5つ星ホテルで出会った「地元」の人
気がついたら1週間以上ご無沙汰してしまいました。7月中旬からフィールド出張が相次いだのと、23日から中田新代表、坂口事務局長、白幡職員が日本から出張して来て、連日喧々諤々の会議をやっているためです。
わたくし先日点滴を打った後、一度は回復したかと思いきや、その後あらためて風邪を引きなおし、咳が止まらず声もすっかりハスキー、まるでボリウッド女優のラニ・ムケルジーのよう。(これはわかる人だけわかってください)。そういう状態で毎日会議だと、ますます治りません(泣)。病院に行くヒマもなし。バングラデシュの週末にあたる金曜も土曜も終日会議。そんなわけでとてもブログを書く余裕がなかったんです。
なんでこんなにしつこく会議をやっているかというと、今年新たなシャプラニールの5ヵ年計画を策定し、それに合わせて現状分析とか国別戦略をどうするか、とか、海外活動実施に必要なガイドラインやパートナーシップ・ポリシーの整備とか、英語版を作ってスタッフやパートナーとシェアするとか、そういったことをエイッとまとめてやろうとしているからです。毎日頭を絞ってとってもしんどいのですが、こういうものが十分できてないと現場の人間(つまり私たち)は余計辛くなると思えば、この機に一気にがんばらねばなりません。
私はこの会議のあと、8月上旬から10日ほど一時帰国の予定なのですが、もう絞りカスのようなヘロヘロ状態で日本に帰ることになりそうです。もっともこの作業は今回だけではとても終わらず、今年いっぱいは会議→宿題→会議→宿題の繰り返しになるでしょう。
さて、今日書きたかったのはそういうグチではなくてべつのことです。夕方、会議のあと、出張者たちと晩御飯を食べに外に出るついでに、ダッカに新しくできたばかりの5つ星ホテル、ウェスティン・ホテルをのぞきに言ったときのこと。ロビーできょろきょろしていると、いかにも高級ホテルのマネジャーらしい、制服をぴしっと着こなした貫禄あるバングラデシュ人男性が私たちに声をかけてきました。彼に、初めて見に来たんだけどここはどんなレストランがあるの?と聞くと15日前にオープンしたばかりという素敵なビュッフェ(お寿司もある!)のあるレストランを案内してくれました。美味しそうだねえ、今度来るね、と言うと「ぜひぜひ」と名刺をくれました。肩書きをみるとDirector of Sales and Marketing、かなりエライ人みたいです。
で、彼に私たちの仕事を聞かれ、シャプラニールってNGOで働いてるんですよ、と答えたら、「おー、シャプラニール。よく知ってますよ」と言うんです。なんで?と聞いたら、「だって有名でしょ」だって。そんなに有名とは思えないので、彼の出身地を聞いてみたところ、ノルシンディ県のナラヤンプールだと。シャプラニールが長く活動してきた地域の、まさしく「地元の人」だったのでした。元シャプラニールの地域活動センターで、今は独立してノルシンディ県で活動するローカルNGOとなったPAPRIの代表、バセッドを知っているかと聞いたら、「知らないわけないでしょ」とのこと。
彼がどんな経緯で5つ星ホテルのマネジャーレベルの仕事をするにいたったのか、彼の実家がどんな家なのかは聞きませんでしたが、スマートな制服のホテルマンがいきなり身近な「うちの地域の人」に変わった瞬間でした。
こういうことがたまにあります。ダッカの空港のイミグレーションで仕事を聞かれ、シャプラニールの名前を出すと、あー私は○○の出身なんでよく知ってますよ、昔あそこでスタッフの交通事故がありましたねえ、などと言われてびっくりしたり。
活動地域はごく限られているとはいえ、35年も活動してきたのだから、その間になんらかの形でシャプラニールと袖すり合った人は相当な数になるはず。そういう人と、ふと思わぬところで出会うと、ちょっと嬉しくなります。中にはシャプラニールと聞いてよい思い出を持たない人もいるでしょうけどね(笑)
コメント
ナラヤンプール出身でバセッドさんを知っている・・おー、じゃ、昔、私も会ったことがあるかな!?そのマネージャーにぜひとも会って、今、ナラヤンプール地域でのシャプラニールの活動をどう思い、村や人々がどう変わったのかを聞いてみたいですね!当初、小さく活動していた村の青年団(?)との協力関係から始まったシャプラニールの活動。バッチューさんでしたね。隣村のアムラボ村は、また違う考えを持っていて、おもしろかったなー。1983年からのことです。一時、共産勢力が蔓延り、訪問を中止したこともありました。当時のスタッフたち、現在どうしているのでしょうね?
投稿者: j、フォキール | 2007年08月01日 06:51