シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログ1998年から3年弱インドに住んだのをきっかけに南アジアとの縁ができ、引き寄せられるようにシャプラニールへ…。そして2005年5月からダッカへやってきました。最近の趣味は、そぞろ歩きを楽しむダッカ市民に混じり、サルワール・カミーズにスニーカーを履いて夕方の公園でウォーキングすること。バングラデシュの村や都市で今起こりつつある変化をなるべくコマメにお伝えしていきたいと思っています。どうぞよろしく。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
〒169-8611
東京都新宿区西早稲田2-3-1
早稲田奉仕園内
TEL:03-3202-7863
FAX:03-3202-4593
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2007年1月31日

 エクセルの夢

ここ数日ブログの更新が止まってしまったのは、来年度のプロジェクト計画や予算について東京事務所スタッフと話し合う「年度末調整会議」が迫っているからです。

非常事態宣言が出てからの最近の社会の動きや活動のことなど、書きたいことはたくさんあるのですが(寒波救援の報告もまだあります)、事務所で遅くまで書類とにらめっこしていると、さすがに家でパソコンに向かう気力が出ないんです。(これは今事務所で書いています。ちょっと休憩、ってことで)

とくに目がダメですねぇ。早くも老眼が始まったんじゃないかと疑っているんですが(べつに早くもないか)、モニターの画面を見る目がかすんじゃって焦点が合わないんです。もーいやになっちゃいますね。

バングラデシュ5つ、インド1つの計6つのパートナー団体から出された予算書を見ながら、うう、と唸る日々を送っていたら、昨夜ベッドに入って目をつぶってもまぶたの裏にエクセルの罫線が...

今日、ダッカ事務所のスタッフに「夢にまでエクセルが出てきた」と言ったら、「だめだよ、アパ。夢はもっと大きなのを見ないとー」と言われてしまいました。




投稿者: 藤岡 日 時: 21:50 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)

2007年1月27日

 ディプとジュムルの選択

本人のブログでも紹介されていましたが、わが事務所の小嶋駐在員の初めてのお子さんが10日前に生まれ、日本から送られてきたデジカメの写真を皆で見せてもらっては、お父さんとお母さんのどちらに似ているか、ひとしきり話題にしてワイワイしていました。「おでこの髪の毛の生え際の形が小嶋さんと同じだ!」という私の意見に、スタッフたちも、「アパの言うとおりだ!」と同意。生まれたての赤ちゃんというのは、本当にいろんな人に幸せな時間を運んでくれますね。

P1020064.jpg昨夜、私はもう一人、べつの赤ちゃんのお祝いに行ってきました。訪ねた家はミルプールにあるバングラデシュ人の友人、ディプとジュムルの家。彼らは夫婦とも別々のNGOのスタッフとして働いています。ちなみにベンガル人は皆小さい頃から本名以外にニックネームを持っていて、ディプ、ジュムルというのも彼らのニックネームです。
写真=ディプに抱かれたディップ。8ヶ月です。

ディプとジュムルは二人ともクリスチャン。結婚してから長い間子どもを授からなかった二人は、オールド・ダッカにあるマザー・テレサ孤児院から男の赤ちゃんを養子にもらうことを決め、様々な手続きを経て、晴れて一昨日この子を家に引き取ったのです。赤ちゃんにはシスターがつけた名前がありましたが、二人は父となるディプのニックネームに音が似たディップ(灯火)という名をあらためてこの子につけました。

二人はベンガル人ですがディップは少数民族のトリプラの子ども。本当の両親もクリスチャンだったそうですが、貧しさのため、6番目の子どもだったこの子を育てきれずに手放し、孤児院に預けたのだといいます。

ディプとジュムルは最初女の子を養子に、と思っていましたが、ディップと会って一目惚れ。シスターに「男の子を引き取ってくれる人が少ないので、ぜひ男の子を」と頼まれたこともあり、この子を養子にすることを決めたのでした。

昨日、ディプとジュムルは晴れて彼らの子どもとなったディップに教会で洗礼を受けさせ、孤児院のシスターやほかの子どもたちにお別れの挨拶をしに行き、夜は親戚一同が集まってこの子を家族に迎えるお祈りをしました。その夜の集いに私を招いてくれたのです。

P1020067.jpgその夜、集まってきたディプの親戚にはいろいろな人がいました。クルナからやってきたディプの伯父さん、伯母さんはバングラデシュの独立直後から戦争孤児たちのための孤児院を立ち上げ、今もたくさんの孤児院や学校を運営しているNGOの創設者。PKOでイラクに行っており、数日前に帰ってきたばかり、という叔父さんもいたし、その息子は私もCDを持っている人気ロックバンド、BLACKの元キーボーディストだったのにはびっくりしました。(彼らはギターとキーボードを持ってきており、私がリクエストした曲をその場で演奏してくれました)
写真=即席コンサート。黒いTシャツの彼が元BLACKのメンバー。

親戚がひととおり集まった後、イタリア人の神父さんもやってきました。ボリシャルから来た元銀行員のジュムルのお父さんが「一生の中でこんなに特別な、嬉しい日はまたとない。」と挨拶すれば、クルナから来たディプの伯母さんは「自分が生んだ子どもを育てることもどれだけ苦労が多いことか。血のつながらない子どもを育てることを決めたこの夫婦にはこれから様々な苦難があることでしょう。どうか、夫婦と幼子が困難に打ち勝ち、災いから守られますように」と祈り、最後に神父さんのお祈りで終わりました。

