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その他いろいろ

2010年01月01日

あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。

ここ、バングラデシュの新年は4月のため、年末年始という雰囲気はありませんが、今年は1月1日が金曜日にあたったため、気分的に年末年始気分を味わっています(単なる週末ですけど)。今朝は、お餅を焼いてお雑煮風にして食べました。実家にも「おめでとう」と電話をしました。が、やっぱりお正月って感じはしませんね(苦笑)。

2009年を振り返ってみると、2008年末に選挙があり、2年続いた暫定政権が終了。新たな政権のもと、2009年は新たな動きがでてくるだろうとみな期待を持って迎えました。ところが、2月末にはBDRの事件があり、急遽スタディツアー受入が2つ中止になりました。その後は、平穏な状態が続いています。その他新政権になって新たな試みも導入されました。今日からやっと元に戻ったDayLight Saving Time(サマータイムのようなもの)をはじめ、交通ルールを守らないと罰金、などなど。

私自身の2009年は、出張者やツアーなどの来客が続き外出が多く、1カ月の半分くらいは自分の家で食事をしていなかったような印象があります。その他出張以外にも、休日にはバングラデシュの観光地、シュンドルボン(世界最大のマングローブの森)、コックスバザール(世界一長い海岸線)にも行き、バングラデシュのいろいろな地域を訪問しました。バングラデシュの観光業はまだまだこれからですが、美しい自然がたくさんあり観光地として人気がでてもいいと思いますよ。受け入れる体制がまだまだ整っていませんが、それはそれで「そのまま」を見てもらうことがいいのかなとも思ったり。

2010年、今年もいろいろな所に行って、いろいろな人に会いたいと思います。

2010年がみなさんにとってハッピーな年になりますように。

2009年04月14日

ベンガル新年1416

本日4月14日は、ベンガル暦の新年です。
この日はみんな赤と白の服を来て、新年を祝います。

13日の夜(大晦日)、私が借りているフラットの屋上でパーティが開かれました。
このフラットは建てられてから4年くらいたっているのですが、このようなパーティははじめてとのこと。
私の隣の部屋に住む家族がこのパーティを企画し、フラットに住む全員を招待してくれました。

きれいなサリーを着た女性たちが集まってきて、おしゃべりに花が咲いています。
子どもたちもみんな新しい赤白の服でおしゃれをしてきています。
お手伝いさんとして働いている子たちも、新しい服をもらいアクセサリーをつけるなど、きれいに着飾っていました。

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(こんなちびっ子たちもみんな赤白の服です)

予定の7時から大幅に遅れた、9時過ぎ、やっとパーティがはじまりました。
まず、この企画をしてくださった方から挨拶がありました。
「このフラットには、21家族が暮らしています。みんないろいろな地域から来た人たちです。そして外国から来ている人も一人います(私のこと)。しかし今、ダッカに来て、このフラットに一緒に暮らしている私たちは、一つの家族です。ぜひみなさんで交流を深め、新年のお祝いをしましょう。」

ダッカは村と違って、隣に住む人との交流も減っている印象があったのですが、このように交流があり、外国人である私がパーティに参加したことを心から歓迎してくれる人たち。
このフラットに暮らし、その中の一人となれていることが、とても嬉しく感じました。

その後、数人が挨拶をしたのですが、急きょ私もスピーチをするように言われ、素直に今感じていることを話しました。

このパーティの司会・進行はこのフラットに住む子どもたちです。数日前から、歌の練習やゲーム、その商品などを買ったりと準備をしたそうです。
このフラットはいわゆる都会の中流階級の人たちで、隣どうしの交流はほとんどないのかと思っていましたが、子ども同士、母親同士は予想以上に交流があるようでした。

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(右の写真、ゲームで目隠しをされているのが、このパーティ企画者)


このフラットに住んで1年4カ月、大家さん以外のフラット住民とはエレベーターで会うと挨拶をする程度なので、初めてゆっくり話をすることができ私自身とても嬉しい時間でした。

「あなたはいつもいないけれど、どんな仕事をしているの?」
「なぜ一人で住んでいるの?うちに遊びに来なさい」
「バングラデシュはどう?どんなところが好き?」
「ベンガル語はどうやって覚えたの?」
といつもの質問攻撃ではありましたが、
私が平日は仕事でいないことや、出張でダッカにいないことも多いなど、私のことを知っている人が多くことに驚きました。そのあたりの「筒抜け」加減は、都会も村も同じですね。

最後に食事をいただき(11時すぎ)、食事が済むとバラバラと解散です。部屋に戻ると12時、つまり新年になっていました。
あけましておめでとうございます!Shuvo Nobo Borsho!

