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インド洋津波・スマトラ島地震救援活動の募金方法
 

インド洋津波〜インドでの救援活動
被害が最も大きかった南部タミル・ナドゥ州で日本のNGOのソムニードと協働し、救援活動の調査を行っています。1月6日〜10日の日程でダッカ事務所長の白幡を現地に派遣し、ソムニードと合同調査を行いました。(調査報告 写真 動画)カッダロールなどの地元NGOと共同で政府関係などの緊急支援で不十分な部分、特に子どものケア、栄養補給を視野に入れ現地で調整を行っています。また、アンダマン・ニコバル諸島でもインドのNGOのSEEDSPRAYASへの協力を決定。SEEDSは地元の行政と協働しながら避難キャンプの運営と被害の実態調査を行っています。PRAYASは、行政の中心地ポートブレアにてチャイルド・ヘルプライン(こども電話相談窓口)と危機管理センターを設置して、ホームレスや身寄りのない子どもたちを対象とした支援活動を行っています。(写真 動画


■スマトラ沖地震・インド洋津波救援・復興活動
〜アンダマン・ニコバル諸島の調査報告〜

(4月6日 13:00 
白幡ダッカ事務所長)

桟橋が津波で壊れたため仮設の桟橋を使って物資の積み下ろしをしている、ハットベイ
リトルアンダマン島ハットベイの被災状況
ポートブレアにある政府のキャンプ、通路をテント代わりにしている

<調査日程>
 2005年3月12日(土)から19日(土)までの8日間にわたり、ダッカ事務所長の白幡利雄ならびにプログラム・オフィサーのポリモール・クマール・ライの2名がアンダマン・ニコバル諸島にて調査を行った。
 
<調査目的>
 パートナー団体であるSEEDSおよびPRAYASの活動状況を視察すること。また、今後の活動内容とそれに対する追加送金をする必要の有無を判断する。

<津波による被害状況>
アンダマン・ニコバル諸島全体で被害が大きかったのは、南から順にキャンプベルベイ(グレートニコバル島の東部)、カールニコバル島とその南につらなるナンコウリ小島群、ハットベイ(リトルアンダマン島の東南部)の3地域だったといえる。これらの場所でも人的被害が大きかったのはニコバル諸島、特にカールニコバル島とナンコウリ小島群(死者はカッチャル島に集中)に偏っており、これ以外の場所は沿岸部の建物に甚大な被害が生じたものの、人的被害は軽微だったといえる。

以下の表は、3月23日付けでインド政府が発表した被災状況報告から、人的被害の部分のみを一覧にしたものである。なお、地域のまとめ方等は分かりやすくするため、筆者の方で若干の編集を施した。


アンダマン・ニコバル諸島の被災状況

この一覧から分かるように、現在確認されている死亡者数は1,405人だが、依然として行方不明になっている住民が約5,800人おり、最終的な死亡者総数は7,000人を超えるだろうといわれている。またそのほとんどがニコバル諸島に集中していることも明らかである。

<パートナー団体の活動状況>
(1)SEEDS

SEEDSが建設中の仮設住宅、4月15日までに600戸設置予定、ハットベイ

1月28日から主に2つのキャンプでの救援物資配給活動を実施したが、SEEDSとしてはキャンプおよびキャンプでの支援活動を長く続けることは、被災者の自主的な生活再建を疎外するだけだという認識があり、救援活動は2月中旬で終了。その後、2月20日にようやくインド政府から仮設住宅建設の許可と600戸分の配分を受けることができ、翌日からリトルアンダマン島のハットベイにて建設作業を開始した。4月中旬以降、モンスーンによる雨期が始まるため、4月15日までにすべての建設を終えることが目下の急務であり、現在はこの仮設住宅建設を中心に活動を展開している。

(2)PRAYAS

リトルアンダマン島では津波後、マラリアの患者が増加した、PRAYASは夜間緊急診療用のテントを設置するなどの支援を実施
PRAYASの子どもクラス、ハットベイのベンガル人集落
PRAYASの子どもクラスの様子、リトルアンダマン島ハットベイ

1月7日にポートブレアの社会福祉局内の一室を借りて事務所を設置し、同時にチャイルドラインの活動を開始。2月末までは政府が設置した各キャンプにおいて、救援活動としての物資配給(蚊帳、ビスケット、生理用品等)を実施した。子どもたちに焦点をしぼったケアを行うことがPRAYASの特長であり、現在はポートブレア、ハットベイ(リトルアンダマン島)、カールニコバル島、キャンプベルベイ(グレートニコバル島)の4カ所に事務所を置き、それぞれローカルスタッフを10名前後雇用する体制となっている。その活動の中心は、各キャンプにおいて毎日午後の1時間半ほど、子どもたちを集めてのレクリエーションの時間をもつことで、同時に必要なカウンセリングサービスも提供している。

<今後の課題>

4月中旬以降に始まるモンスーンによる雨期を前に、救援活動から復興支援段階へと移行しつつあり、全体的に落ち着いた状況にあるといえる。しかしながら、政府による中長期的な復興計画がいまだ策定されておらず、当面の仮設住宅建設しか具体的な活動がないことが、住民にとって大きな問題となっている。また、津波による被害がニコバル諸島方面に偏っていたことも、今後の事態をより不透明なものとしている。復興支援段階では、大手NGOの大半がニコバル諸島での活動を中心にする予定とのことだが、もともとカールニコバル島を中心に居住しているニコバリーの人々は、そのほとんどがChurch of North Indiaというプロテスタント系のキリスト教会に属しており、その牧師を兼ねている族長が絶対的な権力をもつ閉鎖的な社会を構成している。こうした先住民族の社会に対して、外部者であるNGOなり政府なりが、どの程度中長期的な開発活動を実施していけるのかが、今後注目すべき点であると言える。

 