P1020068.jpg孤児院の子どもを家族に迎えたことを心から歓び、親族が一同に集まって夫婦と子どもを祝福し、彼らの未来のために真剣に祈る姿にはとても心を動かされました。決してお金持ちではない、中流階級の一家です。クルナの伯父さんはパーキンソン病を患っているし、ディプのお母さんも入院しているしで、いろいろ大変そうなのですが、赤ちゃんは「灯火」という名前のとおり、皆の心を明るくしてくれているようでした。
写真=ディップを抱いているのはジュムルのお兄さん。ジュムルは台所で料理中。

いつもながらジュムルのつくるベンガル料理はおいしく、苦しいほどお腹いっぱい。ディプ、ジュムル、家族の大切な日に招いてくれてありがとう。

ディップが健やかに育ち、あなたたちと家族全員に大きな幸せを運んでくれますように。




投稿者: 藤岡 日 時: 16:38 | | コメ ント (3) | トラッ クバック (0)

2007年1月24日

 若者たちが未来を変える

今夜は私たちが時々行く、グルシャンのスパゲティ・ジャズというお店(ダッカにある数少ないイタリアン・レストランのひとつ)で、「ルネッサン」というこちらのバンドのコンサートがあって、ぜひ行きたかったんですけど結局断念。仕事は片付かないし、明日も朝から日帰り地方出張で、パートナー団体とシビアな来年度予算の話をしてこないといけないし、それどころじゃなかろう...と。あーでもやっぱり残念だったな。

この「ルネッサン」というバンドは、昨年末に行われた「Concert Against Corruption (汚職・腐敗に反対するコンサート)」に出演した約30のグループのうちのひとつ。バングラデシュのロック・バンドの中では、かなり人気の高いバンドです。私も彼らの「21世紀に」というタイトルのCDを持っていて、けっこう気に入ってます。

この「汚職・腐敗に反対するコンサート」、年末の12月29日にダッカのグルシャン・ユース・クラブのグラウンドで開催された、バングラデシュでは初めての試み。主催は世界の汚職・腐敗問題に取り組む国際NGOのトランスペアレンシー・インターナショナル・バングラデシュ事務所(TIB)です。TIBは、とくに若者への働きかけを重視していて、このコンサートも将来に向けて、汚職・腐敗に反対する若者リーダーを育てよう、という「YES」というプロジェクトの一環。若者たちのボランティア・グループを組織して、コンサートのみならず汚職・腐敗に反対する作文や漫画のコンテストなど、いろいろなことをやっているようです。うーん、面白いですね。

このコンサートについて伝える新聞記事はこちら
写真入りで紹介しているブログも発見。このラッセルさんて人もミュージシャンかしら。

このコンサートには、新聞社のDaily Starやチャンネル・アイなどテレビ局2局、先日このブログでもご紹介したダッカの2つのFM局がスポンサーとなり、入場料は無料で、1万人以上の若者たちが集まったとか。見たかったなあ...。バンドだけじゃなくて、クシュティアからバウル(注:ベンガルの吟遊詩人)も来たし、ユヌスさんも挨拶したし、ほかにも何人も有名人が参加したそう。NGOの主催でこっちの企業がスポンサーになって、こういうコンサートをやったっていうのは画期的だと思います。若者に人気のグループや話題のFMラジオ局をしっかり押さえているところが素晴らしい。汚職や腐敗にノー!と言うことこそがカッコイイんだ!と若い人たちが思ってくれるといいですよね。

年明けにTIBの代表の方とお会いする機会があったのに、年末年始一時帰国していた私は不覚にもこのコンサートのことをそのとき知らなかったんですよね。知ってたらいろいろお聞きしたかったのになあ..。

やっぱり未来を変えていくには、若者に働きかけないとな、と思います。私たちの農村のプロジェクト地でも、10代前半で結婚させられそうになった少女の親を説得して思いとどまらせたのは、その少女が参加していた少女グループの仲間たちでした。よそのおとなが説得して早婚を止めさせた、という話は聞いたことがないけど、少女たちが仲間の早婚を止めたケースはいくつか報告を受けています。

日本国内でシャプラニールがやっているような、都市部でのユース・グループの活動や大学を回って話をするキャラバンなど、バングラデシュでもそろそろできるといいんだろうけどなあ。でも、そういう企画をファシリテートするのって大変そう。もうひとり新しいセンスを持った、若いバングラデシュ人スタッフがほしいところですね。




投稿者: 藤岡 日 時: 02:09 | | コメ ント (4) | トラッ クバック (0)

2007年1月22日

 COLI(マイメンシン)での毛布配布

今日は1月16日と17日の2日間にわたって行われた、マイメンシン県イショルゴンジ郡の私たちの活動地での寒波救援の写真をご紹介。配布を行ったのは、シャプラニールから2005年に独立した現地パートナーNGOのCOLIです。3つの事務所で、もっとも困難な状況にある寡婦グループの女性たちと障がい者の人たちに毛布を配布しました。

