時代小説に癒される年頃
このところ、いささかヘビーな出来事があって落ち込んでいたり、出張者が来て会議で忙しかったり、自宅のインターネットがつながらなくなったりで、ブログの更新がすっかり滞ってしまいました。見に来てくださった方、すみませんでした。
先週どうにも元気がでなかった私は、休みの日に気がつくと朝から晩までの間にサッポロ一番塩ラーメンに卵を入れたのを食べただけ、といった情けない食生活だったのですが、出張者が来て一緒に夜おいしいものを食べに行ったり、バカ話をして笑ったりしたら元気を取り戻し、やっぱり人間おいしいものを食べることと笑うことが元気の源であるなあ、とあらためてわかった次第です。
エネルギーレベルが下がった私を癒してくれたものがもうひとつあります。それは出張者に持ってきてもらった時代小説。若い頃は親が時代小説を読んでいるのを見ても「何が面白いんだろうなあ」と思ったものですが、最近、しみじみと「時代小説はええなあ。やっぱり小説はこれに限るよ」と思っています。
バングラデシュで読むからこそいいのかもしれません。江戸時代の奉公人の娘がけなげに苦労する話を読むと、農村からダッカに出て来て他人の家で使用人をしている少女たちの境遇と重ねてしまうし、貧しくとも良心をもって懸命に働く庶民が「お上」や「金持ち」の気まぐれに蹂躙されたり、盗賊に襲われて身ぐるみはがれたりするのも、渡し舟で川を行き来したりするのも、なんかこれってここにもあるような...という感じがするのです。
自分が管理職として悩む立場になったせいか、経験を積んだ岡っ引きの親分や剣の達人の言葉などにも「なるほどねえ...」と頷いてしまうし、日本の食べ物がおいそれと手に入らないだけに、おしるこだとか稲荷寿司だとか赤かぶの漬物だとか白魚の椀物だとか、時代小説に出てくる食べ物は実に魅力的です。
たいてい時代小説は文章が簡潔でドロドロしてないのもよいですね。藤沢周平や宮部みゆきの時代小説の、さらりと簡潔な文体は文章修行のためにもよいお手本になります。
まあでも、要は時代小説が面白いと思うような年齢に、私がなったということですかね。