■スマトラ沖地震・インド洋津波
〜アンダマン・ニコバル諸島からの最新レポート1〜
(3月19日 11:30 白幡ダッカ事務所長)

◆全体状況

  • アンダマン&ニコバル諸島全体で、被害が大きかったのは3ヵ所。キャンプベル・ベイ(グレートニコバル島の南部、以下キャンプベル・ベイ)、カールニコバル島、ハット・ベイ(リトルアンダマン島の東南部)。これ以外の場所は沿岸部の建物に被害が生じたが、人的被害は軽微(ハット・ベイも人的被害は少なかった)

  • 地政学的に重要な位置を占め、かつ先住民族の扱い等微妙な問題を抱えている地域のため、当初からすべての緊急救援と復興計画は政府の完全な支配下におかれ、実際物資の配給等も政府からのものがかなりの割合を占めた。これまでに先住民族も含め、家屋に被害のあった世帯には一律13,000ルピーが、また貧困世帯には2,000ルピーの現金が、それぞれ支給されている。

  • 国策として移住計画が進められてきた歴史経過もあり、就業人口の約半分が公務員か、あるいは行政からの下請けの業務に従事しており、識字率も高く、経済的に非常に恵まれていると言える。また被害の少なかったポートブレア周辺では、家屋と家財をなくした人にとって厳しい状況が続いているとはいえるが、すでにピーク時と比べて半減したといわれるキャンプを回っても、非常に落ち着いた状況が見られた。

  • 4月中旬からモンスーンが始まるため、それまでに仮設住宅を1万軒作ることが目下の急務。このうち、3,850(SEEDSはうち600)がNGOの業務として配分されたが、ここまでの決定に時間がかかったため、各NGOは建設をなんとか4月15日までに終わらせるよう、急いで仕事を進めている。その後の恒久的な住宅建設や復興計画は、状況を見ながら作られていく模様。

  • キャンプベル・ベイからは津波後、政府が船とヘリコプターで多くの住民をポートブレアのキャンプに連れてきたが、2月下旬から徐々に住民の帰還が始まっている。他のキャンプも、仮設住宅の建設が終わり次第、そこへの入居をもってすべて撤去される予定。

  • アンダマン&ニコバル諸島で活動するNGOはすべてポートブレアに拠点をおいているが、独自の事務所を開いているところは少なく、ホテルに仮の事務所をおいているところが多い。SEEDSもそうで、隣のホテルにはADRAインディアとActionAid、さらに隣にはWorldVsionが入っている。また私たちが泊まっているホテルには、Oxfamが事務所を置いている。Prayasは社会福祉省のビルの中に部屋をもらって事務所としている。

  • 被害の大きかった3ヵ所のうち、NGOが活動できているのはハット・ベイのみで、キャンプベル・ベイでは限られたNGO(Prayasuもその一つ)が通常とは別の許可をとって活動している。ただし、キャンプベル・ベイは船で片道3日半もかかる遠隔地にあることも、政治的なこと以外に大きな理由となっている模様。

  • キャンプベル・ベイは島全体が平らだったことが、被害を甚大にした模様。いまだに行方不明者が5千人以上ともいわれており、被害の実態は正確につかめていない。もともと先住民族のほとんどがクリスチャンということもあり、その宗派系のNGO、Church of North India が政府以外の組織としては唯一、活動を許されている。キャンプベル・ベイを含め、アンダマン&ニコバル諸島全体に大きな影響力をもつ、先住民族評議員会(Tribal Council=正式名称は調査中)とも太いパイプをもっていることが重要なようで、この団体はそれもクリアしているとのこと。ただし、Prayasが現在、キャンプベル・ベイでの活動許可のとりつけに成功しそうな状況にあるため、今後はもう少し情報が入ってくる可能性はある。


◆リトルアンダマン島の状況

  • 現在も7つあるキャンプへの支援物資は順調に届いており、だぶつき気味なのはポートブレアと同様。しかし、もともと20キロ以上続く長い砂浜沿いにほとんどの住民が集中して住んでいたことから、家屋やその他建物への被害は甚大。津波から2ヵ月半が経ったとは思えないような惨状をいまだに呈している。学校もまだ再開されていない(ポートブレアでは1月末から再開)。

  • 地震の際、大きな波は4回にわたって襲ってきたが、最初の比較的小さな波で皆避難したため、人的被害は少なかった(それでも30人強が死亡)。先住民のオンギの人々が住む小島は訪問が禁じられているため実態は分からないが、死者はほとんどなかった模様。また家屋についても、もともと葉や木ギレを使った簡素なものだったため、すぐに自分たちで再建しているとのこと。

  • 島の人口は1万数千人と言われており、最大派閥はベンガル人(主にココナツ油や観光業等のビジネスに従事)。その他テルグ(漁民が中心)、ニコバリー、オンギ等がいるという構成。千数百人いると言われるニコバリーの集落も訪問禁止だが、Prayas の活動地ということで、訪ねることができた。もともと群生するココヤシを乾燥させたもの(コプラ=ヤシ油の原料)を生活の糧にしていて、比較的豊かな生活をしてきた基盤があり、Church of North India(ニコバリーの帰依する宗団、ここのビショップがトライバル・カウンシルのメンバーに入っているらしい)と政府の支援もよく行き届いていた。自宅の再建も、自分たちの力ですでに開始されている(仮設住宅は生活スタイルが異なるため、拒否している)。

  • NGOは SEEDS、Prayas を含めて10数団体が活動している。しかし移動の不便さと政府との関係、コミュニティへの足がかり等の問題から、例えば WorldVision のような大きな団体でも直接の活動は行わず、Prayas を通じての物資供給に留めるなど、全体的に活動のしづらさが目につく。以前は観光のメッカとして多くあったホテルやロッジなども全滅してしまい、宿泊施設の確保ができないのも一因。


■スマトラ沖地震・インド洋津波
〜アンダマン・ニコバル諸島とスリランカへスタッフを派遣〜
(3月15日 PM19:00)