DSC00865.jpgイショルゴンジ1事務所にて。視覚障がいのある男性に毛布を渡しているのは、COLI代表のヌルル・イスラム

DSC00873.jpg毛布をもらっているのは、寡婦グループのメンバー。

DSC00904.jpgこちらはイショルゴンジ2事務所。

DSC00916.jpgこの人も寡婦グループのメンバーですね。

Isw3.jpgこちらはイショルゴンジ3事務所。

DSC00903.jpg渡しているのは、白っぽくてタオルみたいに見えますけど、フリースの毛布です。

DSC00886.jpg障がいのある人たちに。喜んでくれてるみたいです。

マイメンシン県のイショルゴンジ郡は私たちの活動地の中でももっとも保守的で生活状況も悪い、というのはかねてからわかっていることなんですが、こうして見ると、つくづくこの地域はブルカをかぶっている女性が多いですね。とくに貧しい寡婦グループ、となるとその率が上がるみたいです。

全国的にそういう傾向はあるんですが、この地域ではとくにマドラサと呼ばれるイスラム宗教学校が急増していて、貧しい親たちは子どもを政府の学校へ行かせずにマドラサに送って安心してしまうことが多いです。マドラサの中にも教育要項にのっとったカリキュラムを実施しているところもありますが、大半はコーランの暗誦や宗教教育が中心で、何年も通っても読み書きや簡単な計算すらできない、という子どもも多いのです。COLIはこの地域の貧しい子どもたちが政府の学校に通うよう親に促し、入学後はドロップアウトしないよう、補習教室を運営しています。

ブルカをかぶる女性は全国的にこの5年ぐらいで目に見えて増えた、と誰もが言います。原理主義的な勢力が強まっていることも大きな要因としてありますが、あながち宗教だけが理由とは言えないようです。ほかの理由にどんなことがあるかというと、

・暴力や性的嫌がらせから身を守るため(若い女性に多い理由。最近、Acid Violenceと言われる酸を顔などに投げつける暴力が益々ひどくなっていることも背景にあります)
・服があまり要らない(ブルカをかぶってしまえばいつも同じ服を着ていてもわからない。しかも中の服が傷まない)
・ファッションとして(真っ黒なブルカはあまりファッショナブルとは思えませんが、上流階級には華やかな模様の入ったブルカを着ている人も見ます)

あと、今の季節ならブルカを着ていたほうが暖かい、ということもあるかもしれませんね。

話がちょっと逸れましたが、以上、COLIでの寒波救援報告でした。




投稿者: 藤岡 日 時: 13:27 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2007年1月21日

 非常事態宣言中は改革のチャンス?

非常事態宣言が出ている、というのは本来異常なことのはずなのですが、この宣言が出る前の、選挙に向けて2大政党勢力が日々争い、交通封鎖やホルタルを連発していた状態のほうがあまりに異常であったため、普通の人々の暮らしは今、かえって落ち着いています。このまま選挙管理内閣がずっと続けばいいのに、などと言っている人もいるぐらいです。

政党が手を出せないこの状況下、軍は警察の特殊部隊(RAB)と協力し、所属政党を問わず、裏金を集めて好き放題していたゴッドファーザーたちを各地で逮捕し、空港から高飛びしようとした者を取り押さえ、公用地を不法占拠した建物を取り壊し、とブルドーザーのごとく「大掃除」を推し進めています。うちの事務所の最寄りのタウンホール・マーケットという市場でも、今日RABがやってきて市場の外の道路に座り込んで野菜を売っていた人たちを追い出したそうで、道路がすかすかになっています。夜テレビニュースを見たら、ダッカでもっとも大きな生鮮市場のひとつ、カウラン・バザールでも大規模な露店や屋台の撤去が行われていました。

この機会に司法を行政から分離させよう、という動きもあり、議論が進んでいます。そのほかにも「今のうちに」とあちこちで“改革”が進行中。

いかにこれまで2大勢力のパワーゲームのためにできないことが多かったか、ということですが、軍やRABの強引な動きの中には、人権侵害とみられることも多々あり、これが悪いほうにエスカレートしなければいいけれど、と思っています。市場を追われた人たちもどうなっているのか...。

一般市民はしかし、今のところこの「大掃除」に概ね好意的な様子。汚職役人の逮捕などは、「どんどんやってくれ」というところでしょう。

そんな動きの中、グラミン銀行のユヌス氏も先週、「この国の政治家は金のために政治をしている。金がなければこの国では何も手に入らない」とAFP通信のインタビューで発言し、BNP幹部もアワミ幹部もカンカンです。BNPの幹事長、マンナン・ブイヤンが、「ユヌス氏のような賢い人がそんなことを言うとは遺憾」といえば、アワミ連盟の幹事長ジョリルも、「金がないと何も手に入らないと言うが、それじゃユヌスさんはグラミン・フォーンのライセンスを得るのに金を払ったんですかね」と仕返し。

