「TV気象情報」という先進技術
日本の知人から届いたメールに「秋晴れの日が続き、秋刀魚が旬。金木犀も咲き始めました」とありました。秋晴れ、秋刀魚、金木犀。3つともほとんど忘れかけていたボキャブラリーです。メールをくださったのはかつてダッカに住んで仕事をした経験のある方なので、意識して書いてくださったのでしょう。日本の美しい秋の空や金木犀の匂い、秋刀魚の味を思い出しています。

こちらはというと、遅れて来たモンスーン、という感じでこの3日ぐらい雨が降り続き、先ほどようやくあがったところ。ただダッカの感覚でいえばそれほどの「豪雨」でもなく、ビニール風呂敷をかぶってリキシャでなんとか通勤できる程度の雨でした。
ちなみにリキシャは座席の下に必ずビニール風呂敷を入れています。雨が降るとそれを取り出してお客に渡します。幌を出しても膝から下は濡れてしまうので、客はそれを膝の上にかけたり、雨が強いときは座った自分の前に幕のように張って雨の侵入を防ぐわけです。
写真右上=雨の中をゆくリキシャ。乗客はビニール風呂敷をすっぽり被っています。
ダッカはこの程度ですみましたが、ベンガル湾沿岸部はかなりの暴風雨が襲い、今朝の新聞でわかった範囲で、沖に出ていた漁師46人が遺体で発見され、未だ1,500人が海で行方不明、という惨事になりました。この悪天候を知らせるシグナルを政府はちゃんと出したのか、と議論になっているようです。
ベンガル湾に注ぐガンジス河口の大きな島、ハティア島にいる、シャプラニールのユースメンバーの日下部くんがどうしているか気になって、彼の携帯に電話してみました。日下部くんは上智大学の大学院生、ハティア島で活動するDUSというNGOで研究をしています。

電話に出た日下部くんは「いやー、もう暴風雨がすごくて全然外に出られない状態です」と言っていました。ハティア島やチッタゴン、コックスバザールなどベンガル湾の沿岸部はサイクロンやそれに伴う高潮の被害を受けることが多く、独立直前の1970年のサイクロンでは50万人、史上最大規模といわれた1991年のサイクロンでは14万人が犠牲になっています。
写真上=サイクロン常襲地、コックスバザールの長大な海岸
今回の暴風雨はサイクロンではなく、沿岸部に住む人への被害はそれほどでもなかったようですが、海に出ていたたくさんの漁師が犠牲になりました。そのことを日下部くんに聞くと、「最近海でも魚が極端に獲れなくなって、漁師は皆かなり無理しても海に出ていくようなんです」と言います。川で魚が獲れなくなった話はそこら中でよく聞きますが、海でもそうなのか...。
今回、漁に出た漁師たちは、この悪天候の兆しをどこまで把握していたのでしょう。日下部くんが関わっているNGO、DUS代表のロフィックさんに以前聞いた話では、バングラデシュには悪天候を知らせる緊急シグナルが10段階以上あるそうなのですが、これが細かすぎて一般の人には非常にわかりにくく、ロフィックさんたちは2つか3つでいい、と主張しているそうです。注意報と警報があれば十分、ということでしょうか。
日本で台風が近づいていたり、暴風雨が来そうなとき、テレビで気象情報を定期的にチェックすれば、台風の大きさ、進む方向、進む速さ、いつどこが暴風域に入るか、まで即座にわかります。日本で暮らしているとこれはもう当たり前の感覚ですが、ここでは暴風雨が来ようとサイクロンが来ようと、その情報を逐次チェックするのは容易ではありません。大地震が起こったとしてもそうでしょう。
そもそも大事件があったとしても、こちらのテレビはあまり緊急速報を出したりしません。夜の定時のニュースを待つしかありません。緊急速報を出せるような体制がないんだろうと思います。(以前過激派テロリストの首魁が逮捕されたときは、生中継がありました。前々から情報があって準備ができれば緊急中継もできるのでしょうが...)さらに言えば、テレビがあっても停電すれば見られないし、サイクロンや暴風雨の被害が大きいハティア島やコックスバザールなどの海岸部では、一般庶民はテレビなど持っていないでしょう。持っていてもケーブルテレビに加入していなければ、地上波で映るのは国営バングラデシュ放送のみ。「テレビで気象情報」は実際そのシステムもほとんどないし、一般庶民に届くためのツールとしてはまったく現実的でないのが現状だといえましょう。

沿岸部で活動するNGOはそれでもなんとか人々に気象情報を伝えようと努力を続けています。ラジオの活用、旗などを使ったシグナルの伝達、日ごろから地域で育てた防災ボランティアを通じた伝達など。私が以前訪ねたコックスバザールのNGO、「COAST」の事務所には、壁に天気図を記入し、サイクロンの進路をマグネットで表示する専用のホワイトボードがありました。ラジオを聴きながらサイクロンの進度を予測し、早め早めに住民に警告を出す、という天気予報の役割までNGOがやらなきゃいけないんだなあ、と思いました。災害常襲地のバングラデシュで奮闘する現地NGOにとって、気象情報に関して先進国の日本には期待もあるようですが、社会の状況が違いすぎるバングラデシュで、日本の技術をそのまま持ってくるのは困難であることもよくわかっているようです。
写真右上=コックスバザールのCOASTの事務所で
大きな災害があってもその場にいる人には情報がなく、何があったかわからない。それは災害時最大の問題のひとつです。ダッカでも日に日に停電がひどくなり、テレビに頼れなくなってきたこの頃。私も日頃からラジオを聞くことを習慣化したほうがいいな、と思っています。
また雨が降り始めました。せっかくの金曜日ですが今日は家に籠もりっきりになりそうです。