アンダマン・ニコバル諸島スリランカへ支援先団体のモニタリングと復興支援活動の調査のため下記の日程でスタッフを派遣。調査報告は随時掲載していきます。

  • アンダマン・ニコバル諸島(2005年3月12日〜3月19日)
    白幡ダッカ事務所長とダッカ事務所スタッフの計2名を派遣。

  • スリランカ(2005年3月16日〜3月31日)
    小松カトマンズ事務所長を派遣。

スマトラ沖地震・インド洋津波
〜アンダマン・ニコバル諸島(インド)にて救援・復興活動を行うことを決定〜

(2005年2月1日 20:00発表)

◆アンダマン・ニコバル諸島の被害状況
インド洋のベンガル湾南部に位置し、インドの連邦直轄地域であるアンダマン・ニコバル諸島は、スマトラ沖大地震の震源域に近く、また海抜も低いため、多大な被害を受けました。大小572の島々からなり、そのうち36の島々に人々が居住していますが、わずか2つの島だけでも7000名の死者が報告されています。現在分かっているだけでも、カル・ニコバル島では約6000名が死亡したとみられ、チョワラ島では島民1500人のうち、生き残ったのは500名だけとなっています。それ以外の島々に関しては、ほとんど情報がなく、全体の被害状況はわかっておりません。犠牲者の多くは貧しい漁民の家庭の女性や子どもたちです

現在、いくつかのNGOが救援活動や被害の調査を行っていますが、インド軍基地があることと少数民族保護を理由に、外国人の立ち入りが制限されており、正確な被害の実態はつかめていません。また、今回の津波では、島の全域が被害に遭っていますが、内陸部への交通手段が限られているため、支援の手は向けられていません。


◆インドのNGOと協働
シャプラニールはインドのNGOであるSEEDS(注1)とPRAYAS(注2)への協力を決定。SEEDSは12月28日より現地入りして、地元の行政と協働しながら避難キャンプの運営と被害の実態調査を行っています。キャンプ内ではシェルター、食糧配給、トイレやキッチンなどの衛生設備、テレビやラジオなどが提供されています。PRAYASは、行政の中心地ポートブレアにてチャイルド・ヘルプライン(こども電話相談窓口)と危機管理センターを設置して、ホームレスや身寄りのない子どもたちを対象とした支援活動を行っています。今後は被災した女性や子どもを対象に、シェルターの設置や心のケア、教育分野での活動を計画中です。

  • (注1)SEEDSSustainable Environment and Ecological Development Society
    地域に根ざした防災・環境マネジメントを行うインドのNGO。緊急救援・復興活動や、防災対策を10年以上にわたって行う。
  • (注2)PRAYASPrayas Institute of Juvenile Justice
    1988年に設立されたインドのNGO。路上生活を余儀なくされたり、児童労働に従事させられる子どもの人権を守ることを目的に、デリー、グジャラート、ビハール、ハルヤナ、アッサムの5州で活動。

■インドからの最新レポート6〜インド津波被災地支援対象村選定調査報告書〜
(1月25日 PM17:00 ソムニード・シャプラニールインド津波被災地緊急・復興支援調査団)

調査団は、2005年1月18日から20日にかけて、復興、再建支援にあたって、具体的なカウンターパート、対象村の選定のため、タミル・ナードゥ州の津波被災地を調査した。

<調査地>

調査を行ったのは、インド、ポンディチェリから南へ、カダロール県、ナーガパティナム県の南端までの海岸線全域の被災地で、特に、カダロール県とナーガパッティナム県の狭間にあり、救援が余り入っていないチダンバラム南方が中心であった。

<調査結果>

  • カダロール県とナーガパッティナム県の県境にある "クリヤムバラヤム村(ナーガパッティナム県の北端)"が活動対象村になるのではないかと考えている。クリヤムバラヤム村は、2つの水路と海に囲まれた小島で、津波が同村を襲う以前は、内陸部へ渡る橋が架かっていたが、津波で橋が崩壊し、現在は、船で渡るしか交通手段はない。海岸部から500メートル以内の土地では、家屋、漁船などすべてが流されてしまい、現在では何も残っていない。カダロール県とナーガパッティナム県の県境に位置するため、政府の救援が入りにくい状態である。
  • クリヤムバラヤム村では、地元のNGOで"RUWA"という団体が、活動している。RUWAは、ナーガパッティナム県内のあるネットワークNGO"CAUVERY"のメンバー団体である。同ネットワークNGOは、同県の行政府とも救援・復興支援にあたって頻繁に連絡を取り合っている。
  • 調査チームは、クリヤムバラヤム村以外の被災地もいくつか回ったが、食糧、医療、衣料、仮設住宅などの緊急支援は、1月20日現在でも、概ね十分に行き届いているようだ。現在、ナーガパッティナム県では、47の村が被災地として認定されている。

<タミル・ナードゥ州政府の復興支援方針

タミル・ナードゥ州政府は、1月13日、復興支援方針を発表した。その方針は、NGOをはじめ各種民間団体が津波被災地復興支援をする際には、最低50世帯を対象として、750万ルピー以上(約1千8百万円)を投入しなければならないとされ、この750万ルピーの内訳も、次の3つの要素を含むパッケージであるべきとした。

  1. 住宅 (1戸あたり50,000ルピー):250万ルピー(約6百万円)
  2. インフラ(飲料水、道路建設など)整備:250万ルピー
  3. 漁業や農業の再開に必要な費用:250万ルピー

復興支援事業の実施を希望する民間団体は、事業申請書を各県の県知事を議長とする復興委員会に提出し、県知事から復興支援の許可を得た団体は、県知事と覚書を交わす必要がある。これらの過程を経て、民間団体による復興支援事業が可能になる。