何もかもが2大政党の勢力で二つに分かれていた社会が、今ちょっと違う形になり、汚職・腐敗にNO!の気風が強まっています。これがいつまで続くかですが...。

さて、今日は午後7時半からテレビで選挙管理内閣主席顧問が国民にメッセージを出す予定。選挙の日程が概ね決まるのかどうか。

追記:
夜8時半ごろから始まった主席顧問のファクルウッディン・アフマッド氏の演説では、

・政権移譲はできるだけ早い時期に行えるよう努力する
・選挙管理委員会は再編が必要
・IDカード導入については必要なステップを踏む
・汚職・腐敗と戦う

といったメッセージがありましたが、選挙はいつ頃を目指すのかについては明言はありませんでした。IDカードも導入を目指すのかどうかまだよくわかりません。「真に公正な選挙を目指して努力しますぞ」という決意表明、といったところでしょうか。




投稿者: 藤岡 日 時: 20:58 | | コメ ント (4) | トラッ クバック (0)

2007年1月19日

 ダッカの人気FM放送

最近、バングラデシュのメディアにはいろいろ新しい動きがあって注目しているのですが、今日はそのうちのひとつ、FMラジオの話です。

ダッカではついこの前まで、FMといえば時間の限られたBBC放送しかなかったのですが、昨年からプライベートのFM放送がスタートし、ラジオを聴く習慣を忘れかけていたダッカっ子たちに新たなブームを呼んでいます。

現在、ダッカで聞けるFMには、昨年7月ごろ開局したRadio Today FM89.6と、数ヶ月遅れて開局したRadio Foorti FM98.4があるのですが、人気なのは断然Radio Today。彼らが目指しているのは「インフォテーメント」だそうですが、その通り、実用的な情報とエンターテイメントがなかなかうまくミックスされたプログラムです。

実用的な情報の代表は、30分に一度流れる道路情報、「ダッカル・チャカ(ダッカの車輪)」。ダッカの渋滞は日に日にひどくなる一方で、全然動かない道路でうんざり、ということもしばしば。そんな中、今どこが渋滞しているか30分ごとに教えてくれるこの放送は便利です。そして、市場価格情報を伝えてくれる「アージケル・バザール(今日の市場)」。今も私はこの放送を聴きなが書いてるんですが、今日の放送はミルプール11番街の市場から。砂糖やダール豆、コンデンスミルク、マスタード・オイルなど、市民の暮らしになくてはならない基本食料品の値段を伝えていました。このほか、1日4~5回のニュースも中立的でわりといい、という評判です。

エンターテイメントのほうは、流行の歌が中心ですが、話題のアーティストやビジネスマンを招待してのインタビュー番組もあります。デジタルの設備を備えているので音質もよく、私が日本から担いできたBoseのMusic Systemでもきれいに入ります。

もうひとつのRadio Foorti(フルティ=大きな喜び、英語で言うならJOY)は、音楽・エンターテイメント中心の番組構成ですが、彼らにとっての不幸はダッカを走っている車の多くが日本車で、FMが90.0までしかキャッチできないこと。これらダッカのFM放送が対象としているような中~上流階級の人たちの多くは車の中でラジオを聴くことが多いので、これはけっこう致命的。

それでも車以外にも、ラジオを聴く人が増えている理由のひとつには、若者を中心に人気を集めている携帯電話のラジオ機能があげられます。わがダッカ事務所の運転手のシポンもこのラジオが聞ける携帯電話を持っていて、ヒマな待ち時間はよくイヤホンをつけてFMを聴いてるんだそうです。電話がかかってくると自動的に電話に切り替わるんだそうで、なかなか便利ですね。

放送がキャッチできる範囲は狭くて、ダッカから80km圏内ぐらい。ウチの事務所のスタッフによると、私たちの活動地でもっとも距離的にダッカに近い、マニクゴンジ県のポイラ村でもぎりぎり聴けた、という話です。マイメンシン県のイショルゴンジではぜんぜん無理。ノルシンディ県でもダメでした。

ちなみにどちらも放送はベンガル語。DJのおしゃべりを聞くのはベンガル語上達にもいいかも。
ダッカに来られたらぜひ、聴いてみてくださいね。


追記(1月21日):今日、ノルシンディ県のPAPRIナラヤンプール事務所にラジオ・トゥデイを聴きながら行ったら、事務所の前までちゃんと聴けました。ノルシンディ県ダメ、というのは間違いでした。




投稿者: 藤岡 日 時: 20:06 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2007年1月18日

 新選挙管理内閣アドバイザー決定

今日は2回書いちゃいます。

きのう、選挙管理内閣のアドバイザーの残りの5名が決まりましたが、宣誓式に出たのは3人でした。なぜか?5人のうち2人は海外にいたからです。一人はベンガル人だけどアメリカ市民、もう一人はバングラデシュからの現国連大使。

今回の選挙管理内閣アドバイザーの11人のうち3人は軍人。アメリカやUN、世銀と関係が深い人も目立ちます。

うーーーむ。 これって...