2009年04月04日

結婚披露パーティ

先日、初めて結婚式(披露パーティ)に行ってきました。

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会場は最近できたばかりのコンベンションセンター。
今日のパーティは招待状によると19:30スタート。しかし人が集まるのも、新郎新婦が会場に来るのも、1~2時間後だろう、ということなので、私たちが会場に行ったのも20:30ごろ。
開場時間から1時間経っていてもほとんど人は来ていませんでした。
もちろん新郎新婦も来ていません。


21:00すぎ、何の音楽もアナウンスもなく、新婦登場!
美しいぃぃぃ!
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みんな次々に新婦の近くに行って、挨拶をして隣に座り写真を撮っていました。
強烈な照明に照らされて新婦も大変ですね。おまけに新郎は来ていないから壇上には一人ですし。

21:30ごろだったか、やっと料理が出始めました。
食べていると、やっと新郎登場。
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以前聞いていたバングラデシュの結婚式のイメージ、
「新婦は下を向いて、新郎と目を合わせない」
ということはなく、普通にリラックスして笑顔で話をしていました。
こんな感じが「いまどきの都会の結婚スタイル」なのかもしれません。


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その間も会場には音楽が流れているだけで、新郎新婦の紹介やお祝いのスピーチなどがあるわけでもなく、会場正面に新郎新婦が座っていて、会場に来た人たちは食事をして、食事が終わるとバラバラと帰っていく、という感じ。日本の披露宴のイメージからすると、なにか物足りない感じがします。

もうひとつ日本の披露宴と違うのは、出欠の連絡を事前にしないうえに、受付もないこと。
(入口にプレゼント受付コーナーが設置されていて、そこで名前確認をしていたのでそれが受付になっているのかもしれませんが)。
当日何人来るのかわからないのにどうやって料理を用意するのだろう、なんてことを心配していまいますが、いずれにせよ、たくさんの人がきて祝福する、ということが大切なのでしょう。

結婚おめでとう!!!お幸せに!!!

2009年03月28日

や、やられたぁ!!!

前回ブログで書いたように、いままで携帯電話そのものをモデムとして利用していたのですが、新しいモデムもゲットしたし、重く大きな携帯電話は売ってしまって、手軽な安い携帯電話に替えようと思っていました。
今まで使っていた携帯電話は、私には不要な機能がいろいろついていて、見るからに高そうで、使い勝手が悪かったのです。先週、それを買ってくれる相手も決まったので、今日は早速新しい携帯電話を購入しに出かけました。
たくさんの機種の中から、軽くてフラッシュライト付、ラジオ付、の手軽なものを購入することができました。これで来週今までの携帯電話を売ってしまえば、完璧!と満足して、たまにはダッカ市内にある高級ホテルのラウンジでお茶でもしようと、気分よく過ごしていました。


悲劇はこのあとに。。。

夕方になり、そろそろ帰ろうかとホテルを出ました。CNG(ベビータクシー)を止めようとホテルの外にでました。すると、おせっかいな若者が私のかわりにCNGを止めてくれました。
なんか、へんなヤツ、無視しておいたほうがよさそうだ、
とそのCNGではなく、他のCNGを止めてドライバーに値段を聞いていると、突然、路上で花を売っていた8歳くらいの男の子が私にぶつかってきました。

なに?なんだ?!
と思ったその瞬間!!!
その男の子の後ろにいた男が走っていったのです。先ほどCNGを止めた男です!

や、やられた!すぐにバッグを確認すると、携帯電話がない!!!

