シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログ1998年から3年弱インドに住んだのをきっかけに南アジアとの縁ができ、引き寄せられるようにシャプラニールへ…。そして2005年5月からダッカへやってきました。最近の趣味は、そぞろ歩きを楽しむダッカ市民に混じり、サルワール・カミーズにスニーカーを履いて夕方の公園でウォーキングすること。バングラデシュの村や都市で今起こりつつある変化をなるべくコマメにお伝えしていきたいと思っています。どうぞよろしく。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
〒169-8611
東京都新宿区西早稲田2-3-1
早稲田奉仕園内
TEL:03-3202-7863
FAX:03-3202-4593
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2007年11月29日

 毛布1510枚を購入、船積み

毛布2.jpg救援物資は送料や手間を最低限にするためにも、なるべく現地に近いところで調達するのを原則としているのですが、今回ビニールシートと毛布については、被災地近くの都市では手に入らないことがわかったため、ダッカで購入しました。

ボルグナに送る毛布は、昨日品物を決めて業者にオーダーし、今日、ダッカ事務所のスタッフの立会いのもとに数を数えてパッキングし、オールドダッカのショドルガートという船着場まで運んで、ボルグナへ向かう船に乗せました。昨日のうちにボルグナを出てダッカにやってきたパートナー団体のションコルポ・トラストのスタッフ2人が、船に乗り込み、荷物につきそいます。

毛布1.jpg今回最初に立てた予算では、毛布1枚350TK(約560円)で計算していたのですが、1枚250TK(約400円)でカラフルな大判の毛布を買うことができました。厚みがあり、家族4人ぐらいが十分身体にかけて寝られるぐらいの大きさのものです。

写真は今日パッキングに立ち会ったオフィス・アシスタントのアシシが撮ってきたもの。船は今夜ダッカを出て明日30日にはボルグナに着きます。1日に仕分けをし、2日には最初の配布を行う予定。ボルグナに入っている小嶋駐在員とプログラムオフィサーのサイフルが、最初の配布に立ち会ってから帰ってくる予定です。




投稿者: 藤岡 日 時: 23:15 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)
2007年11月29日

 ドナー回りをする被災地弱小NGO

シャプラニールがバゲルハット県、ボルグナ県で現地NGOをパートナーとして救援活動を始めて以降、いくつもの被災地の小さなNGOが電話をかけてきたり、請願書のような手紙を持ってダッカ事務所を訪れてきたりしています。今行っている救援活動だけでもいっぱいいっぱいな状態で、私も髪を振り乱している感じなのですが、必死の面持ちで被災地からやってくる彼らに邪険な態度をとることもできず、できる範囲で話を聞いています。

ここ数日目立つのは、今回もっとも被害が大きかったバゲルハット県やボルグナ県、ポトゥアカリ県などの最大級の被災地の隣で、相当の被害がありながらあまり新聞報道などがされず、やや目立たなくなっている地域、ピロジプール県やゴパルゴンジ県、ボリシャル県などの小さなNGO。いずれも「うちの地域はぜんぜん救援が足りない、人々は大変な状況なのに無視されている」と訴えます。

今日訪れたゴパルゴンジ県の団体の人は、「私たちが活動している郡は全国的にはマイノリティであるヒンドゥー教徒が8割を占める地域。日ごろから無視されがちな地域で、政府も邪険なので、サイクロンの救援からも取り残されているんです」と言います。ここは実は建国の父シェイク・ムジブル・ラーマンやその娘の元首相、シェイク・ハシナの出身地。マイノリティの人たちにはアワミ連盟を支持する人が多いので、前のBNP政権のときは徹底して無視されたと言います。「うちの郡に入ったら急に道も悪くなるんですよ」だって...。

こういった地域の今回のサイクロン被害がどの程度なのか、正直なところ行って見てみないとわかりません。ボルグナ県やバゲルハット県など、最大級の被害があって新聞によく写真が載る県の中でも、地区によって被害の甚大だったところ、それほどでもなかったところがありますし。「救援活動を支援して!」と言ってくるところでも、行ってみたら被害はそれほどなかった、ということもなきにしもあらずなのです(逆の場合ももちろんありえます)。また、日ごろ全然お付き合いのない、評判を聞いたこともないNGOといきなり組んで救援活動をする、というのはなかなか難しいものがあります。でも本当に被害が大きくて救援がぜんぜん回っていないのであれば、なんとかしてあげたい、とも思うのですが...。