BNPは現大統領をなんとか辞任させようと画策しているようです。もし大統領が辞任したりした場合の次の大統領候補者は、現大統領以上にコテコテのBNP寄りだとか。BNPは内部人事も動かして「いざという場合」に備えているらしい。

あと今焦点になってきているのは、次の選挙までにIDカード導入までやるのか、それとも既存の投票者名簿を修正するだけにするのか、ということ。これも状況次第で、早く選挙に持ち込みたい側はIDカードに反対するだろうし、引き伸ばしたほうが有利だと思えばIDカード導入を主張するだろうし。本当にIDカードが必要かを議論するというより、そういう駆け引きの材料になるでしょうね。


追記:その後結局、アメリカ市民権をもつIT専門家のアドバイザー就任は取り消しになりました。過去に機械で読み取れるパスポート導入のプロジェクトが多額の資金を導入しながら失敗に終わったことがあるそうなのですが、この人はそれに絡む汚職疑惑もあったことが問題になったため。就任を決める前にもうちょっとよく調べればいいのに...。




投稿者: 藤岡 日 時: 01:37 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)


 ガイバンダでの衣料配布

今日は1月14日に実施したガイバンダでの衣料配布の写真をご紹介します。毛布や衣類を持って一軒一軒周るのは大変なので、前日までに引換券を配り、会場にとりに来てもらう形で配布を行いました。

いざ出発.jpg荷物を積んで、いざ出発。

牛.jpg牛も寒そう。

ウリア配布会場.jpgウリア・ユニオンの配布会場

家族は左、毛布は右.jpg家族セットの人は左、毛布の人は右

毛布を渡す.jpg受け取りは名簿の横に拇印をもらいます

巻いてみて.jpgちょっと毛布を巻いてみて

家族セットを開ける.jpgもらった「家族セット」を早速開ける人

コンチパラ会場.jpgこちらはコンチパラ・ユニオン会場

コンチパラ配布会場.jpg昨日紹介した人たちもこの中にいます

マイ毛布.jpgマイ毛布。




投稿者: 藤岡 日 時: 00:51 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2007年1月17日

 寒さに震えるお年寄り

13(土)~14日(日)にガイバンダに出張に行ってきて寒かったー、とこの前ブログに書きましたが、何をしに行っていたかというと、寒波の救援で衣料配布をしに行っていました。より正確に言うと、シャプラニールが寒波救援の衣料配布をすることを決めまして、まず第一弾として北部のガイバンダのNGOであるGUKと、マイメンシンのNGOのCOLIと一緒に配布活動をすることになったんですね。それで、ガイバンダではシャプラニールの資金でGUKが衣類や毛布を購入して、誰に配るかをリストアップして、スタンバイしてくれたところに私たちも行って、配布をしてきた、ということです。

シャプラニールのウェブサイトに寒波救援の特設ページができたので、概要についてはにそちらをご覧いただきたいのですが、今年のバングラデシュの冬、例年になく寒いんです。全体的に寒いんですが、とくに北部は朝晩冷え込みがきつくて、とくに貧しい人たち、その中でもお年寄りや病人、小さな子どもたちを直撃しています。

ガイバンダ県はダッカから北西方向に車で5時間ぐらい。この県の中でもとくにジョムナ河の侵食の影響が大きいフルチョリ郡というところで、とくに困窮した状況の人たちに、衣類と毛布の配布を行いました。夫婦と子ども、といった家族向けにはサリー1枚・ルンギ(腰巻)1枚・子どものセーター1枚の「家族セット」を計400世帯に。お年寄りや病人などには毛布を350世帯に。サリーやルンギでは寒さがしのげないのではないかと思ったのですが、GUKのスタッフによると、極貧層にはそういう基本的な衣類もまともに買えない人が多いので、寒いときだけでなく夏も使えるサリーやルンギが案外喜ばれるのだそうです。もちろん重ね着したり、くるまったりもできます。

配布は14日に会場を決めて行ったのですが、その対象者のうち数人の家を13日の夕方に訪問しました。

以下は、その人たちの写真です。

ニルワラさん.jpg

片目が見えないニルワラさん。夫と息子に死なれ、息子の妻とその子どもと暮らしています。毛布を配布。

ニルワラさんの寝床.jpg

ニルワラさんの寝床。土間に直接藁を敷いて、そこに布を敷いて寝ています。床から冷気が直接伝わってとても寒いはずです。タオルなどあるものをかき集めてかけているみたい。

サッタルさん.jpg

サッタルさん。河の浸食で家を失い、15年ぐらいこの小屋にひとりで住み、物乞いをしてなんとか食べています。毛布を配布。

ベンギさん.jpg

ベンギさん。背中を丸めて外で料理をしていました。毛布を配布。

ベンギさんの寝床.jpg

ベンギさんの寝床。木の寝台にかろうじて薄いカタ(古いサリーをはぎ合わせて刺し子したもの)が1枚ありました。でも壁はジュートの芯を束ねただけで風入り放題。

歩けない男の子たち.jpg

二人の息子が二人とも足に障がいがあって歩けない一家。栄養失調が原因なのか。家族セットを配布。

侵食する川岸.jpg

どんどん崩れていく川岸。乾期の今は川の水が引いていますが、雨季にはこのぎりぎりのところまで水が来ます。洪水のときはこの上まで。

私が訪ねたこの地域は川の浸食で家を失って移住してきた人がほとんどなのですが、女性だけの世帯が多く、一人暮らしのお年寄りも少なくなかったです。夫はダッカに出稼ぎに行ってそこで死んでしまった、とか、息子がいたけど、結婚して寄りつかなくなった、とか。

一人暮らしのお爺さん、お婆さんたちの様子には特に心が痛みました。冷たい風の入る小屋の中、ひとりきりで寒さと必死で戦っている、という感じでした。

寒さで困っている極貧状態の人はこの国にはあまりにたくさんいて、それに比べると配れるのはがんばってもごくわずか、ということになってしまいますが、それでも寒さで命を落としたり、病気になってしまう人をひとりでも減らし、この寒波を乗り切ってもらえたらと思います。

この救援配布活動に皆様の募金をお願いしています。クレジットカードでも募金できるようになりましたので、どうぞご協力ください。千円で、家族セットなら2世帯分、毛布なら4枚が買えます。

明日は、配布会場で撮った写真をアップします。




投稿者: 藤岡 日 時: 00:41 | | コメ ント (3) | トラッ クバック (0)

2007年1月15日

 第三者?

