前回書いたような理由で、先日急遽帰国しなければならなかったため、赴任後初めてダッカ・バンコク間のビジネス・クラスに乗りました。NGOスタッフの給料では厳しい出費ですが、エコノミーがまったくとれなかったのです。
しかし、お陰で(?)バンコクからダッカへの飛行機で、普段ならまず隣り合わない人の隣になりました。バングラデシュの国会議員、かつて大臣職も経験した人物です。
最初、自分の席に座ろうと思ったら、隣に離陸直前だというのに携帯電話をかけ続けているベンガル人男性がいて、嫌だなあ、こういうタイプの人って絶対話しかけてきてダッカまでずっとつかまっちゃうんだよなあ...と思っていたのです。
その後彼はちゃんと電話の電源を切っていましたが、しばらくすると案の定「あなたどこの会社の人?」と英語で話しかけてきました。「私は会社じゃなくてNGOで仕事してます」というと「どんなNGO?」かいつまんで「農村開発とかストリートチルドレン支援をやっているNGOです」と言うと「ふーん」とあんまり関心なさそう。私が読んでいた文庫本に目を戻そうとすると、「私はこういう者だよ」と写真入りの名刺をくれました。
写真の下には、名前と“Member, Bangladesh Parliament”の肩書きが。「あら国会議員なんですかー」と言うと、「そうだよ、前は大臣もやったんだよ」とおっしゃいます。私が「はあ」などと言っていると、「中国にはビジネスでしょっちゅう行ってるんだよ。ほとんど毎週だね。だから中国の主な会社はほとんど知ってるよ。○○とか△△とか...。今回も2つ契約をまとめてきたところでね。」とアピール。ははあ、この人、私のことを中国人だと思ってるんだな。「すみません、私は今日名刺を持っていないので」と言うと、爽やかな笑顔で、「いや、いいんだよ、ははは。事務所の住所はそこに書いてあるからいつでも来なさい」だって。私があまり反応を示さないので、そこで会話は終わり、彼もヘラルド・トリビューン紙を取り出して、何やらアンダーラインを引いていました。
私はしげしげと名刺と本人の横顔を見比べながら考えていました。国会議員が毎週ビジネスで中国に行ってるのかー。それでどうやって国会議員の仕事をするんだ?以前大臣だったなんて、その利権でずいぶん儲けてたんだろうな。ほんの数年前に出来た火力発電所が操業開始後わずか数ヶ月で故障して止まっちゃって、建設を請け負った中国の会社がメンテナンスを全然契約どおりにやらないのに、政府はまたその会社と別の大きな契約を結ぼうとしている、っていつか新聞に出てたけど、こういう人が絡んでいるのかしら。現役の国会議員がビジネスのために自ら海外を飛びまわってるなんて、議員の規定はいったいどうなってるんだろ?
翌日事務所に出て、ダッカ事務所のスタッフに、「きのう飛行機でこんな人と隣になったんだよ」と写真入り名刺を見せたら、「ああアパ、この人は有名な億万長者なんだよ。前に大臣だったとき、国会議員の赤いパスポートで、自分のビジネスの国際会議のためにシンガポールに行っちゃって、問題になったことがあるんだよ」そうか。そうだったのかー。「彼はね、元は貧しかったらしいよ。苦学して大学を出てすぐビジネスを始めたんだけど、バングラデシュが独立してすぐの頃、経営者がパキスタンに脱出してしまって国のものになった工場を、国が二束三文で売ったときがあってね。彼はその工場のひとつをなけなしの金をはたいて借金して買ったんだよ。でもその工場には色々貴重な設備があったそうでね。それを元手にビジネスを始めて、今の地位まで登りつめたんだよ。慈善事業もいろいろやってるよ。彼の出身地ではね、洪水になっても政府の救援は要らないんだ。彼が全部やっちゃうからね。車なんて何台持ってるか自分でもわからないらしいよ。彼はBNPにもアワミにも献金してるから、どっちの党からも支持されてる敵なしの議員なんだよ」