  • タミル・ナードゥ州政府の復興支援方針が発表されて以降、ナーガパッティナム県内で活動する約250のNGOが、県知事事務所に殺到し、申請書が県知事に受理されるために行列を作っているという。前述したネットワークNGO"CAUVERY"も例外ではない。
  • 州政府の復興支援方針が上記のように発表された為、従来のようにNGOが、それぞれ任意の場所で、独自の事業を実施することはできなくなり、また、支援総額が750万ルピーと高額なため、多くの地元小規模NGOは、復興支援事業の直接の実施者からは排除されてしまった形である。
  • インド中央政府は、こうした州政府の意図とは全く別に、今回の津波被災地支援のために、新規のNGOや外国送金規制法(FCRA)の認可を受けていないNGOでも、津波被災地支援のために、外国からの送金を一時的に受けられるように規制を緩和した。ところが、タミル・ナードゥ州政府の政令の要件を満たすことのできない団体は、外国からの送金は受け取ったが、復興支援事業に使用できない、という状態も発生している。
  • このパッケージには、被災地住民の意見は取り入られておらず、被災地の状況に合った復興支援計画の策定などは非常に困難な状態である。
  • 中央政府は、第一次復興支援政策を発表したが(総額 約654億円)、県レベルでは、誰に、いつ、いくらの金額が支給されるのかは、現在のところ不明確である。漁師たちは、支給金の金額や時期が明確になるまでは、漁船の修理や新たな漁船の購入に踏み切れずにいる。この状態が長引けば、確実に、実際に漁が再開できるまでに、3,4ヶ月は経過してしまうだろう。
  • ナーガパッティナム県内では、400の漁船の修理が必要と発表されており、漁船1隻あたりにかかる費用が10万ルピーだと言われている。(エンジン付漁船)
  • 州政府は、50世帯につき750万ルピーパッケージを発表したが、このうち、もしNGOが関与する場合は、半額の375万ルピー(約900万円)をNGOが負担し、残りの金額を政府が負担する、としている。NGOが関与しない村に関しては、政府が100%出資した形でパッケージを実施する。
  • 津波被災者のための心理カウンセリングが必要だとよく報道されるが、調査団は、心理カウンセリングよりも、投資カウンセリングの必要性を確認した。今まで日常的に100ルピーから300ルピー程度の小額のお金しか扱ったことのない日雇い漁師(自分の船を所有しない)や、カテマランのような設備しかもたない零細漁師にとって、支援金として普段の100倍以上の資金が一度に手渡されたら、その運用に困難をきたすことが予想される。また、稼ぎ手を失い、未亡人が資金を運用しなければならない場合、今までまとまった金を全く扱ったことのない彼女たちにとって、その困難さは大変なものになる。
  • 今後1ヶ月間は、緊急支援物資の供給も継続するだろうが、2ヵ月後、3ヵ月後までは緊急支援物資の供給の見込みは不明である。
  • 支援方策としては、タミル・ナードゥ州政府のパッケージ方針がある以上、県知事の承認を得たNGOを通じてしか活動はできない。
  • 支援は、第一時段階として、クリヤムバラヤム村の6つの自助グループに直接働きかける方法、そしてネットワークNGO"CAUVERY"のスタッフを対象にした、資源&資金運用能力向上、参加型開発、自助グループの運営能力向上、災害管理などの研修を実施することも可能である。ネットワークNGO"CAUVERY"は、約600の自助グループを組織している。
  • 地元NGOは、漁師コミュニティと活動をしたことがなく、わずかに自助グループの設立に携わったのみである。地元NGOが漁師コミュニティの実情をきちんと把握できるようにするための研修も有効だと思われる。
  • 合同調査団としては、1月30日、31日にかけて再度現地を訪れる予定。



■インドからの最新レポート5〜村別被災地視察報告4〜
(1月22日 PM17:00 ソムニード・シャプラニールインド津波被災地緊急・復興支援調査団)

第4回 
次の3か村(ナンチャリンガムパッティ村、タッマナンペッタイ村、カラインナール・ナガール村 ※すべてカダロール県)は、死傷者は数名、もしくはゼロだが、死者数の多い村同様に、家屋の崩壊、漁船や網などの被害が甚大な村あった。調査団が視察に訪れた限りでは、これらの村へは、散発的な緊急支援物資の投入はあるものの、死者数の多い村と比較すれば、格段に支援の「量」は少ないようであった。

ナンチャリンガムパッティ村(カダロール県)

  • 海岸線での被害状況調査。カジュアリーナ防砂林が被害を軽減した村。
  • 死者数はゼロ。海岸線から集落の中心部までは、約200メートル。集落の目抜き通りは、直接、海に通じていた。直接海に面している部分は、この目抜き通りと、いくつかの水路(塩の満ち引きで海水がいったりきたりする)であるが、津波による被害は、この目抜き通りと水路沿い生じた。同村内の海に直接面していない大部分の場所には、民間のカジュアリーナ砂防林があり、津波の被害を軽減したものと思われる。
  • しかし、漁師の多くが、砂浜に漁船や網を置いていたため、彼らの所有する漁船や網は、津波により大きな被害を受けた。
  • 12月26日の早朝に、砂浜に出ていた漁師が、津波にいち早く気づき、目抜き通り沿いを走りながら、危険を伝えたため、多くの村人はより内陸部へ避難することができた。
  • 視察中に、死者を多く出した隣の村から、死者を弔うための爆竹音が絶えず響き渡っていた。
  • 警官1名が、海岸部をパトロール、また村の中には救援物資を支給するためのテントが張られていた。(視察中には一台も救援物資の輸送はなく、支給された物資も確認できなかった。)
  • 村には、同州下水道局がユニセフの支援で、給水タンクが2台設置されていた。

タッマナンペッタイ村(カダロール県)