ダッカ事務所は今、プログラムオフィサー2人と小嶋駐在員が現場からまだ戻らず、ただでさえ事務所の人員が少なくなっています。筒井事務局次長は今日もう日本に帰ってしまったし。2台ある車も出ずっぱりでレンタカーも動員中。これまで決めた2つの現場にはもうかなり資金もつぎ込んでいます。

あっちでもこっちでも救援が足りず、地元の小さなNGOが救援活動をしたくても資金がなくて困っていることはわかっていても、資金にもマンパワーにも限りのある私たちとしてはお断りしなければならない場合がほとんどです。「どうかあなたがたが私たちに協力してくれますように、神のご加護を」と言われて、ううう、と唸っています。




投稿者: 藤岡 日 時: 23:06 | | コメ ント (3) | トラッ クバック (0)

2007年11月26日

 サイクロンから10日過ぎて

緊急救援活動のためバタバタしていて、ブログの更新が滞ってしまいました。サイクロンの夜から10日が過ぎましたが、被災した人々の生活は平常に戻るにはほど遠く、同じ県や郡の中でも救援が届いている場所と届かない場所、もらえた人ともらえない人があり、届いていない人にいかに届けるかが援助関係者の重要課題になっています。これから冬に向けて小さな子どもやお年寄り、身体の弱った人々には厳しい季節。家族を失った人たちも悲しむ余裕さえなく、生きていくことに必死にならざるをえない状態だろうと思います。

昨日の政府のレポートによると、被災者数は680万人に達しています。バングラデシュの人口はだいたい1億4千万人ですから、バングラデシュ人のほぼ20人に1人が被災したということになります。首都ダッカが被害を免れ、被災した南西沿岸部はそれほど人口密度が高い地域ではなかったにもかかわらず、です。

シャプラニールがバゲルハット県ショロンコラ郡で第1弾の緊急救援実施を決めたことはウェブサイトでもお知らせした通りで、この活動はすでに進んでいますが、第2、第3弾の救援のため、24日からダッカ事務所の小嶋駐在員とプログラム・オフィサーのサイフル・イスラムがボルグナ方面へ、23日に来バした筒井事務局次長とプログラム・オフィサーのポリモールが25日から再びショロンコラ郡に入り、現地のNGO関係者とともに被災地を駆け回っています。

私の役回りはダッカ事務所での中継塔。現地入りしている2チームの携帯からの電話を受けたり、東京事務所と連絡をとったりしたりしながら緊急救援活動をコーディネートしています。例えて言えば、ヒマラヤ登山のベースキャンプで、隊員を登頂に送り出し、無線と望遠鏡を持ちながら指示を出している人、という感じでしょうか。もっとも今は、東京の司令塔の一部(筒井)が自らアタック隊に入っているわけですけど。

緊急救援の裏方にはいろいろ地味だけれど重要な仕事があります。政府のNGO局に救援活動用の外貨送金を受け取るための文書を作って出したり、救援物資の入手先を調べて手配したり、パートナー団体への送金の手配をしたり、さらなる救援活動のための情報収集をしたり。ダッカ事務所でこういった仕事の中核を担っている、総務担当のドットや会計担当のルフルも、よくやってくれています。

ドライバーとして被災地の悪路を長距離運転しているミロンとシポンもきっとかなり疲れているはず。安全運転には気をつけてくれていると思いますが、事務所の車はかなり年季が入っているので、故障の起きないことを祈るばかり。

今日はショロンコラに送るためのビニールシートを扱う業者をオールドダッカで見つけ出し、値段交渉をして3千枚のシートを注文し、トラックで現地に運ぶ手配などもありました。クルナやボリシャルなど被災地に近い都市ではビニールシートは手に入らないので、ダッカで買って送らなければなりません。業者にも「救援なんだから協力して。あなたも参加してほしい」と総務のドットがこんこんと話をしたところ、儲けなしでシートを卸してくれることになりました。

被災地では人々が瓦礫の廃材を組んだものにサリーやむしろなどをかけて仮小屋をつくり、そこで眠っていますが、すでに夜は霧が出ているようです。バングラデシュの冬の霧は濃密で、その中にいると髪や衣服がしっとり湿ってしまいます。もうしばらくすれば政府などの住宅再建支援も入ってくるかもしれませんが、それまでの期間をしのぐのにビニールシートは役立つはず。住宅再建のあとも様々な使い道があります。