きのうの謎の話の続きですけど、私の周囲のバングラデシュ人NGO関係者の中では、「今回の非常事態宣言は軍による一種の無血クーデターである」という見方が優勢です。表立っては誰も言いませんが、内輪話ではそう言う人が多いですね。そして、この動きをとりあえず歓迎している人がほとんど。新選挙管理内閣が、投票人名簿の整備のため、国民IDカード導入を検討する、と言っていることもあって、次の選挙までは相当時間がかかるだろう、少なくともここ2~3ヶ月は平和が続くだろう、という見方が今のところ強いです。IDカード導入なんて本当にやるとしたらどんなにがんばっても1年はかかるでしょう。

表立って戒厳令が出たり、軍人が表に出てきたりすることは今のところないんですが、あえて姿を見せずに表向き「謎」のまま操るというのは、かなりの策士でないとできないんじゃないでしょうかね。

「二つの勢力が対抗し合うばかりでにっちもさっちもいかなくなったら、そりゃ第三者が出てくるのが自然な成り行きってもんだよ」と今日ある人は言っていましたが、ほんとにそうだとすると、その第三者が今後どう動くのか。それが問題ですね。

もし軍によるものだとしたら何が一番のきっかけだったのか。ひとつ、もしかしたら関係あるのでは、と思うのは、国連が「このままバングラデシュ軍が1月22日の一方的な選挙実施に加担するようであれば、国連平和維持軍から外す」と警告したことです。PKOで重要な役割を果たしている、というのはバングラデシュ軍の誇り。そして今海外に4万5千人いるというPKOに参加するバングラデシュ軍人の外貨収入もバカになりません。汚職でもブラックマネーでもなく、正規に得られる大きな収入ですからね。

この最後のあたり、半分はうちのスタッフたちが言ってることの受け売りです。まあ、これが正しいかどうかはわかりませんが、NGOで働いているような中流バングラデシュ人はどんなことを話題にしているのか、という視点で読んでくださいね。




投稿者: 藤岡 日 時: 23:53 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)


 背後にいるのは誰?

昨日から一泊二日で北部のガイバンダに出張に行って帰ってきました。いやー、朝晩寒かったです。こんな小さな平坦な国でも、けっこう気候の差はあるものですね。バングラデシュに来て初めて車のヒーターを使いました。さて、この2日の国内の動きはというと...

11日の非常事態宣言から今日で3日。12日に選挙管内閣のチーフ・アドバイザーが任命されたのに続き、昨日13日には5人のアドバイザーが任命されました。しかし、彼らに渡された任命書には任期が全然書いてなかったそうで、選挙がいつになるかは今もってまったく不明です。残りのアドバイザーも明日にはたぶん任命されるのではないかと思われます。

チーフ・アドバイザーのファクルウッディン・アフメッド氏は国際的にも認知された評判のよい人・かつ中立的な人みたいで、今のところ文句は聞こえてきません。しかし最初にこの新選挙管理内閣のチーフ・アドバイザーの職を打診されたのは、グラミン銀行創設者のモハマド・ユヌス氏だったらしい。でも彼は断ったのだそうです。そうされて正解でしょう。

今回の突然の非常事態宣言、よくわからないことがたくさんあり、まだ謎に包まれています。NGOの運命も政治の動きに大きく左右されるので、バングラデシュNGO関係者も固唾を飲んで政局を見守っているわけなのですが、彼ら・彼女らも、あーじゃないか、いやこーいうことじゃないか、といろいろな憶測を述べ合っています。

謎その1:大統領の演説の草案は誰が書いたのか?
突然の非常事態宣言に伴うテレビ演説で、大統領はこれまで言っていたこととまったく矛盾するような発言をいくつもしました。選挙は1月22日に実行されなければならない、公正で平和的な選挙は可能だと言っていたのに、今度は投票者名簿を訂正しない限り投票は不可能、90日以内には無理だと。この非常事態宣言の内容、BNPとジャマテ・イスラミの関係者はまったく寝耳に水だったらしく、相当泡を食っていた様子。反対にアワミ連盟はシェイク・ハシナの態度や発言から、これを事前に知っていたのではないか?という憶測を述べる人もあり。大統領演説の内容は、どう考えても本人が書いたんじゃない、と言う人多し。では誰が書いたんだろう?

謎その2:軍の関与
今回の急展開にどこまで軍が関わっているのか?表に出てこないだけによくわからないのですが、今日のニュースによると、アワミ連盟の幹事長、アブドゥル・ジョリルが14党連合を代表して発表した声明に、「選挙管理内閣の改編を促し、一方的な1月22日の選挙実施から国を救った軍の役割を高く評価する」と書かれていたというのです。やっぱり黒幕は軍なのか?