  • ココナッツ林が被害を軽減した海岸部の村。
  • 死者数はゼロ。海辺から約3メートルのところに住んでいた漁師(キルティワルマン氏)にインタビュー。彼は、妻、子ども2人の4人家族。津波のあった12月26日は、たまたま妻と子ども2人が、カダロール市内の親戚の家を訪れていたため、彼等は無事であった。しかし、キルティワルマン氏自身は、寝ているところを津波に襲われ、家の壁が崩れ、肩を骨折した。彼のカテマラン(筏のような漁船)が海に流され、また35,000ルピー(約85,000円)相当の網が破損、そして家も半壊してしまった。
  • 350世帯の同村では、収税局の調査で、州政府に認定された被災者は135世帯とされた。135世帯には、1世帯あたり4,000ルピー(約9,500円)の見舞金が支給されたが、同村の漁師組合によって、総額540,000ルピーが、全世帯に平等に分配されることになった。(1世帯あたり、1,500ルピーが支給された。)
  • また被災者に認定された135世帯分の飲料水を供給するための給水タンクが同州下水道局(ユニセフ支援)によって設置されたが、飲料水の不足が慢性的な同村では、被害者に認定されていない村人にも飲料水は必要であり、飲料水の絶対量が不足している。

カラインナール・ナガール村(カダロール県チタンバラム郡)

  • 少数民族イルラーの部落の被害状況把握。
  • 死者数はゼロ。海岸線からは、約3キロ離れており、津波による家屋の崩壊などの被害はゼロであった。しかし、海岸部に、村人の多くがカテマラン(筏のような漁船)や網を置いていたため、海に流されたり、破損したり、と被害は大きかった。
  • もともと彼等イルラー族は山岳地帯に住んでいたが、数十年前に職を求めて村を出て、しばらくは、蛇の皮を売って現金収入を得ていた。しかし、約8年前政府の政策で蛇を殺すことが禁止され、職を失ったことで、農作業(野菜や米などの収穫・草抜き、ネズミの駆除など)の賃労働をすることになった。その他、海岸部の住む漁師からも漁を手伝うなどして労賃をもらっていた。
  • 漁師のもとで働くにつれ、漁を覚え、カタマランや網を買い、自らも漁に出かけるようになった。しかし、カテマランや網の購入や日々の生活費などは、海岸部の漁師からの借金で賄われ、獲れた魚も海岸部の漁師の言い値で買い叩かれるなど、完全に漁師に従属した暮らしであった。今回、この漁師たちが津波の被害にあい、イルラー族の人々は、彼等に魚を売ることも(どんな値段でも)、彼等から借金をすることも、賃労働を得ることもできなくなり、全く生活の糧を失った。イルラー族の人々は、津波のあとすぐ、漁師村に呼びつけられ、瓦礫の除去や死体発見の作業をやらされたという。
  • 同村に緊急支援物資の供給所はないが、各地からの支援物資は散発的に届いているようだった。津波による被害も大きく、また普段から脆弱な立場におかれているイルラー族の人々にも、古着は不要のものであったらしく、村には支援物資として届いた衣料品が山のように積まれて放置されていた。
  • 村には、同州下水道局(ユニセフの支援)による給水タンクが2台設置されていたが、村人は定期的に飲料水の補給がされるのかどうかは知らなかった。


■インドからの最新レポート5〜村別被災地視察報告3〜
(1月22日 PM17:00 ソムニード・シャプラニールインド津波被災地緊急・復興支援調査団)

シャプラニール・ソムニード合同被災地視察調査団は、同県の地元ネットワークNGOの協力を得て、1月7日から8日にかけて、カダロール県およびナーガパトナム県の海岸部の漁を主な生業としている6か村を訪れた。この報告は第3回目の報告である(全4回 インド被災地の写真はこちら 動画はこちら)。

第3回 K.ムーラカライ村(ナーガパトナム県シルカリ郡)

  • 視察団が同村を訪れた1月8日現在も12名が行方不明。避難途中で灌木に衣服が引っかかり、逃げ遅れて落命した人、特に女性の死者が多く出た村。
  • 約120名の死者を出した。広大な範囲が海岸線に面しており、約90の家屋が津波によって流され、浜辺からほぼ1キロの幅で家屋も木も何も残っていない状態であった。特に海岸部のとげの多い潅木の間にあった約20世帯はすべて津波によって流されてしまい、家の土台部分のレンガが残っているのみである。
  • とげの多い潅木の枝には、サリーの布、子どものシャツの切れ端、女性の長い髪の毛が絡まり、津波から逃げようともがいていた多くの被災者の悲鳴が聞こえてくるようであった。また津波でココナツ木にぶつかった漁船が真っ二つに割れている光景もいくつか見られた。
  • そこに死者が横たわっていただろうと思われる場所を丸く囲むように、あちこちに、白い消毒粉が撒かれていた。津波から12日を経た1月8日にも、ブルドーザーが瓦礫の除去を行っており、約12名の行方不明者の捜索も行われていた。視察団が訪れた当日の朝も、とげの多い潅木の根元から4歳の女の子の死体が発見されたという。
  • 生存者によると、26日、同村を襲った津波は3度におよび、3度目の津波が一番大きかったという。多くの人が最後に村を襲った津波よって海に飲まれていってしまった、という。
  • 公立の小学校が、避難所になり、多くのNGOや政府組織によって救援物資の支給が行われていた。また政府やNGOから配給カードが被災者に配られ、支援物資が重複しないような配慮がなされていた。
  • 同州の財団によって派遣されてきたマドラス大学の学生が、被害調査を行っていたが、白紙のノートに書き込むだけで、調査票のようなものはなかった。この財団は後日、同村の約500世帯を対象に、7,200万円相当の支援を行うことを発表した。

■インドからの最新レポート5〜村別被災地視察報告2〜
(1月20日 PM12:00 ソムニード・シャプラニールインド津波被災地緊急・復興支援調査団)