ショロンコラの第2弾では、このほか井戸やトイレの設置、池の掃除をさらに進めることなども入っています。水の重要性は言うまでもないですが、とくに女性たちにとって、周囲の目を気にせず、安心して使えるトイレは必須です。

ボルグナでも寡婦や障がい者を含む最貧困層を対象に食糧配布を行うことになり、さらなる救援も検討しています。詳しくはサイクロン救援ページの最新情報で近々報告されると思います。

バングラデシュでは今も新聞の一面はサイクロン関係一色、救援活動も各地で懸命な努力が続いていますが、日本の新聞やテレビからはすっかりサイクロン関係のニュースは消えていると聞いて、募金の集まりが心配です。

まだサイクロンから10日、人々はなんとか生き延びつつも、これからどうやって生活していくのか目の前が真っ暗な状態にいます。どうかバングラデシュの680万の被災者のことを忘れないでください。私たちも引き続き努力しますので、ご支援をどうぞよろしくお願いいたします。




投稿者: 藤岡 日 時: 23:48 | | コメ ント (3) | トラッ クバック (0)

2007年11月22日

 悲しいマンゴーの木

昨日のこと、シャプラニールが取り扱っている手工芸品生産者のサイクロン被害状況について、東京に送る文書をまとめていたプログラム・アシスタントのイルシャトが、パソコンのキーを打つ手を止めて、「ああ、こんな悲しい亡くなり方があるなんて...」とため息をつきました。

被害の大きかったボリシャル地域でジュート製品をつくっていた、ある女性の話です。お名前は聞いていませんが、仮にロヒマさん、としておきましょう。

ロヒマさんの家の裏には、大きなマンゴーの木がありました。枝ぶりもよく立派なこの木は、ロヒマさんの夫のお気に入りの木でした。バングラデシュでは木は貴重な財産です。果物の木は実を収穫して売ることもでき、大木になれば何かあったときには材木として高く売れます。ロヒマさんの夫はよくこの木を見上げながら、売ったらいくらになるかな、と話していたそうです。

サイクロンの夜、吹き荒れる嵐の中で、ロヒマさんの夫はこのマンゴーの木が心配になりました。ロヒマさんが止めるのも聞かずに、「マンゴーの木を見てくる」と言って家の外に出て行きました。マンゴーの大木はサイクロンの暴風に勝てず、ちょうどロヒマさんの夫が様子を見に行ったそのとき、根こそぎ激しく倒れ、ロヒマさんの夫はこの木に強打されて亡くなりました。

大好きだったマンゴーの木に打たれて命を落としてしまった夫。夏にはたくさんの実をつけてロヒマさんたちを喜ばせたこの木も、あるじと共にその命を終えることになりました。

今回のサイクロンではたくさんの人が倒木に家を潰される被害に遭いました。大事にしていた木の下敷きになって亡くなった、ロヒマさんの夫のような人も、たくさんいたに違いありません。




投稿者: 藤岡 日 時: 23:01 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)

2007年11月21日

 救援内容決定、物資購入開始

サイクロン被災地、とくに遠隔地では5日たった今でも水の中に遺体や家畜の死骸が沈んでいるような状態で、安全な水不足が深刻になっています。汚染された水のために、心配されていた下痢などの病気がすでに広がっています。下痢で脱水状態になっても安全な飲み水がないのでは、命にかかわります。とくに抵抗力のない小さな子どもやお年寄りは、サイクロンの夜を生き延びても今なおとても危険な状態にあります。

昨夜クルナに戻ったポリモールから、今朝早く第1弾の救援内容の提案と予算書が送られてきました。ウェブサイトのサイクロン救援のページにも載せていますが、この提案をもとに、ショロンコラでの1100世帯への食糧、衣料などの配布と池の清掃、そしてモングラ港の近くにあるバニシャンタとよばれる場所で働くセックスワーカーの女性たちの、子どもたちのためのシェルターを1ヶ月運営することを決めました。

今回のような大災害の際、普通であれば頼りにするのは家族や親戚ですが、セックスワーカーの女性たちは厳しい社会的差別を受けている上、家族と連絡のない人がほとんどです。父親のいない子どもを独りで育てながら働いている女性が多いわけですが、この子どもたちが今回のサイクロンで非常に怯えて不安がっており、また保護も受けられずに厳しい状況にあるということでした。シェルターでは状況が落ち着くまでの1ヶ月間、この子たちに給食を出して世話をする予定です。
ポリモールがこのバニシャンタの状況を今日視察にいったので、あとで報告があるでしょう。ここは近いうちに私も様子を見に行きたいと思っています。