と気づいたときにはすでに遅し。渋滞の車にまぎれてその男の姿は見えなくなってしまいました。
花を売っていた男の子は、
「あの人があなたの携帯電話を盗んだよ!ぼくの首をつかんで、ぼくを盾にしたんだ。あっちに行ったよ、追いかけよう」
と男の子は私についてくるように言うのです。
私にも明らかに、あの男がこの子を盾にしたのはわかったので、その子と一緒に道をわたり、男が逃げていった方向に、とにかく行ってみることに。
道の向こう側にいたおじさんたちが、何事だ?どうした?携帯電話とられたのか?と大騒ぎ。中には、その男の子にお前がとったのか、と言い出す人もいて、私は「男がこの子を盾にして、私のバッグから盗んだんです、この子が盗んだんじゃないですよ。この子が言っていることはうそじゃないですよ」と説明しながら、歩いていました。そう言わないとこの子が悪者にされてしまいそうでした。
その中にいたビジネスマンらしきおじさんは、どんなヤツだったか、どっちに行った?とその男の子に聞き、一緒に犯人探しをしてくれました。そのおじさんと男の子と私の3人組で、今走って逃げて行ったヤツはいなかったか、と周りの人に聞きつつ、しばらく歩き回りました。

「この人ごみの中で盗んだ男を探し出すのは、無理。顔もちゃんと覚えていないし、無理だよ」と言うと、男の子は「ぼくは顔覚えているよ、ちゃんと探そう」とあきらめかけている私を励ましてくれる。

歩き回っていると、まわりの人たちが、この人携帯電話盗まれたんだって、と勝手に口々に説明している。どんな携帯だ?どうやってとられたんだ?どこでとられたんだ?と質問攻めに。
人だかりができそうな雰囲気になってきたので、私は、とにかくここにいるのはやめようと思い
「もう、いいよ。探してもみつからないよ、あの男はどこか逃げて消えちゃったよ」と言って、その男の子にお礼を言って、その場から離れることにしました。

とは言いつつ、怒りがおさまらない。
CNGを止めて乗ろうとすると、周りの人たちが、このドライバーにも「この人今携帯電話とられちゃったんだよ」って説明している。私もこの怒りを、ドライバーにぶつけ、とられた状況を説明していました。そんな私に、ドライバーは冷静に「高級ホテルの周りで、そういうことは何度も見ているよ。ダッカはそういうところだよ、気をつけなきゃだめだよ」と諭されてしまった。

そうだよね、私が油断したんだ。ホテルから出てきたときに、時計を見たくて携帯電話(古い高価なほう)をバッグから出した。そのときにあの男が狙いをさだめて近づいてきたのでしょう。
私が甘かった。私の携帯電話は、狙われて当然だった。ダッカ市内を歩くときは気をつけようと思っていたのに、油断していた。そんな油断をした自分が情けなく、悔しい。

少し冷静になって、状況を考えてみる。
幸い、とられたのは今まで使っていた携帯電話だけ。バッグごととられていたら、財布やカード、家のカギもすべてなくしていた。今日買ったばかりの携帯電話も無事。それに新しい携帯電話にSIMカードを入れ替えておいたので、電話番号も電話帳も無事である。
それに、今までは携帯電話一つで電話もインターネットも接続していたから、一度に通信手段をなくすところだった。幸い新しいモデムも電話も買った直後だった。電話もインターネットも通信手段を確保できている。なんというタイミング。犯人は知っていたかのよう(苦笑)。

でも悔しい、うーん、油断した。
そして、あの携帯電話は高く売れる予定だったのに(まだあきらめきれない)。
うーん、悔しい。
子どもを盾に使って盗みをするなんて、その精神が許せない!
CNGを止めた時点で怪しいヤツだ、と思っておきながら油断した。

明日、あの携帯電話を買ってくれる予定だった人に、盗まれちゃった、と伝えなくては。。。

ダッカは一見安全そうに見えるのですが、油断は禁物です。
私が体験した、今日のようなことがないように、みなさん、お気をつけください。

2009年03月17日

新型モデム登場!