シャプラニール・ソムニード合同被災地視察調査団は、同県の地元ネットワークNGOの協力を得て、1月7日から8日にかけて、カダロール県およびナーガパトナム県の海岸部の漁を主な生業としている6か村を訪れた。この報告は第2回目の報告である(全4回 インド被災地の写真はこちら 動画はこちら)。

第2回 ムズクッテライ村(MGRティットゥ村)(カダロール県チダンバラム郡)

  • ムズクッテライ村は、バックウォーター(海水と真水が交じり合う自然にできた水路)に面しており、このバックウォーターの対岸に、MGRティットゥ村がある。ベンガル湾とバックウォーターに挟まれた島のようなMGRティットゥ村は、幅500メートルほどである。同村は、100世帯の村から成るが、津波による約95名の死者が出た。ムズクッテライ村でも約40名の死者を出した。海岸線およびバックウォーター沿いに、植林はゼロ。
  • ムズクッテライ村で、MGRティットゥ村に渡る船を待っていたMGRティットゥ村の女性にインタビューすることができた。女性たちは、津波が村を襲って以来、ムズクッテライ村の先にある避難所で夜を過ごし、昼間はMGRティットゥ村に戻り、瓦礫の除去などを行っている。彼女たちによると、海から少し離れていた数軒の家を除いてすべての家が津波によって流されてしまったという。
  • MGRティットゥ村は、全世帯が漁を生業としており、家屋の崩壊、カタマラン、網の損害などで、3ヶ月から4ヶ月間は全く収入を得る手段がない、とインタビューをした女性たちは語っていた。3ヶ月から4ヶ月間の根拠は、特にないが、それくらいの期間があれば、誰かがカテマラン、網の支援をしてくれるだろう、とのこと。
  • 彼等の漁には2つのパターンがあり、早朝海に出て、正午に戻ってくるパターンと、夕方から朝の8時くらいまで漁にでるパターンである。津波が襲った日は、前者のパターンで、海に出ていた漁師の何人かは助かったが、村にいた人々の被害は甚大であった。
  • ムズクッテライ村には、 Action Aid、CARE International、AGSS、スワミナタン財団をはじめ、政府機関からの支援物資(食料、衣料、医薬品、鍋やゴザなどの生活用品)が次々と支給されている。


■インドからの最新レポート5〜村別被災地視察報告1〜
(1月15日 PM19:00 ソムニード・シャプラニールインド津波被災地緊急・復興支援調査団)

インド洋津波(インド被災地の様子)シャプラニール・ソムニード合同被災地視察調査団は、同県の地元ネットワークNGOの協力を得て、1月7日から8日にかけて、カダロール県およびナーガパトナム県の海岸部の漁を主な生業としている6か村を訪れた。この報告は第1回目の報告である(全4回 写真はこちら 動画はこちら)。

このうち3か村(プドゥクッパン村、ムズクッテライ村、K.ムーラカライ村)は、津波よる死者数が多く、被害が甚大な村であった。これらの村は、州政府、国際NGO、地元NGO、各州のボランティア団体などの援助が集中的に注ぎ込まれている村でもある。
※K.ムーラカライ村(ナーガパトナム県)を除いて、すべてカダロール県。

第1回 プドゥクッパン村 (カダロール県)

  • インド洋津波(インド被災地の様子) 死者数200名以上。カダロールでも、最も死者数の多かった村。植林ゼロ。
  • 海岸線2,3キロに面していた村が、まるで原爆でも落ちたかのように跡形もなく消えていた。
  • 海岸線にはカジュアリーナ砂防林もココナッツ林もなかった。調査団が訪れた際には、インド政府による瓦礫の除去が終わっていたため、家の土台と木の根の部分がわずかに残り、そこにかつては村が存在していたであろうことを示していた。
  • 海岸線から内陸部へ2キロほど入ったところの家屋は、半壊の状態で残っており、生存者が、次から次へ訪れる緊急支援チームからの物資を受け取っていた。視察団が訪れた際には、OXFAM、同州ニルギリ県の住民からの米の配給、チェンナイの民間企業からの生活用品と現金の支給が行われていた。
  • 道路沿いの学校には、避難所が設立され、そこでは常時、緊急支援物資を村人に支給する体制が取られていた。
  • 地方行政組織(パンチャヤート)から、住民の名簿が公開され、その名簿に基づいて支援物資の供給が実施されていた。

■インドからの最新レポート4
(1月11日 PM20:00 ソムニード・シャプラニールインド津波被災地緊急・復興支援調査団)

2005年1月7日から9日にかけて、タミル・ナドゥ州の津波被災地を調査し、効果的な復興、再建支援の方策を探った。

<調査団員>
和田信明(ソムニード代表)、原康子(ソムニード)、R. Jayachandran(ソムニード)、Samuel Jespatam(ソムニード)白幡利雄(シャプラニールダッカ事務所長)

<調査地

浜辺にあった家が、土台をかろうじて残し、後は完全に津波にさらわれた光景今回調査を行ったのは、インド、タミル・ナドゥ州カダロール県である。カダロール県を選んだ理由は、被害の大きさに比べて脚光を浴びることの少なく、援助の手が十分届かない恐れのある地域であるということにある。また、地元のNGOのネットワークによる緊急援助の受け入れ態勢が比較的良好であることも、その理由である。

<今回調査の目的>
今回の調査目的は、インドの津波災害の被災地において、シャプラニールとソムニードがそのもてる経験とノウハウを最も生かせる効果的支援方法を見出すためと、緊急援助の現状を判断するためにある。

両団体のノウハウを活かすには、巨額の費用と膨大な設備を必要とする災害初動期の緊急支援よりも、緊急支援の第一段階が終わった後の、復興、再建を住民の希望と現状に沿った形で支援することにあると思われる。実際に、今回の津波災害についても、初動期が終わろうとしている現在、被災民に対する緊急支援は、概ね行き届いていると、調査団は現場での状況から判断した。被災したどの村にも仮設テントの配給所が設けられ、治安を確保するための警察官2人以上が配置され、政府からの食料、調理器具などの支援物資に加え、外国のNGOによる類似の支援、また、インド各地からのボランティアによる支援など、まずは十分と言える。また、国道沿いの、アクセスのよい場所のみならず、主要道路からはずれた場所にも、我々が訪れた範囲では、全てそれなりの援助が入っていた。