救援物資の購入はJJSの職員数名による購入委員会をつくって今日から明日にかけて完了し、金曜日中には配布も終える予定です。配布を早くしなければと気はあせるのですが、物資購入の際に会計の透明性を確保するのはとても重要。

池の清掃には最低4-5日はかかります。最初はフィルターポンプをつけると聞いていたのですが、人海戦術で家畜の死骸や倒木を取り除いた上で生石灰をまいて汚物を池の底に沈ませる、というやり方でやるとのこと。あの地域では池や川は無数にあるので、私たちとの協働でJJSができるのはそのうちのいくつかにすぎないと思いますが、やらないよりはずっとよいでしょう。

ポリモールにはデジカメを持たせて撮った写真を送ってくれるよう頼んでいたのですが、JJSの事務所からどうもうまく送れない模様で残念。ウェブサイトなどで現地の写真をお見せできるのは金曜日以降になりそうです。




投稿者: 藤岡 日 時: 23:45 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2007年11月20日

 死の土地となった「美しい森」

昨夜クルナ入りしたダッカ事務所の職員、ポリモールは、今日、第1弾の救援のパートナー団体であるJJSの職員と、同じくJJSをパートナーとして緊急救援活動を検討しているSave the Children UKのスタッフとともに被害の大きかったバゲルハット県に向かいました。バゲルハット県はクルナ県の東隣にある南北に長い県で、南側は海に面しており、沿岸部には世界最大のマングローブ原生林であるシュンドルボン(ベンガル語で「美しい森」の意)が広がっています。

ポリモールたちはこのバゲルハット県の中心都市であるバゲルハットの町を通り過ぎて南下していき、事前にJJSのスタッフから被害がもっとも大きいと聞かされていたショロンコラ郡に入りました。ショロンコラ郡はバゲルハット県の最南端にある人口約25,000人の郡で、その土地の半分以上はシュンドルボン、という地域です。

このショロンコラ郡には5つのユニオン(行政村)があるのですが、その中のひとつ、サウスカリ・ユニオンに入ってその被害のひどさにポリモールも圧倒されているようでした。

電話で「こんなにひどい被害は見たことないよ、アパ」といいます。ここでは99%の家が破壊されているというのです。トタンの家が見渡す限り倒壊して瓦礫の地となり、川や池には家畜の死骸が放置され、ひどい悪臭が漂っているとのこと。サウスカリ・ユニオンの、選挙で選ばれた代表であるユニオン・チェアマンは、このサイクロンで一度に24人の家族・親戚を亡くし、茫然自失の状態だといいます。ほとんどの家庭で誰かしら家族が亡くなっており、中には一家全滅の家もあり、人々は亡くなった家族を埋葬したくても、遺体を包む布も手に入らない状況だというのです。

子どもたちも多くが亡くなり、生き残った子どもたちの中には、帰らない両親を呆然と待ちながら何が起こったのかわからない小さな子どももいるとのことです。バングラデシュの観光名所であり、ベンガルタイガーはじめさまざまな野生動物が棲む自然豊かな「美しい森」が、一夜にして死の土地となってしまいました。

この、もっとも被害のひどいサウスカリ・ユニオンで、まずは救援活動を行おうということになりました。ポリモールは今夜一度クルナに戻り、詳細をJJSのスタッフと相談した上で、連絡をくれることになっています。

サウスカリ・ユニオンは車では行けない場所にあり、モレルゴンジの先で車を降りて、フェリーで川を渡り、そこからバイクなどで行かなければならないとのこと。物資の輸送も車ではできないので、途中から荷車に自転車がついた「バンガリ」と呼ばれるものを何台か借りて積み替えるなどして運ばなければなりません。輸送に手間がかかり遠いので大変ですが、バゲルハット県の中でも援助団体の救援はもっと市街地に近い場所で行われているものがほとんど。今サウスカリ・ユニオンで救援を行っているのは、ここに地域事務所があるバングラデシュのNGO、BRACのみで、まだまだまったく救援の手が足りない状況だというので、ぜひそこで救援を行うべきだと思いました。

東京事務所ともやりとりした結果、ポリモールと同行したSave the Children UKとも役割分担して、この地で救援を行うことにほぼ決まりました。今のところ考えているのは食料や衣料の配布と、池の水を飲み水として使えるようにするためのフィルター・ポンプ装置の設置です。

