっかけに南アジアとの縁ができ、引き寄せられるようにシャプラニールへ…。そして2005年5月からダッカへやってきました。最近の趣味は、そぞろ歩きを楽しむダッカ市民に混じり、サルワール・カミーズにスニーカーを履いて夕方の公園でウォーキングすること。バングラデシュの村や都市で今起こりつつある変化をなるべくコマメにお伝えしていきたいと思っています。どうぞよろしく。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
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東京都新宿区西早稲田2-3-1
早稲田奉仕園内
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2008年05月23日

 稲刈りの季節

農村では乾期の灌漑稲作で作られるボロと呼ばれる稲の収穫の季節が終わりに近づいています。最近のバングラデシュでこの季節作られている米はほとんどがハイブリッドの高収量品種で、BR(Bangladesh Rice)28番、もしくは29番という種類の稲。在来種は少なくなる一方です。田植え、収穫ともやや早めのBR28番はすでに稲刈りが終了し、29番の稲刈りが今週山場を迎えていました。村人たちは稲を刈って束ねたり、脱穀したり、脱穀した籾を広げて日に干したり、脱穀したあとの藁を乾かして積み上げたり、という作業に大忙し。そんな村の様子の写真を何枚かご紹介します。いずれも今週マイメンシン県イショルゴンジ郡で撮影したもの。

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刈り取りを待つ稲

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稲を刈る人たち

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作業の手を休めてポーズ

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女性たちも籾を乾かす作業に忙しい

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子どもたちもお手伝い

今年はこの10年で一番の豊作とあって、村人たちの笑顔も明るく、稲束を担ぐ人々は嬉しそう。私たちが話を聞いた人たちも、これでなんとか数ヶ月は食べられそうだ、と安堵の表情を浮かべていました。

自分の田を持たない人たちも、今は稲刈りの仕事で現金収入があり、少し余裕がもてる時期です。イショルゴンジ郡の稲刈り労働の今年の相場は、三食つきで一日150タカ。悪くない金額です。もっとも最近は、日雇いの賃労働ではなく「この田んぼの稲を全部刈ったらいくら」という形の仕事も増えているそう。早く終えてもゆっくりやってももらえるお金は同じ。さっさと終わらせて次の仕事をやるべくがんばれば、それだけ収入も増える、というわけです。

食糧価格高騰のクライシスでマイクロクレジットの返済が滞りがちだった人も、少しずつお金が返せるようになっています。懸命に働く人々の今の努力が今年一年の穏やかな暮らしと次なる生活向上の機会につながりますよう。




投稿者: 藤岡 日 時: 19:18 | | コメ ント (3) | トラッ クバック (0)

2008年05月17日

 ジャスミンの花輪

ダッカはかなり暑い日が続いています。私の住んでいる部屋はアパートの最上階なので、屋上に日中当たり続けた日差しの熱がこもって、夜になってもなかなか涼しくなりません。エアコンを入れないと夜中でも部屋の温度は34度ぐらい。暑いです。

この季節、路上の子どもたちが車の窓をたたいて売りに来るのは小さなレモンを袋詰めにしたもの(1袋10タカ)やジャスミンの花輪。この花輪はジャスミンの花をひとつひとつ糸に通したものです。これをおとなの中指ぐらいの太さの短い棒にたくさん掛けて、買ってとせがみに来ます。

今夜も会食の帰り道、友人の車で自宅に向かっていたら、交差点で7-8歳ぐらいの小さな女の子がジャスミンの花輪を売りに来ました。私は夜子どもが売りにくるジャスミンの花輪は小銭がある限り必ずといっていいほど買います。ジャスミンの花はとてもいい香りで、寝るとき枕元に置いておくと気持ちよく眠れるのです。

車の窓を開けて「いくら?」と聞いたら「5タカ」という返事。「2つちょうだい」と言ったら、「10タカ」と澄まして言いながら丁寧に2つの花輪を棒から外してくれました。まるでちゃんとしたお店の店員さんみたいに。