ただし、現行の緊急支援が終わった後、どのように復興に取り組んでいくかは、全体的にまだ不透明である。その中で、復興支援の方策を、現場の実態に沿い、かつ両団体の特長を生かした形で定めることは、現場で復興に取り組む他の機関にとっても極めて貢献度が大きいと考えられる。

<調査結果>

  • カダロール県の海岸部49ヵ村が被害を受け、そのうち17ヵ村が甚大な被害を受けている。全て漁村である。
  • 直接被害を受けた被災地の周辺に避難所が設けられ、被災者が村毎、あるいは数ヵ村単位で避難している。避難所には、食料、衣料、医薬品などほぼ十分と言える量が届いている。
  • 避難所以外、被災した村々へも緊急援助物資は届いている。幹線道路からかなりの距離を入った村々へも、くまなく援助物資は届いている。
  • 援助物資は、インド政府、国際機関、国際NGO、インド各地からのボランティアによるものが届いている。地元のNGOが、物資が被災者に届くことをコーディネートしている。
  • 避難所内に、簡易クリニックが設けられているところもある。また、避難所の子どもたちを対象とした遊戯、ゲームなどのケアも行われている所もある。
  • 避難民たちには配給用のカードが配られ、二重、三重の配給がないように配慮も行われている。
  • 衣料品などは、トラックから放出された衣料品が使用されないまま放置されている場面をよく見かけた。
  • 水タンクへの定期的な供給などは、確認することが出来なかったが、タンク車による住民への直接の給水場面は、しばしば見かけた。住民は、ポリ容器を持参し、列を作って給水を待っている。
  • 地元のボランティア団体(女性自助グループなど)の協力を得た住民調査が始まっている。
  • 仮設住宅建設への住民の希望の聴き取り調査も、一時始まっている。
  • 住民の再建への希望の聴き取りも、平行して始まっている。
  • 政府の再建計画と住民の希望とのコーディネーションは、調査した限りではなかった。
  • 全体的に、緊急物資の配給計画、復興、再建へのさまざまな政府からの支援策など、住民への情報の伝達は十分とは言えない。
  • 上記のような住民の聞き取り調査を行っているのは、民間の団体、大学からのボランティアなどである。
  • 被害状況に関して、海岸にカジュアリーナ林が植林してある場所は、人的被害が少なく、また建物に対する被害も比較的少ないようである。この点に関しては、データマップを作成する必要性があると思われる。逆に、灌木が無秩序に生えていた場所などは、女性のサリーが枝やとげに引っかかり、逃げられなくなったとの証言を得た。
  • 被災地への救援が、被災地の死者数に比例しており、死者が少ない、あるいは死者が皆無でも、経済的打撃の大きいところでは、復旧の方策の立て方が薄くなっている。

今回の津波の救援の重点は死者の多い地域に集中しているが、死者数がそのまま復興の困難さを現しているのではない。死者数、負傷者数に関わらず、漁船、家屋、漁網への損害があれば、それはそのまま現在生活の糧を失っている状態を意味し、生活の立て直しを極めて困難な状態にしている。そのような人々に対する復興支援が、軽視されてはならない。

付属的な問題として、漁村から魚を仕入れて商いをしていた小規模商人、あるいは、漁村で仲買をしていた人々は、漁師が休業状態にあることによって、これも完全に生活の糧を失っている。

さらに、復興支援で問題なのは、大手NGOなどが仮設住宅建設に対する資金投入を行おうとしているが、被災民は必ずしも仮設住宅を必要とはしておらず、それよりも、その資金を、漁船の修理、漁網の購入などの資金としてローンを組んでもらった方がよいという希望がある。この様な、復興期の復興施策の行き違いの是正は、地元NGOのコーディネーション能力に大きく関わっている。

また、中央政府、州政府、地方政府への情報伝達、そして県レベルでの情報の共有に関して、さらには、政府からNGOなどの民間機関との情報共有、被災者との情報共有など、従来でも円滑に行われていなかったことが、この様な状況ではさらに決定的な重大さを持つ。この点でも、地元NGOのコーディネーション能力は大きな意味を持つが、そのようなマクロとミクロを包括的に結びつけるキャパシティーが地元NGOにあるとは思えない。


■インドからの最新レポート3
(1月1日 PM18:00 ソムニード スタッフ)

この報告は、12月30日、災害救援調査のため、ソムニードのスタッフが、タミル・ナードゥ州カダロール地区を視察した報告である。

タミル・ナードゥ州政府災害管理・対策局の統計によると、12月31日現在、同州896か村で被害が発生。67万人に被害が及び、71,701家屋が倒壊および破損、6,187名が死亡、負傷者は2,862名と発表された。

12月30日、ポンディチェリからカダロールへ向かう途中の道路は、再度津波が襲うという警報に慌てて避難する人々であふれていた。同日、政府が発表した津波警報を受けて、多くの学校が休校になり、警察をはじめ市役所の職員などが総出となり、避難する人々の交通整理などにあたっていた。

カダロール地区には22の公設避難所があり、被災者がそこで仮住まいしている。我々が訪れた避難所の1つは、市街地から2キロほど離れたところにあるシンガラトペ(Singarathope)という場所にあった。

避難所に収容された300名のうち、ほとんどが女性であった。避難所の人々への食料供与は実施されていたが、寝具(ベットシーツ)などの供給はないようだった。見たところ、所持品を持っている人はほとんどなく、身一つで避難してきたという人ばかりであった。