物資を調達して救援活動ができるのは明日以降になります。

追記:23日から筒井事務局次長が東京事務所から駆けつけてくれることになりました。筒井次長は私の前の前のダッカ事務所長で、二度の駐在経験があり、協力隊時代も合わせるとバングラデシュ滞在歴10年というベテラン。ダッカ事務所のスタッフも「チュチュイ・バイ(ベンガル人は「つつい」の「つ」が言えない)」が来てくれれば勇気倍増でしょう。心強い限りです。




投稿者: 藤岡 日 時: 22:28 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2007年11月19日

 ポリモール、現地へ

サイクロンの被害の状況が日に日に明らかになり、そのダメージの大きさに皆ショックを受けています。死者数は万単位になるだろうと言われていますが、海に押し流されたり、土砂に埋まって行方不明のままになってしまう人も多いと思われます。嵐の夜に行方不明になったまま帰らぬ家族を探している人があちこちにいるはずです。今日の段階の情報では、家の破損27万件、沿岸部で被害にあった人々は270万人とのこと。洪水の際も同じことが起こるのですが、まわりは水に囲まれているのに、安全な飲み水が得られず水をもとめてさまよっている人が大勢います。バングラデシュでもこれからはだんだん気温が下がってくる時期なので、着るものもないと大変です。生き残った人たちも、これから生きていくための闘いの中にいます。

昨夜、東京とのやりとりの中でJJSという団体との初動段階の協働を決め、ダッカ事務所のプログラム・オフィサー、ポリモール・クマール・ライを今日クルナへ送り出しました。ポリモールはシャプラニールのダッカ事務所に勤めてほぼ10年のベテラン、その前にも様々なNGOで働いており、緊急救援の現場も何度も経験しています。日本にもシャプラニールの「キャラバン」で各地を講演して回ったことがあるので、会われた方もあるかもしれません。

JJSはクルナに本部があり、今回のサイクロンでもっとも大きな被害が出ているバゲルハット、モレルゴンジなどの地域でも以前から活動している、スタッフ200人強の中規模NGOで、とくに女性や子ども、社会的に差別を受けている人々の支援を人権的見地から行っています。HIV/AIDS感染者、少数民族、危険な労働をさせられている子ども、セックスワーカーなど、社会の中で差別されたり弱い立場にある人々の支援を日ごろから行っている団体なので、緊急救援の中でも、社会の中で見逃されがちな、より大変な状況にいる人たちに届く支援を行ってくれることを期待しています。

ポリモールはそろそろクルナに着いているはず。JJSのスタッフたちは今日1日バゲルハットなどの現場に出ていて被害や救援の状況を目にしているので、今夜、ポリモールがクルナのJJSの事務所で打ち合わせをしてその情報を聞き、その上で明日以降の救援の場所や内容を決定することにしています。

今回のポリモールの派遣は第一段階としての小規模な救援実施と共に、被害状況、他の援助機関の動きなど、現場での情報収集も大きな目的です。状況によって、同じ場所でできるだけ早く第二段階の支援を、ということになるかもしれないし、あるいは被害の大きかったバゲルハットに大きな援助団体が続々と詰めかけるようであれば、後々私たちはもっとどこか取り残されたところを探して行ったほうがいい、ということになるかもしれません。そういったことも刻々と変わる状況を見ながら、東京事務所とも相談の上で決めていきます。




投稿者: 藤岡 日 時: 21:15 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2007年11月18日

 情報収集に追われた1日

日本でも新聞などで大きく報道されているようですが、今回のサイクロンによる死者は遺体が確認されているだけでも2千人を超え、その数は増え続けています。首都ダッカには電気が戻り、ほぼ通常の状態になっていますが、被災地では電話網も絶たれ、電気も通じず、連絡をとるのが非常に困難な状況が続いています。

今日は1日、“被災地となった地域で日ごろから活動していて、シャプラニールともある程度のつきあいがあり、報告能力があり、緊急救援がきちんと実施できる能力があって、しかも他のドナーの援助が殺到していないNGO”についての情報収集に追われました。今はバングラデシュのNGO関係者はみな携帯電話を持っており、とくに現場に出ている人とのやりとりは携帯が頼りですが、被災地に電気がないため携帯の充電ができず、電話が通じない、という場合も多くなっています。とにかく現場に入らないとラチがあかないという状態ですが、拠点も確定しないままやみくもに被災地に向かっても意味ある支援はできないので、ぐっとこらえて今日は地道に各方面から情報収集の1日でした。