バングラデシュは、日本に負けず(それ以上に)、携帯電話会社の競争が激しく
空港でも街でも、携帯電話会社の広告だらけ。

私は、その携帯電話会社のひとつ、グラミンフォンを使っています。
そして家では携帯電話経由でネット接続しているのです。
しかし、ネットにつないでいるとき、電話が使えないの不便でした。
そして、携帯電話をなくしたら家でネットもつながらなくなり、
情報獲得手段を複数確保する意味でも、
もうひとつSIMカードを買おうかと思っていました。

そんなとき、
「グラミンフォンからインターネット用モデム新発売!」
との広告が!
http://www.grameenphone.com/index.php?id=471

それも、USBメモリースティック型です。
そんなコンパクトなモデムなんて、すごいと思いませんか???

ついに、先週末購入しました!!!!!!

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もちろん、このブログもそのモデムにつないで書いています。
日本のネットのスピードに比べて、かなり遅いですけれど、
つなぎ放題で1カ月850タカ(約1300円)です。
なかなか、いい感じでなのでは?

とにかく、こんなモデムができるなんて、すばらしい!!!
こんな進化していくバングラ携帯事情。
ま、その前にこの国の電気事情を改善してほしいのですが。。。
(毎日4-5回、各1時間の停電を繰り返しています)

2009年01月19日

賀詞交換会

先日、在バングラデシュ日本大使館で、賀詞交換会がありました。

昨年もこの時期には来ていたのですが、日本人会の会員登録も済んでいなかったため、今回が初参加です。
この日の女性たちの装いは、サリー姿の人も多く、とても華やかでした。もちろん大使夫人は和服。(ちなみに私はサリーを着なかったケド)。写真でお見せできないのが残念です。
そして、何より和食です!!!
黒豆、煮物、お雑煮、お寿司、そして、お刺身がある!と思って取りに行ったら、もう時既に遅し。お刺身だけは早くに無くなっていました。ここに住んでいるとお刺身はとても貴重。というか食べられません。もっと早くに取りに行くべきでした。残念!

お刺身は食べられませんでしたが、いろいろな方とお話することができました。
なかでも、1960年代にバングラデシュに来たという女性にお会いし、シャプラニールの最初の駐在員(通信員)だった吉田ユリノさんのことをとても懐かしげにお話してくださいました。その他、1980年代、90年代の駐在員を良く知っている方々にもお会いすることができました。
改めてシャプラニールがバングラデシュで長く活動してきていること、駐在員は代々バングラデシュに住む日本人の方々にも支えられてきていることが、よくわかりました。これからもお世話になります!

2008年09月11日

ラマダン月

バングラデシュはイスラム教を国教とする国。今年は9月2日から断食月が始まりました。日の出から日没まで断食をします。陽が沈み、アザーン(礼拝の呼びかけ)が聞こえてくるとお祈りをしてイフタール(日没後の食事)を食べます。つまり日中は食事も水も一切とらない。唾を飲み込むことすらしないといいます。これをすることで、貧しい人の気持ちを知る、また自分の欲を抑えるというセルフコントロールのトレーニングでもあるといいます。イスラム教徒にとって、とても大切な時期です。
断食月になるとオフィスなども業務終了時間が早まります。そのため街は夕方になると家路を急ぐ人々のため大渋滞になります。一方イフタールの時間になると一気に人も車も少なくなり、いつも大渋滞でクラクションが鳴り響いているダッカの街が、びっくりするくらい静かになります。
 
ここに暮らしていると、宗教の存在について考えることがたくさんあります。それは「国教」のある国に初めて住む私にとって驚きも多くあります。「宗教」を軸として物事が動く社会に、不思議さや、時に疑問を感じることもあります。この国では、他の宗教を否定しているわけではなく、様々な宗教を持つ人々が一緒に暮らしている国なのです。ヒンドゥ教のお祭の日もクリスマスも休日です。このバランスはどのように保たれているのでしょうか。いえ、表面的には保っているように見えているだけで、裏にはいろいろな感情があって当然でしょう。

先日ボリシャルに行って、ストリートスクールに通う子どもたちに話を聞きました。その中の一人に、この環境で自分が生きていくためにイスラム教徒のふりをして名前まで変えている、というヒンドゥ教徒の子がいました。その子はまだ6歳くらいの子です。そんな小さな子が、自分でそうすることを決めたという現実。
「国教」を持つ国の中で他の宗教の人はどのような気持ちを抱き暮らしているのか、ということが以前から少し気になっていたのですが、この子に出会ったこと、そしてラマダンの時期に入り社会全体がイスラム教の時間で動く状態を見て、この国の「宗教」に対する人々の暮らし・感情がますます気になっています。