ほえー、そうだったのかー。と聞きながらまた湧いてくる疑問。「でもさ、その人は国会議員なわけでしょう。前は大臣だったわけでしょ。そういう人が現役議員のままビジネスで儲けるってのはどうなわけ?そういうことを規制する規定は当然あるでしょ」「あるよ、それはもちろん。でも実際はあってないようなものだね。この人は議員の中じゃ比較的正直で、まあ基本的にはイイ人だよ。」
え?いいのそんなこと言っちゃって。この前、今のバングラデシュで一番必要なイシューはなんだと思う?ってみんなに聞いたら、口を揃えて「グッド・ガバナンス」だって言ったじゃないか。現役の国会議員なのに毎週自分のビジネスで中国に行くような人を「基本的にイイ人」なんて言っちゃっていいわけ?確かにあの人、笑顔も爽やかで感じは悪くなかったし、「食わせ者の越後屋」みたいな悪人面ではなかったよ。慈善事業も色々やってるのかもしれない。でも、議員とか大臣としての利権を使って儲けてるわけだよ?そりゃあ、甘すぎるんじゃないの?それに、そういう人がいい加減な会社と契約して発電所が止まっちゃうから、ますます停電がひどくなるわけでしょ?こんなに毎日何時間も停電してたら、彼は海外との電気ビジネスでうはうは儲かるかもしれないけど、バングラデシュ国内で商売してる人は仕事にならないじゃないか?
あとからネットで調べてみたら、この元大臣、中国企業との怪しげな発電所建設契約を、バングラデシュ側受注企業の社長としていくつも結んでいた「疑惑の人」だったのでした。(まあ、でも知らない外人の私にまで自分でアピールしてるんだから疑惑も何もないわな。)
あの時、私は前夜バンコクに着いた飛行機が暴風雨で5時間遅れて寝ていなかったので、元大臣に突っ込みを入れる元気はなかったですが、「元大臣、今のこのダッカのひどい停電をどう思いますか?」ぐらいは聞いてみるべきだったかもしれません。
そう書いている今も停電。最近、夜も入れると毎日4~5回は停電し、独立以来最悪といわれるダッカの電気状況です。よくなる見込みは当面なし。あちこちで「電気をよこせ」のデモや暴動も発生しています。なんとかしてくれ~、金儲けに忙しい議員の先生方よ!あんたらのせいだぞ!と叫びたくなります。
よそ様の国のことばかりは言えないかもしれませんが、バングラデシュでは所属政党などによらず、公の職についている人がやっていいことと悪いことの境目がかなりいい加減。最近援助国の政府や国際機関などのドナーがしきりに「グッド・ガバナンス」を唱えていますが、倫理に外れることをしても悪いとも思っていない、もしかしたら自分は善人だと思っているかもしれない人たちが溢れているこの社会、どうしたらよくなるのでしょう。
とても遠回りかもしれないし、時間がかかるかもしれないけれど、それは最終的には、「ノーと言える市民社会が育つこと」じゃないかと私は思います。良識と倫理観のある中間階層が育ち、自分たちの国は自分たちでよくしよう、という気概と発言力をもつ人が増えてくること。国民のほとんどが少なくとも日本でいうところの中学校卒業ぐらいまでの教育をちゃんと受けられるようになること。高等教育を受けた学生たちが、ドロドロした学内の政治派閥に巻き込まれて消耗して終わるだけでなく、その中から真に国の行く末を憂い、清潔な政治を志す人が出てくること。海外で教育を受けたり、技術を学んだ人たちが帰ってきて投資を始め、それを阻むような非効率で不公平なシステムにどんどん注文をつけて変えていくこと。メディアの役割も重要です。
いろいろ挙げればキリがないですが、「市民社会」を支える人々が育つには、やはり貧困の撲滅と教育だと思います。一部の金持ちばかりがどんどん儲け、貧しい人が置いてけぼりを食う社会を変えるためには、「底辺にいる人たちの底上げを図りながら、同時に良識ある中間層を育てていくこと」が重要なのではないかと思っています。