UNDPやユニセフ、WFPなどの国際機関や、海外の大きな国際NGO、またBRACなどバングラデシュ国内大手の巨大NGOは巨額の救援を決定し、現地での救援活動をすでに開始しています。またバングラデシュ軍はヘリコプターや海軍の船で沿岸部に行き、食料給付を実施しています。

このようなとき、緊急救援現場では、さまざまなことが起こります。信頼できるよい活動をしている現地NGOにその団体のキャパシティを超えるような大きなドナーの支援が集中してしまい、極端なオーバーロード状態に陥ってしまったり、巨額の支援金が動く現場のなかで、資金の行方が不明瞭になってしまったり。日ごろから活動しているバングラデシュであるだけに、そういった歪みを招くような支援は私たちは避けたい。そういう思いはスタッフの中に強くあります。

シャプラニールは緊急救援だけを実施している専門団体ではないので、緊急事態であっても通常の活動も粛々と続けていかなければなりません。また、今回被害が大きかった地域は、シャプラニールが日ごろからプロジェクトを実施している直接の活動地ではありません。しかし、長年活動してきた活動国内での一大事、できる限りのことはしたいと思っています。

ダッカ事務所の現地スタッフもプログラムに直接かかわるスタッフは数名ですので、効果的な活動ができるかどうかは信頼できる現場のパートナー選びが勝負です。そういうことで、少し出遅れているようにみえるかもしれませんが、日ごろのネットワークを総動員し、駐在経験者の知恵も寄せ集めて、慎重に情報収集してパートナー選びをしています。緊急救援の経験豊富なダッカ事務所の現地スタッフを現地に派遣することも検討しています。

近いうちにHPでも今後の救援活動の方向についてお知らせができるかと思います。「シャプラニールは何をやってるのかしら」と気をもんでいる皆さま、もう少しお待ちください。私たちにできる範囲のことを、誠実にやりたいと思っています。




投稿者: 藤岡 日 時: 23:08 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2007年11月17日

 二夜明けて

ようやくダッカにも途切れ途切れではありますが電気が戻ってきました。2時間ぐらい電気が来ては、また2時間ぐらい切れる、という状況です。政府の発表によれば電気供給がサイクロン前の状態に回復するのに数日はかかるとのことなので、しばらくこんな状態が続くのでしょう。

今朝の段階で、サイクロンによる被害者数は少なくとも700人と発表されていますが、こんな程度ではすまないだろうと思われます。家屋倒壊の被害も甚大で、新聞報道によると11の県で95%の作物がダメになったほか、シャトキラ、クルナ、コックスバザールなどのエビの養殖も壊滅的な被害を受けています。

シャプラニールとしても何ができるのか、何をするべきなのか、被害状況や被災地の現地NGOの動きなどを中心に情報収集を開始しています。


追記:15日のブログで気象上の危険シグナルについて、10段階と書きましたが、実際は11の段階があるそうです。段階としては大きく4つに分かれていて、1から4までが「Warning」、5から7が「Danger」、8から10が「Great Danger」、11が「Failure of Communication」だとのことです。




投稿者: 藤岡 日 時: 13:14 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)

2007年11月16日

 サイクロン死者少なくとも425人、負傷者数千人

英字紙Daily Starのインターネット版速報によると、昨夜から今朝にかけてのサイクロン被害による死者は、少なくとも425人、負傷者は数千人にのぼるということです。しかし、一方でバゲルハット県内のひとつの郡だけで、200人が行方不明、というニュースもあるので、死者数もこの程度ではすまないのではないかと思われます。一夜にして多くの命が奪われました。

バングラデシュ南西部沿岸地域に広がる世界最大のマングローブ密林地帯、シュンドルボンも大きな被害を受けたと伝えられています。この地域の海老の漁にも大きな影響が出るのではないかと思われます。

サイクロンがボリシャル、クルナ地方の沿岸部を直撃したのは今朝3:00amごろだったとのこと。その後、次第に勢力を弱めて熱帯性低気圧となり、インドのアッサム方面に抜けたとのことですが、この直撃で発電所も被害を受けたらしく、バングラデシュ全域で大停電状態になっているようです。ダッカでも一夜明けて夜7時を過ぎた今もまだ電気は復旧していません。これはかなり時間がかかるのではないか、という気がします。電線があちこち切れた、というレベルの話ではないようです。