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夕焼けの空にアザーンが流れる

2008年07月16日

芸術としてのノクシカタ

シャプラニールのフェアトレード(クラフトリンク)は、バングラデシュでは現在9つの団体と取引をしています。そのなかのひとつ、BRACのクラフトセクションAarong(アーロン)は今年30周年を迎えました。その記念事業として、「ノクシカタ(刺しゅうを施した布)」をテーマにした展示会が開催されています。
昨日、その展示会のオープニングセレモニーに出席してきました。
会場ではバングラデシュの民族音楽が演奏され、アーロンの代表や来賓の方々のスピーチのほか、生産者に対する表彰などが行われました。
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スピーチと展示を見て、アーロンがやってきたことのすばらしさを感じました。そして、このノクシカタを芸術品として、同時に農村部の仕事づくりとして確立してきたことはバングラデシュにとってどれだけ大きな意味があるのか、計り知れないことでしょう。
30年前、もともと着古したサリーを重ねて布団などにするために刺しゅう(刺し子)を施した布。それを、独立後の復興活動のひとつとして、現金収入、仕事の機会を作り出す手工芸品となった。それはアーロンだけではなく様々な団体がやってきたことです。しかし、アーロンはそれをさらに芸術的価値にまで高め、海外の人々に買ってもらうだけではなく、バングラデシュ社会の中でも価値を高めていったのですから。

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展示スペースでは、30年以上前の「ノクシカタ」から最新デザインのもの(タペストリー、サリーなど)が展示されています。また、ステッチひとつひとつ、それ自体が“芸術”であるとして展示しています。その感覚に感動してしまう。
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この国には本当に豊かな芸術であふれています。それが特別なものではなくて日々の生活の中にあります。詩、音楽、手仕事、暮らし、デザイン、色、etc. 展示を見ながらとても感動してしまった。

この展示会は29日まで、Shilpakala Academyで開催しています。ダッカ在住の方がいらっしゃいましたら、ぜひ行ってみてください。

2008年04月12日

新年のお祝い ボイシャキ・メラ

4月14日は、ベンガル歴の新年です。

この日女性は赤系のサリーなどを着てお祝いをするようです。
そのため、4月に入ってから、どのお店にいっても赤系のものがたくさん飾られています。
先日の昼休み、ダッカ事務所の女性スタッフ2名と、その話になり、
新しいサリーを買ったとか、翌日の15日に着てこようか、とか楽しそうに話していました。
私は「サリーは買ったの?」と言われ、
「サリーはやめて赤いサロワカミーズを買おうかな」と話していました。
サリーは人に着せられるけど、自分で着れないし。。。

当日、街はどんな感じになるのでしょう。楽しみです。


そうえいば、この新年のお祝い(ボイシャキ)、東京の池袋西口公園でも毎年やっていますよね。
サイトで検索してみたら、今年は4月20日に開催されるようです。
この公園には、ショヒド・ミナール(言語運動殉難者の塔)まであります。
バングラデシュ政府から豊島区に寄贈されたとのこと。
ショヒド・ミナールというのは、バングラデシュのどの学校にも必ずあり、
昔の日本でいう二宮金次郎的存在?

私は、池袋のボイシャキ・メラにも池袋西口公園自体にも行ったことがないのですが、
本当にあるのか見に行ってみてください。
そして、ベンガル料理をお楽しみください!
(って開催者じゃないので、本当に4月20日かどうか調べてから行ってくださいね)


この新年がきて、雨期に入るまでがいちばん暑い季節だそうです。
気温はそんなに高くないけど、湿度たっぷり。ジメジメの季節です。
もう今の時期から、かなり汗かいています。これから暑さ本番です。