夜10時過ぎの交差点。女の子は次のお客を探して花輪の束をかかげながらすたすた歩いていきました。淡々とした顔をして。




投稿者: 藤岡 日 時: 03:01 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2008年05月13日

 お隣の国の大災害

しばらくご無沙汰しました。5月頭から10日ほど、日本に一時帰国しておりました。ダッカに単身赴任で丸3年、たまに帰らないと家族に忘れられちゃうので。サイクロンがまた来るのではと気を揉みましたが、バングラデシュからは進路が逸れたことを確認してダッカを発ちました。

日本に着いてからも毎日ウェブサイトの災害情報や衛星写真でサイクロンの進路をチェックしていましたが、ナルギスはバングラデシュのお隣のミャンマー(ビルマ)を直撃、大変なことになってしまいました。私はミャンマーには行ったことがないのですが、あそこまで酷い状況になるとは思ってもいなかったので報道に接して愕然としました。ナルギスは昨年バングラデシュを襲ったシドルに比べれば規模は小さいという話だったし、ミャンマーに近づく頃、少し威力が落ちたという報告もあったからです。

しかし結果は大惨事になってしまいました。高潮の被害があそこまで大きかったというのは、上陸時運悪く満潮にあたってしまったということでしょうか。堤防などもなかったのでしょうか。

ナルギスが発生したことがバングラデシュで報道されたのは確か4月29日でした。以来、バングラデシュの新聞には毎日ナルギスの進路について記事が載り、昨年シドルが襲った地域では、またサイクロンが来る!というのでちょっとした住民のパニックもありました。パニックは困りますが、それは裏を返せば、一般の住民もずいぶん早くからサイクロンの発生やそれが近づいてきていることについて、なにがしかの情報を得ていたということです。バングラデシュではナルギスが近づく可能性の高い地域では必要に応じて避難誘導ができるよう、地方行政にも指示が出ていました。国内で活動するNGOもいざという場合に備えて警戒していました。まだ十分とはいえないけれど、悲惨な災害の経験を何度も乗り越え、時間をかけてバングラデシュの防災体制はそこまで来たのです。

しかしお隣のミャンマーではバングラデシュに比べ防災体制がまったく整っていなかったようです。おそらく避難誘導もろくにないまま、人々は寝耳に水の状態で被害に遭ったのでしょう。緊急救援のためのマンパワーを受け入れず、国民投票を優先する軍事政権の愚かさには本当に腹が立ちます。こうしている間にもたくさんの人が死んでいっているというのに。

いくら物資が集まっても、それを遠隔地の人々までまんべんなく届けるというのは至難のわざです。昨年のシドルのときだって、バングラデシュでは軍や国際機関、NGOが総出で連日緊急救援を行い、それでも被災者すべてに行き渡るよう援助を届けるのはとても難しかったのです。今回のミャンマーの被害規模は1991年にバングラデシュのチッタゴン地方を襲ったサイクロンの被害(14万人死亡)を思い出させます。これほどの規模になったら、どんなにたくさん援助機関やNGOが入ってもまったく足りないはずです。救援物資を配るのもシステマティックにやらないと、アクセスのいいところの人たちばかりがたくさんもらって遠隔地にはまったく届かない、とか、間で横流しされて誰かが溜め込む、ということになりかねません。

シャプラニールは救援をやらないのか、と東京事務所にもお問い合わせをいくつかいただいたようですが、南アジア専門のシャプラニールとしては、ミャンマーに拠点もなく、現地の事情にも詳しくないので、今回は救援を行う予定はありません。しかし、日本のNGOで、ミャンマーで以前から活動している団体がいくつも救援活動を始めていますので、何かしたいとお考えの方はぜひそういった団体にご協力いただけたらと思います。日本のNGOのネットワーク団体、JANICのウェブサイトにNGOによるミャンマー救援情報がアップデートされています。昨日起こった中国四川省の地震の救援情報もすでに掲載されています。

現地のニーズをよく知り、きめ細かい対応ができること、人々の手に届くところまで確認できることがNGOの強みです。日ごろから現地で活動している団体に私も寄付します。




投稿者: 藤岡 日 時: 16:59 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)
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