私の家が入っているフラットは日没とともにジェネレーターがまた動きだしたので、幸いなことに蛍光灯など多少の電気はついていますが、テレビは見られないので情報を得られるのはインターネットか人との電話だけです。そもそも、全国的な停電のため、バングラデシュ国営放送もすでに3時間ほど放送自体が休止しているようです。

今日は家にこもっていましたが、明日土曜日はちょっと町に出て様子を見てみます。




投稿者: 藤岡 日 時: 21:52 | | コメ ント (4) | トラッ クバック (0)
2007年11月16日

 サイクロン直撃

昨夜から今朝にかけてバングラデシュを直撃した、SIDRと名づけられたサイクロンは、1970年、1991年のサイクロンに匹敵するといわれる相当な規模のものでした。ダッカでも昨夜は窓を押してくる風圧の強さにちょっと怖い思いをするほどでした。コンクリートとサッシの窓で守られたこんなしっかりした家でも大丈夫かな、と思うぐらいなのだから、トタンや竹などでできた家に住む村の人たちはどんなに心細い思いをしているだろう、と思いました。

このサイクロンの暴風でダッカ市内でもあちこちで電線が切れたらしく、昨夜から我が家でも電気が切れ、一夜明け午後3時を過ぎた今でも、いまだに復旧していません。昼過ぎまでジェネレーターが動いて明かりがついていましたが、それも燃料が切れたのか先ほど止まってしまいました。ダッカ事務所でも同じ状況です。電気がこないということは、水をくみ上げるポンプも動かせず、蛇口の水も出なくなってしまうということなので、バケツに水を汲み置いたりしています。

サイクロンの通り道となったボリシャル、クルナ地方では、とくに被害が大きかったようです。ネットニュースなどを見ると、これまでに確認されている死者は、少なくとも250人。まだ全貌が把握できていないので、まだこの数字は増えるでしょう。

今日金曜日は休みなので私も家にいるのですが、先ほどクルナ方面出身のダッカ事務所の雑用係、トゥトゥールと電話で話したところ、彼の実家でも大きな木が2本家の上に倒れ、大変なことになっているとのこと。彼の村では大きな木が軒並み倒れ、かなり死者が出たらしいと言います。彼も村に駆けつけたかったようなのですが、今日はクルナ方面に行くバスなどもぜんぜん動いておらず、行くのをあきらめたと話していました。

シャプラニールの農村の活動地では、各パートナー団体の代表に電話で聞いたところでは、死者や重傷者が出るような被害はないようです。家が壊れるなどの被害は多少出ていると思われますが、まだ状況は把握できていません。ノルシンディでも、マニックゴンジでも、ダッカ同様昨夜から電気は来ていないそうです。いつまで停電が続くのかが気になります。停電が続くと携帯電話の充電もできなくなるので、外部との連絡もしにくくなりますし。

ネットのニュースサイトも電気がないため、ニュース配信に苦労しているようです。被害の全貌がわかってくるのは明日以降になりそうです。




投稿者: 藤岡 日 時: 18:17 | | コメ ント (1) | トラッ クバック (0)

2007年11月15日

 大型サイクロン接近

大きなサイクロンがバングラデシュ南部沿岸地域に接近しています。バングラデシュには気象上の危険を知らせる10段階のシグナル(10が最強)があるのですが、モングラ港できのうは4だったシグナルが、今日は10に上がりました。コックス・バザール、チッタゴン付近で9。めったに出ない最大級の危険シグナルです。

今日の昼ごろまでには沿岸部が直撃を受けるとみられており、昨日から沿岸部の住民にはラウンドスピーカーなどで避難を促す呼びかけがされ、多くの人々がサイクロンシェルターなど安全な場所に避難しています。沿岸部では暴風が吹いており、チッタゴンの空港も今朝になって一時閉鎖。ダッカでも空はどんよりと暗く、朝から断続的に雨が降り、不気味な感じの風が吹いています。

ところで当地の英字新聞には「ハリケーン接近」と書かれているものと、「サイクロン接近」という表現が両方見られるのですが、インド洋付近で発生したやつはサイクロンと呼ぶんじゃなかったっけ?ウェブでちょっと調べてみても、いまいちハリケーンとサイクロンの違いがよくわかりません。

1991年に巨大サイクロンが南部沿岸地域を直撃した際は、14万人が命を落とす大災害となりました。あれから16年、いくつものサイクロンシェルターが作られ、事前に危険を知らせ避難を呼びかけるシステムもかなり改善されたはずなので、かつてのように多くの人が命を落とすことはないはずですが、それでも直撃となると大きな被害が予想され、心配です。