2008年04月02日

マイ・リキシャ

藤岡所長のブログにあったように、ここバングラデシュでは物価上昇が大きな問題。
生活の厳しい人にとっては、どんどん厳しい状況になっています。
賃金は上がらないのに、生活必需品の米や油などの値段はどんどんあがる。
生活必需品のひとつ、リキシャ。私の通勤リキシャ代は、1月は12タカだったけど、3月くらいから15タカ払うようになりました。

でも、15タカ払うようになったからでしょうか、3月に入ってから、マイ・リキシャができました。
毎朝、家の前でちゃんと待っててくれるリキシャがいます。
「やあ元気?オフィスに行くんだよね」と言って行き先・道順を言わなくても私をオフィスまで乗せてくれるのです。
朝はぼーっとしている私にとって、ありがたい。料金交渉もいらないし。
彼にとっては、毎朝同じ時間に乗ってくれる客としてありがたいと思ってくれているのでしょうか。
先週はスタディ・ツアーで1週間いなかったので、今日はもう来ていないかなと思っていたら、ちゃんと待っていてくれました。
通勤時間10分弱の短い時間ですが、おじさんのリキシャに乗ることで私の1日が始まります。
なまりの強いおじさんのベンガル語は理解不可能で、ところどころしか分からないけどね。。。

2008年03月14日

サイクロンから4カ月

■サイクロンの爪痕
サイクロン被災者救援活動を実施している地域のひとつ、ショロンコラ。
そこは、川沿いにありあの規模のサイクロンがきたらひとたまりもない。ということが一目瞭然であった。
この地域は、インド政府が家の再建を実施することを発表しているがまだ何も始まっておらず、ほとんどの家の屋根はビニールシートのままである。
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魚の干物をつくっている臭いがする。船の修理をしている人がいる。網をなおしている人もいる。
この地域の主な仕事である漁は、サイクロンで大きなダメージを受けた。船や網がなくなり、魚の数も減っていることだろう。しかし、彼らは漁をして生活をしていく。

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■自分の足で立つ
サイクロンがやってきたとき、レハナは家の裏にある木に登り、子ども2人を両脇に抱えて風と水の勢いに耐えていた。しかし、水の勢いはすさまじく、1人の子は水に奪われてしまった。夫も流されてしまった。レハナはどうすることもできず、娘を抱えたまま、夜明けを待つしかなかった。
翌日、夫と息子の遺体が見つかった。2人の遺体は、夫が家を建てようと考えていた土地に埋葬した。

サイクロンから4カ月。
夫と子どものお墓の脇には、夫が世話をしていた野菜が立派な実をつけている。
今、レハナは家でミシン縫製の仕事をはじめた。サイクロン直後、夜になると怖がって眠れなかった娘のライラは今、毎日学校に通って友だちと元気に遊んでいる。

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少しずつ、自分自身の足で立ち、歩き始めている。
復興支援、私たちになにができるのだろうか。

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2007年09月24日

文字を覚える

ついにブログをはじめます!
test画面で、すでに5名の方からコメントをいただきました、ありがとうございます。

私は、小嶋駐在員の後任として、9月13日ダッカに赴任しました。
まずはバングラデシュの公用語、ベンガル語をしばらく集中して
勉強させてもらっています。

週5日(日~木)の朝8:30~12:00、学校に行って授業を受け、
事務所に戻ってきて、復習と宿題。受験生のような生活。
ベンガル文字は、「デザイン」としてはかわいいんだけど、
覚えるとなると。。。
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字を覚えるって本当に大変です。
シャプラニールのプログラムで行っている成人識字学級がありますが、
大人になってから文字を覚える村人の大変さを身をもって体験中。
文字が読めないと、まちの看板も何が書いてあるのか、わからない。

一文字ずつ声にだしながら、テキストにむかっています。
「あー、みー」「ばー、のー」 あ、違う「ばー、ろー」
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プロファイル

内山駐在員内山智子
(うちやまともこ)
2001年にシャプラニールに入り、2007年秋からバングラデシュに赴任しました。着任早々病気になったりしましたが(笑)、今はバングラデシュの豊かな文化と自然の心地よさを感じ、人々のエネルギーに圧倒されながら暮らしています。
  • 資料請求
  • 古本寄付で国際協力・ステナイBOOK
  • フェアトレードショップクラフトリンク南風
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