偶然は偶然じゃない
身の回りで日々起きることの中に、時々あれ?と思うような偶然、ってありますよね。
ワタクシ気づけば40年生きてきたことになりますが、最近、偶然のように見えることが、実は偶然じゃない、何か意味がある、ということを感じるようになってきました。べつに私は信じてる宗教もないし、オカルト的な興味があるわけでもないんですけど。
あれは5年ほど前、3年間暮らしたインドのデリーから帰国する日、私は帰国際忙しかったせいでちょっと気分がハイになっていたのかもしれませんが、インドを離れることが名残惜しくて空港で大泣きしました。
飛行機に乗って成田に着き、電車を乗り継いで帰ってくる途中、乗っていた電車が2回も人身事故で止まり、ああ、日本に帰ってきたんだなあ、と思いました。インドで別れた人たちを思い出しつつ、うとうとしてふと目を上げたら、隣にインド人らしき男の人が座っています。思わず、英語で「あなたはインド人ですか?」と尋ねると、にこにこと「そうだよ」と言います。「私はたった今デリーから帰ってきたんだよ」というと彼も、「ぼくのふるさとはデリーだよ」と。そうして話をしていたら共通の知り合いもいたりしてびっくりしたのでした。
そして先日バングラデシュから日本に一時帰国したとき。夜中にダッカを発つ飛行機で、途中で乗り換え成田に着くのは翌日の午後遅くのため、眠い目をこすりながら家の最寄駅を歩いていたら、向こうからちょっと南アジア人らしき風貌の人が携帯電話で話をしながら歩いてきます。
すれ違いざまに聞こえてきた言葉は「ナーナー、アージケ シェーシュ ホエジャベ」
は?「アージケ シェーシュ ホエジャベ(今日終わるよ)?」それベンガル語じゃん。
バングラデシュ人だったのかなあ、今のにいちゃん。
なぜ私は帰国してきたその日に出てきた国の人と地元で出会うのだろう。
きっと何か意味があるんですよね。そうに違いない。
コメント
こんにちわ。長年の赴任経験や現地での活動をすごいなぁと思ってよませていただいています。バングラデッシュの人々と日本の人々の間では、考え方(モラル)の違いは、どれぐらいあるのでしょうか? 国際的な援助や、民間の寄付などが、泡のように消えてなくなる国だというような事も聞いています。正直な意見をきかせてもらえれば、と思います。
投稿者: 木村 | 2006年07月11日 14:21
木村さん、コメントありがとうございました。私はこちらに来て、「バングラデシュ人と日本人のモラルの違い」というのはほとんど感じません。日本人の中にモラルの高い人と低い人がいるのと同じように、バングラデシュ人の中にもモラルの高い人と低い人がいます。「モラル」にもいろいろあるかと思いますが、卑近な例で言いますと、たとえばわがダッカ事務所のわずかなスタッフの中にも朝必ず始業時間の20分前には来る人としょっちゅう遅刻する人がいるわけで、それは日本人とかバングラデシュ人というより個人の問題かと思います。ただし、「公務員のモラル」と言い換えると全然話は違ってきます。私が個人的にとくに腹を立てているのはバングラデシュの警察と郵便局。警察官はデモ隊と衝突したときなど、女性だろうが老人だろうがかまわず骨が折れるほど棒でボカボカ殴るし、郵便局では日本からの小包がワイロなしにまともに届いた試しがありません。私のお世話になった方が国際便で3月に送ってくださった本も、結局まだ届きません。いったいどこで止まっているのだか...。国際的な援助や民間の寄付が消える、という話も、お金を渡す相手や渡し方、あとのフォローの仕方によります。みんながみんな消えてしまう訳ではありません。少なくともシャプラニールで皆様からお預かりした寄付や会費は、しっかり活動に使わせていただいております。毎年現地の公認会計士による外部監査や内部監査も行い、不正や無駄な使い方がないかということには目を光らせています。・・・といったところでお返事になったでしょうか?
投稿者: ふじおか | 2006年07月11日 17:33
どうもご丁寧に有難うございます。現地からの率直な話が聞けて、とても勉強になります。有難うございます。
投稿者: 木村 | 2006年07月12日 09:01