バングラデシュでは季節の変わり目にあたる3月、11月ごろがサイクロン被害の多い時期です。船が転覆したりすることも多いので、この季節の南部への船旅はとくに要注意。

今年は二度の洪水、サイクロン来襲、と自然災害の当たり年になってしまいました。被害が最小限に食い止められることを祈ります。




投稿者: 藤岡 日 時: 13:31 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2007年11月14日

 村の物価

先週末、コミッラの村に行ってきた総務担当のスタッフが、「半年ぶりに行ったら村の物価が上がっていてびっくりしたよ」と言います。「牛乳がキロ55タカもした。尋常じゃないよ」と。ちょっと前まではせいぜい30から35タカだったそうです。ダッカで売っているようなパックされた牛乳は、だいたい1キロ40タカ程度。

私たちの活動地のひとつであるマイメンシン県のイショルゴンジ郡でも、パートナー団体COLIの代表のヌルル・イスラムが言っていました。「最近、イショルゴンジのバザールの野菜はダッカより値段が高いんだよ、アパ」

なんでこんなことになっているのでしょう?

うんと大雑把に言えば、かつては地産地消が主だったものが、ほとんどの野菜や物資がダッカ経由で外から来るようになったことが原因のようです。ダッカの卸売り市場の野菜がイショルゴンジまで来れば、輸送コストもかかり、ダッカより高くなるのは当然。今年は二度の洪水や大雨のため、多くの地域で野菜が育たずダメになったので、よけいこの傾向に拍車がかかっているようです。イショルゴンジの人々も、野菜や卵などを地元で売らずにダッカにわざわざ売りに行く人が増えています。

先に書いたコミッラの牛乳は土地のものですが、総務担当曰く、この地域では乳牛を育ててミルクを売る人が多かったのが、海外出稼ぎ者が増えて海外にいる息子などが外貨を送ってくるようになり、牛乳を売る人が減ったとか。「それで供給が減り、需要が増えたんだろう」と彼は言います。彼が行った村にはイタリアへの出稼ぎ者を出している家だけで13世帯もあったとか。「イタリア?マレーシアとか中東じゃないの?」と訊くと、「最近中東じゃ賃金が以前に比べて安くなってるし、アジアは出稼ぎ者への制限が厳しくなってきたし。一方でヨーロッパは前より受け入れ条件がゆるくなってるところもあるから、最近はヨーロッパが人気みたいだよ」とのこと。

もうひとつ気になるのは肥料の問題。同じくCOLIのイスラムが言うには、肥料は多く使えば使うほどいいと信じている農民がいまだに多く、やたらとたくさんの肥料を使うのだそうです。そんなに肥料を使ったらかえって土がダメになってしまう、と言っても、「肥料を売っている店の主人がこれぐらい使えと言ったんだ」と言い張り、なかなか聞かないそう。そりゃ売るほうは商売ですから、たくさん使えと言うでしょう。

バングラデシュでは肥料の供給不足がよく問題になります。昨日も肥料が足りないらしい、という噂に恐慌を来たしたラジバリの農民たちが、政府の農業担当官の家や、肥料を保管している店の倉庫を襲うという事件があったばかり。「でも皆が適量の肥料を使えばバングラデシュの肥料不足もそんなに深刻にならずにすむはずだ。みんな高い金を使って大量の肥料を使い、土をだめにしている。」農業を専攻していたダッカ事務所のスタッフもため息交じりにそう言います。

郡に配置されている政府の農業担当官には、私たちの活動の中でも貧しい農民たちへの農業研修の講師を頼んだりしており、そういった研修の際には、殺虫剤を使わなくても炭液でかなり虫が防げることや、肥料の適切な使い方なども教えてくれています。しかしいかんせん、こういった知識の普及がまだ足りなすぎるのでしょう。

殺虫剤や農薬、化学肥料の無茶苦茶な使い方が気になるバングラデシュの農業。ウビニクなど有機農業や輸入でない土地の種の保存の重要性を訴える活動をしているNGOもありますが、大半の農民はハイブリッドの高収量品種と化学肥料を使った農業以外に見向きもしません。

バングラデシュの一般消費者が食の安全や環境問題に目覚め、安全な野菜を求めるようになり、農薬や肥料の量を農民が気にかけるようになるには、まだだいぶ時間がかかりそうです。




投稿者: 藤岡 日 時: 16:31 | | コメ ント (3) | トラッ クバック (0)
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