カダロール市街から10キロ離れたところにあるチヌール(Chinnur)や同市街から15キロ離れたプドゥペッタイ(C.Pudupettai)でも、死者や建物への損害が報告されていた。ここでは、倒壊した建物の除去作業が進行中であり、公衆衛生の改善が当面の課題であった。

我々は、この近辺で多くの漁船があちこちにひっくり返っている様子また、藪の中に突っ込んでいる様子などを目撃した。海岸近くの家々は、たとえそれがセメント製やレンガ製の建物でさえ、わずかに土台が残るのみで多くの家が粉々に破壊されていた。

州政府が新たな津波警報を受けて、人々を非難させようと躍起になっている同じ場所で、バンガロールからやってきた救助隊が食料を配り続けていた。周囲は、強烈な死臭が漂っていた。

我々がインタビューした若者の多くが、不平をもらしていた。「多くの救援物資が山のように届くが、本当に救援を必要とする人々のもとへは届かない。なぜなら海岸部から遠く離れたところに住む、津波の被害に合わなかった人々が次々と救援物資を取っていってしまうからだ。」避難所にいる人々は海岸から1キロ以上離れたところに暮らしている人々が多い。

被害を最大に受けた海岸から500メートル以内に暮らしていた漁師の人々は、海岸遠く(15キロ以上)離れたところへ逃げていってしまったか、津波にさらわれてしまった模様である。海岸から500メートル以内に暮らしていた漁師の人々が、村に帰ってくるまでは、津波の被害を最も受けたであろう彼らの救援や復興作業はできないのが実情である。



■インドからの最新レポート2
(12月31日 PM16:00 ソムニード代表理事 和田信明)

昨日、チェンナイから日帰りでカダロールまで赴いたソムニードのスタッフが、AICOP他、現地NGOのネットワークと接触してきました。また避難所を視察してきました。いわゆる初動の手当については、食料、衣服など十分物資が届いているようです。但し、最大の問題は、避難民の村がどこかわからず、コミュニティー単位でリハビリの手当をしようにも、今のところ手の打ちようがありません。

昨日、ちょうどスタッフがカダロールで調査をしている最中、インド内務省から津波警報が発令されました。そのため、一時は、海岸線から避難を急ぐ住民でパニック状態だったそうです。

この津波警報はカダロールのみでなく、タミル・ナードゥ州、アンドラプラデッシュ州全域の沿岸部で発令され、各地で混乱が生じました。結局、津波は起こらず、津波警報は、その日の夜には解除されました。

この津波警報ですが、後から内務省が「それは警報ではなくて、注意だった」とか警報を発令するに至った根拠を発表しない、など省内また関係各省間での意見の食い違いが報道されました。

つい数日前の津波の精神的ショックから全く立ち直っていない人々にとっては、非常につらい津波警報でした。カダロールをはじめ、タミル・ナードゥ州やアンドラ州の多くの沿岸部の村は、一時、本当にゴーストタウンになり、人っ子一人歩いていない状態になりました。

余談ですが、地震のことを知っている人はいても、体験した人などほとんどなく、ましてや日本では当然警戒されるべき、地震後の「津波」の存在すら、今回の被害をうけた多くの地域では全く知られていないということでした。


■インドからの最新レポート1
(12月31日 PM15:00 オリッサ州のNGOネットワークの事務局長 Wiiliam Stanley氏)

ソムニードが活動の協力をしているオリッサ州のNGOネットワークの事務局長のWiiliam Stanley氏のレポートです。Wiiliam Stanley氏はナガパッティナム、カライカル、カダロール、ポンディチェリ、マハバリプラムからチェンナイにいたり(以上タミル・ナドゥ州)、アーンドラ・プラデシュ州のネロール地区に入り、グドゥール、ワッカドゥ沿岸の地域を視察しました。

<視察結果>

  • カーニャクマリ、ナガパッティナム、カライカル、カダロールの何百という村が津波で流されている。村の跡形もない。全てが失われている。
  • 何千もの死者が報告されている。死体は、遺棄されている。
  • 飲料水が不足している。
  • 遺棄された死体の死臭がひどい。疫病の発生が懸念される。
  • 身内を亡くした人の嘆きようは、慰めようもない。多くの女性、子どもが亡くなった。
  • 漁民は、船、網を無くし、また、家もなくしている。
  • 政府、地元NGO、州政府、国際機関、政治家、大学、個人ボランティアが協力し合って、食べ物、衣服、水を供給し、死体を始末し、残骸を片づけている。

<今、必要なもの、これから必要になると思われるもの>

  • 身内を亡くした人たちへのカウンセリング
  • 医療:予防も含めて
  • 飲料水
  • 衛生
  • 衣服、寝具
  • 少なくとも2ヶ月間の食料援助
  • 調理器具、コンロ
  • ソーラーなどの照明器具
  • 仮設住居
  • 漁船、網、輸送用の船
  • 自信の回復
  • 村をより高いところに移住させる
  • 土地使用権利書、銀行通帳、米穀通帳の再発行
  • 子どものための教科書、文房具
  • 補償をちゃんと受けられるように法的な支援
  • 村で災害に備えるための村人の啓蒙、キャパシティービルディング

途上国でこの様な災害時に常に最大の被害を受けるのは、いわゆる貧困層の人々です。上記の項目の幾つかは、日本のような先進国での被災地には必要のないものも入っていますが、被害に遭った漁村の漁師の大部分は、年収が4万ルピー(10万円以下)なので、この様な災害に遭うと元の生活に戻るには大変です。

インド洋津波〜インドでの救援活動
南インドで活動する日本のNGOで当会の友好団体でもあるソムニードへの協力を決定。ソムニードは被害が最も甚大だった南部タミル・ナドゥ州での救援活動を行っています。今後はチェンナイ(旧マドラス)、カッダロールなどの地元NGOと共同で政府関係などの緊急支援で不十分な部分、特に子どものケア、栄養補給などを中心に活動を薦めていく予定です。

   
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