埋めてもらえる権利
今朝、農村への出張に向かう車の中で、開いた新聞のある記事に目が釘付けになりました。「セックスワーカーたち葬儀の権利を要求」(Daily Star, May 29)という記事です。
全てのバングラデシュ国民は、それぞれの宗教にしたがって埋葬(ムスリム)されたり火葬(ヒンドゥー)される権利があると憲法にも書いてあるのに、セックスワーカーとして働く女性やその子どもたちは、死後その遺体が墓地に埋葬されることを人々が拒むというのです。
死んだ後まで差別されるとは。しかも子どもたちまで...と思うといたたまれない気持ちになりました。
ほんの5日前、チッタゴンで、現地NGO、YPSAが運営するセックスワーカーの女性たちのためのシェルターを訪問したばかりだったこともあります。
そこはごく普通の質素なフラットの一角。10代から40代ぐらいまで、10人ぐらいの女性がいました。数人の顔に何か諦めたような無気力な表情が浮かんでいること、顔にひどいあざがある人がいることに気づきましたが、話してみると皆人懐こい笑顔をみせる、どこにでもいそうな女性たちでした。
シェルターといってもこじんまりした部屋が2つとクリニック、2人のスタッフの事務所があるだけの小さなものですが、今まで雨の日もかんかん照りの日も路上で暮らしていた彼女たちには、安心できる居場所ができたこと、飲み水やバスルームがあることだけでもとても大きなことのようでした。2つある部屋のうち1つは眠るための部屋で、そっと覗くと赤ちゃんと一緒に眠っている女性が二人いました。
そこにいた女性の多くは子どもがいました。3人子どもがいるという女性は、子どもたちはなんとか学校に行かせているが、ここには大きくなった子どもは連れてこられないので、子どもを見てくれる人がいないのが困ると話していました。
「この中に以前、他人の家で使用人として働いていた人はいますか?」と聞いてみると、10代後半ぐらいの少女が手をあげました。仮に彼女の名前をミヌとしましょう。どうしてそこをやめたの、ときくとミヌは激しい勢いで話し始めました。
「私が働いてた家には雇い主の大きい息子がいたの。その息子が夜しょっちゅう私の部屋にちょっかいを出しに来るから、雇い主の妹にそのことを話したら、私が告げ口したことを知った息子が怒りまくってますますひどいことをするようになった。たまりかねて雇い主に何度も訴えたら、そのうち田舎から母が呼ばれて、私を村に連れて帰った。そうしたら村の近所の人たちが、この娘はもう傷ものだ、雇い主の息子の子どもを妊娠しているに違いない、というの。すぐ検査をされて妊娠してないことがわかったのだけど、皆私のことを汚れてるとかこの子をそばに置いてどうする気だとか親に言った。それを聞いて私は頭にかーっと血が上ってしまって、母のお金を2千タカ盗んで路上に出てきたの。今は親とも親戚とも近所の人とも関係ない。私はこの町でひとりで生きていく。それだけ。」

日本でいえば高校3年生ぐらいの年でしょうか。気性の激しそうな、でも表情にはまだあどけなさの残る可愛い顔立ちの少女でした。
ミヌが路上に出てきてセックスワーカーとして働かざるを得なくなったのは、誰のせいでしょうか。彼女を慰みものにした雇い主の息子、無責任なことを言う近所の人たち、彼女を守れなかった親や親戚。しかし死後も埋葬を拒まれるほどの強い差別を受けて生きていかなければいけないのは被害者のミヌです。
写真=シェルターの女性たち。顔がわからないようわざと画面を荒くしています。
シェルターのあるフラットにほかの住民も住んでいます。日々出て行ってくれと苦情が寄せられ、対応が大変、とスタッフの女性たち。シェルターの運営だけでなく、自ら路上に出て行ってセックスワーカーの女性たちに語りかけ、警官に殴られたこともあるという彼女たちには頭が下がりました。
ミヌは今夜どこにいるのでしょう。彼女に私たちが直接何かすることはできないけれど、シャプラニールが今年から取り組むダッカで使用人として働く少女たちのためのプロジェクトでは、ミヌのような目に遭う少女を少しでも減らせるように力を尽くしたいと思っています。
*YPSAは時々情報交換したりフィールド訪問をさせてもらう「お友達NGO」のひとつです。シャプラニールのパートナー団体ではありません。