謎その3:国際的な動きの影響
アメリカ、イギリス、EU、日本などドナー国がかけたプレッシャーはどれぐらい影響したのか。影響はあったに決まっているものの、非常事態宣言が出るまでの動きに実際どれぐらい関係があったんだろう?国連総長の発言の影響は?

今のところ非常事態宣言といっても、夜間外出禁止令も解かれたし、一般人にはそれほど不都合はないのですが、近々布告予定で今準備されているという非常事態法には、政党の政治活動の禁止と共にメディアの検閲も入ってきそうだという話。集会や言論の自由が制限されることにならないといいのですが...。

よくわからないことだらけで情報が錯綜しているので、このブログに私が書いていることも、頭から鵜呑みにしないでくださいね。あくまで参考情報ということで。




投稿者: 藤岡 日 時: 02:29 | | コメ ント (6) | トラッ クバック (0)

2007年1月13日

 新選挙管理内閣チーフ決定

なんかニュース速報みたいになってますが、気になってる方もあると思うので取り急ぎ。
今日、新しい選挙管理内閣のチーフアドバイザーが任命されました。元バングラデシュ銀行の総裁で、その前は20年以上世銀にいたというファクルウッディン・アフメッド氏です。彼の宣誓式には、アワミ連盟党首のシェイク・ハシナも、国民党党首のエルシャドも、にこやかに参加していましたが、BNPの党首カレダ・ジアの姿はありませんでした。今、BNPは緊急会議中らしい。

アワミ連盟率いるメガ・アライアンス(結局何党の連合なんだかわからなくなってしまいました。最近、グランド・アライアンスとかメガ・アライアンスとか呼ばれています)は、今週から予定されていたオボロッド(交通封鎖)やホルタル(ゼネスト)などすべての抗議行動の中止を宣言。夜間外出禁止令も取り下げられました。

さて、これからどうなるやら。選挙はいったいいつになるのかなあ。
今は「つかの間の平和」という感じですね。




投稿者: 藤岡 日 時: 01:25 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)

2007年1月12日

 選挙延期

きのうもう寝ちゃう、と言って大統領演説の結果をここに書かなかったのですが、昨夜のブログを書いた直後、夜11時15分ぐらいにテレビにはためく国旗が大写しになり、国歌が流れてイアジウッディン大統領が現れました。

結果、非常事態宣言に加え、選挙管理内閣のチーフアドバイザーを兼務していた大統領がその職を辞任すること、他のアドバイザーも辞任し、選挙管理内閣を2~3日中に再編成すること、当面のチーフアドバイザー代行は大統領以外のアドバイザーの中で最年長のフォズルル・ホク氏がつとめること、1月22日に予定されていた選挙の日程は延期し、新選挙管理内閣があらたな日程を決めること、などが発表されました。

昨夜からしばらくの間、夜11時から朝5時まで、夜間外出禁止となります。でもまあ、もともとそんな時間にあまり出歩かないからべつに支障はないかな。(救急車、医者、ジャーナリスト、海外への飛行機に乗る人、とくにメッカへの巡礼者などは夜間でも動けます。ただし身分証明書が必要)

非常事態宣言、というとモノモノしいですが、昨日大統領が発表した内容は、ほぼアワミ連盟側の要求を呑んだものになっていて、これでBNP側の激しい反発がなければしばらく少し落ち着くのかな、と思います。(まだまったく油断はできませんが...。)

金曜日の今日、窓の下では魚売りの声がのどかに響き、リキシャがちりりんと行きかい、人々はフツーに出歩いております。非常事態宣言が出たから逆に安心して出歩けるようになったというべきか。

とりあえず、来週予定している地方出張はキャンセルしないですみそうです。




投稿者: 藤岡 日 時: 14:06 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)


 非常事態宣言

きのうからマイメンシン県イショルゴンジへ1泊出張に行って今夜帰ってきたところなんですが、夜7時半ごろ、車でダッカの手前の渋滞にはまっていたら、ダッカ事務所のスタッフから電話が。
「大統領が非常事態宣言を出しました。夜11時から朝5時まで外出禁止です。もうすぐ大統領がテレビ演説します」だって。うーん、そうなったか。ついに。

BNPとアワミ連盟がそれぞれ率いる二大政治勢力は「公正で平和的な選挙」のために折り合いをつけることが結局まったくできず、アワミ連盟側は選挙のボイコットを宣言。BNP寄りと見られる選挙管理内閣への抗議行動として交通封鎖やホルタル(ゼネスト)が選挙まで続くことになっていたのですが、そこに今日の非常事態宣言。

日中の交通封鎖がなくなるのは助かるけど、このまま対抗馬がボイコットしたまま選挙をして、またBNP政権になるのかしら。それとも選挙が延期になるのか…。

ほんとにこれからどうなるのかなあ、この国は。
「公正で平和的な選挙」はいつ実現するんだろう。
いつになったらこの国の人たちは腐敗してない、本当に国民のために仕事をする政府をもつことができるんだろう。

