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狂犬病の恐怖

私が事務所で仔犬のときから可愛がっていた茶と白の犬、タイガーはある日門の隙間から出て行ってしまったきり、未だに戻ってきません。誰かが連れて行ったのでは、という疑惑については前にも書きましたが、なんとなく最近事務所の近辺の犬が少なくなったような気がして、もしや当局による野犬狩りが行われているのでは...という気がしていました。

そうしたら今朝のDaily Starで、「ジャハンギールナガル大学で58匹の犬を殺処分」という記事を発見。ダッカ市当局が狂犬病や皮膚病など犬の病気を蔓延させないため、この大学構内にいた犬58匹を殺したそうなのですが、その大半は学生たちがペットとして構内で飼っていた犬で、飼い主の多くはこの大量の犬殺処分のことを事前に知らなかったため抗議している、というニュースです。(ひとつの大学の構内に58匹も犬がいたというのも驚きですが...)

やっぱり...野犬狩りが行われてるんだ。バングラデシュでは犬を飼うといっても鎖につないだりする人はほとんどいないし、首輪もしていない場合が多く、飼い犬なのか野良犬なのかは飼い主が見なければわからないような状況。かくいうわが事務所でも、タイガーはなるべく外に出さないよう目配りしていたものの、首輪もせず逃げだしてしまったので、ハタから見たら野良犬かどうかの区別はつきません。野犬狩りにやられてしまったんだろうか...。あの子はちゃんといろんな病気の予防注射も2回していたのに。せめて首輪をつけておくべきだったと思っても後悔先に立たず...。

事前連絡もなく飼い犬を殺された学生には深く同情しますが、当局にも言い分があるのはわかります。
なぜならバングラデシュではまだまだ狂犬病が現実問題としてあり、正確な統計はないものの、少し前の日本獣医師会のレポートによると、毎年約二千人が狂犬病で命を落としていると推定されるそうなのです。

実はわが事務所でも先週ちょっと怖いことがありました。私が数日留守にしていたときのこと。タイガーとよく似た犬が門の近くに現れたため、事務所のガードマンがタイガーの名を呼びながら手をだしたところ、いきなり足に噛み付き、その犬は立て続けに隣の家のガードマンなど計3人を噛んだというのです。

その犬が狂犬病だったかどうかはわかりませんが、その状況を見ていた人たちは「あの犬はパゴル(狂っている)だった」といいます。犬は即殺処分され(誰がどうやって殺したのかはわかりません)、ガードマンはすぐ病院に行き注射を受けました。狂犬病にかかった犬に噛まれた場合、発病を防ぐためには当日を含め最低5回の注射を受けなければなりません。ひとたび発病したら治す方法はなく、100%死に至る、とても怖い病気です。


問題はそのときもう一匹の事務所の犬、ジェリーもその犬に噛まれたらしいのです。事務所のスタッフたちは万一の場合を恐れて、ジェリーを事務所から追い出しました。私が戻ってきたとき、ジェリーが門の外でさびしそうにしているのを1度見かけましたが、それから姿がみえなくなり、どうしたのかと思っていたらトゥトゥールからこの出来事を知らされたのです。

トゥトゥールは子どもの頃、村で狂犬病で死んだ人を見たことがあるといいます。その人は犬に噛まれても何もせず放っていたら発病し、水が飲めなくなったそうです。トゥトゥールは「その人は『水を飲むと脳みそに犬の子どもが入っちゃう』と言って飲めなくなった」と言うのです。狂犬病を発病すると液体を飲むと痙攣を起こすようになり、水が怖くて飲めなくなるため「恐水病」とも呼ばれるそうです。「犬の子どもが脳みそに入っちゃう」という意味不明な表現に、まさしくその病気にかかった人のリアリティを感じてとても怖くなりました。

哀れなジェリー。犬の場合、狂犬病の潜伏期間は平均1ヶ月ですが、犬によって1週間から1年とバラつきがあり、発病しない間は狂犬病をうつされているかどうか、検査してもなかなかわからないらしいのです。ジェリーを探し出して獣医に連れて行きたいと思ったけれど、どこにいるかわからないし、みつけたとしてもリスクがあります。前に予防注射してからだいぶ時間がたっていたし、噛んだ犬が狂犬病でなかったとは言い切れません。

こうしてわが事務所に2匹いた犬は両方いなくなってしまいました。とても寂しいけれど、私がいけなかった。管理責任がなってなかった。狂犬病についての認識が甘すぎた。ここは日本ではないのに...と落ちこんでいます。

日本では狂犬病は1956年以来発生していないそうです(例外は1970年にネパールで狂犬病の犬に噛まれた青年が帰国後死亡)。もう50年たつわけで、日本人にとって狂犬病の怖さは遠いものになっています。

私にしても狂犬病がこの国にあると聞いても、そんなの実際はめったにないことだろう、きっとどこか遠くの村でたまにある程度で、自分の周りは大丈夫、とのほほんとしていた面があります。でも年に数千人が死んでいるとしたら、ダッカの住宅地にだって狂犬がいてもおかしくない。そのことをやっと実感として認識しました。

これからもしここで犬を飼うなら、仔犬のうちから飼い、毎年予防注射をし、首輪をし、他の犬と接触させないことを徹底しなければいけません。

でも当面犬を飼う気にはならないでしょう。リキシャで通勤する道すがら、タイガーやジェリーの姿を探す癖はしばらく抜けそうにありません。


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