夜11時をまわり、テレビをつけててもいっこうに大統領の演説が始まる気配なし。どの局も能天気な歌番組やらドラマばっかり。また夜中にやるのかなあ。

もう待ってられん。寝ちゃう。




投稿者: 藤岡 日 時: 00:52 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)

2007年1月 9日

 寒いんです

一時帰国から戻ってやっぱりバングラデシュはあったかいと思ったのもつかの間、毎日霧が立ち込め、薄ら寒い日々が続いています。ダッカは都市熱もあるのでだいぶましだと思うのですが、今日の私のかっこうも長袖のサルワールカミーズの下に長袖の肌着(いわゆるババシャツ)を着て、カーディガンを着た上、ひざ掛け代わりにショールを持参、という状況。

新年早々の1月4日ごろから今年は強い寒波が来て、北部では38年ぶりに最低気温摂氏5度を記録しました。日本の寒さからしたら「たいしたことないじゃない」と思うかもしれません。でも、セーターの1枚もなく、暖房も一切なく、家もすきま風だらけで、ろくな布団もなく、お湯を浴びることもできず、その上ろくに食べるものもなかったら?これは死活問題です。

実際、この数日だけで、北部を中心に寒さのために118人の死者が出ました。ほとんどがお年寄りや子どもです。気象予報では1月中にまだまだ寒波が来るらしく、心配です。




投稿者: 藤岡 日 時: 21:09 | | コメ ント (3) | トラッ クバック (0)

2007年1月 6日

 一時帰国・プラゴミの山に愕然

2007年がスタート!皆様お正月はいかがお過ごしでしたか?
昨年シャプラニールをご支援くださった皆様、このブログを読んでくださった皆様、ありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願いします。

さて、年末年始ちょっとこのブログもご無沙汰してしまいましたが、それというのは今年はイスラム教の犠牲祭(コルバニー・イード)が偶然にも元旦に重なり、ちょうどダッカ事務所のイード休みが正月休みと同じ時期になったので、日本に一時帰国していたんです。約1週間の休みが終わって、今日ダッカに戻ってきたところです。イスラム暦は新月から始まる太陰暦で、毎年10日ぐらいずつ前にずれていくので、今回みたいに犠牲祭が元旦と重なるようなことは単純に計算しても36年に1回あるかないかの珍しいことです。

元旦に日本人がおせち料理やお雑煮を食べてるちょうどそのとき、バングラデシュの人たちは牛や山羊をさばいてみんなで分けて食べてたわけです。面白いですよね。

さて、前置きが長くなりましたが、今日書きたいのはイードのことじゃないんです。ゴミのことです。
今回日本であらためてどうしたものかと思ってしまったんですが、日本で暮らしてるとどうしてあんなにゴミが出るんでしょう。とくにスーパーで買い物すると肉や魚のトレーやら野菜の入ってる袋やら、プラスチック・ゴミが大量に出てしまいますよね。

シャプラニールでも「レジバッグを使わずにジュートのマイバッグを持とう!」というキャンペーンをやってますが、レジ袋をたとえ使わなかったとしても、それ以外のプラゴミが...あまりにも多すぎる。いくらリサイクルしたとしても限界があるし、帰国したら本腰入れてプラゴミが出ない暮らしを考えないと...とつくづく思いました。

ご存じの方もあるかと思いますが、バングラデシュではポリ袋禁止なので、そのへんのお店で買い物をしたとき入れてくれるのは古新聞などいらない紙でつくった紙袋だし、スーパーでもうすーい綿の布袋やネットの袋に入れてくれます。野菜や果物はそのままの形で積まれていて、それを紙袋に入れてもらえばいいし、肉や魚も2重にした紙袋でそんなに困ることはありません。余計な包装がないからここではほんとにゴミはちょっとしか出ないんです。新聞の折り込みチラシやダイレクトメールもほとんどないので、紙ゴミも少ないですしね。

農村部の卸売り市場などを見ていると、野菜や果物は蓋がついた大きな籠に入れてトラックに詰まれるか、唐辛子などの小さいものはジュートの大きな袋に詰められて輸送されています。輸送中に傷むものの割合は日本に比べたら多いかもしれないし、確かに日本のようにプラスチック容器にパックされていたほうが衛生的ではありますが、バングラデシュ方式でも、実際のところ消費者としてはそんなに困らない。慣れちゃえばこんなものかな、って感じです。

ゴミを本当に減らそうと思ったら、便利な生活の何かを犠牲にしないとやっぱり無理ですよね。日本もゴミを出してからリサイクルするだけじゃなくて、ゴミの出ない生活をもっと真剣に考えるべきところに来ているんじゃないかと思います。

そんなの商売にならないよ、と言われるかもしれないけど、ポリ袋やプラスチック・トレーをできる限り使わないエコ・スーパーマーケット、できないもんかなあ。自分で袋やタッパーを持っていけば割引してくれるような。私の日本の家の近くにもあるけれど、同じ屋根の下に個別の肉屋さんや八百屋さんが入ってるような市場っぽいところならできるんじゃないかしら。そういうところを行政が「エコ・マーケット」として認定して、なんらかの形で優遇するとか...。

きのう成田空港へ向かう成田エクスプレスの中で、そんなことをぐるぐる考えていました。




投稿者: 藤岡 日 時: 20:59 | | コメ ント (4) | トラッ クバック (0)
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