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2007年05月一覧
2007年05月31日
先日いきなり車の通行が止まってしまったときのこと。いつもは車で通りすぎてしまう道を歩いていたら、ヘナ屋をみつけた。正確には「手にヘナデザインを描く屋」さんというところか。場所はカトマンズのバグバザール。
ヘナとはミソハギ科の低木植物、インドや中近東に自生しアーユルベーダでは皮膚炎などの手当てに使われていたもので、バングラデシュやネパールでも髪のトリートメントや白髪染めなどに使われている。また、女性が手や足に文様を描き、おしゃれのためにも使われているものである。結婚をする花嫁は両足と手(手首から肘の中ほどまで)に、それはそれは豪華なデザインを施す。

さて、このヘナ屋はデザイン本を道一杯に広げており、その場で客の手に文様を描いていた。あまりにも模様が繊細で見事だったのでしばし見とれてしまった。実は私もデザイン本を持っているが、縁起の良い孔雀や昔花嫁を運ぶのに使った駕籠、新郎新婦の姿など凝ったものが多い。自分の手に描こうとしてみたこともあるが、市販のチューブからヘナを搾り出すのはかなりの力が必要で、途中でやめてしまった。
バングラデシュにいた時、合宿で女性スタッフと同室になったが、スタッフ同士がおしゃべりをしながら互いの手に模様を描いていたのが印象に残っている。おしゃれだけでなく、一種のスキンシップであり、コミュニケーションでもあるのだと思った。発色を良くするためには一晩置くのが良いとか、レモン水で保湿をするとかと聞いたことがあるが、一晩中ヘナを手に乗せておくと考えただけで眠れなくなりそうで早々に落としてしまった。
<手首にかわいい魚が泳いでいた>
ちなみにヘナの跡は赤くなるのだが、赤くなればなるほど結婚後の幸せが約束されるのだという。根気のない私には無理な話だ。
- カテゴリ: 2007年05月31日 22:10 |
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2007年05月29日
ちょっとお知らせ。
6月1日(金)NKH BS1のアジアクロスロードに出演します。時間は夕方5時代後半(かな?)、ネパールの女性が着ているクルタを中心にお伝えする予定です。お暇があればご覧下さい。
- カテゴリ: 2007年05月29日 13:01 |
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2007年05月26日
今週の初めのこと。いつもは地元のサッカーチームが練習をしているグランドに「○○(読み損ねた)サーカス」と書いた大きなトラックが何台も止まっていた。
翌日、翌々日と何やらムクムクと建ち上がっていき、あっというまに立派な遊園地が出現した。今日から開園したらしく、乗り物が動き出している。
フェンスの外から興味深げに眺める大人たち、嬉しくて楽しくて仕方ないという顔で見つめる子どもたち。カトマンズには遊園地が何ヶ所か存在するが、自分の家のそばに遊園地がやってくるなんて、本当にワクワクすることなんだろうな。組み立てる工程を見ている私としては、乗り物に乗る勇気はないけれど、毎日の通勤でこの遊園地を見ながら一緒に楽しもう。

<左:妙に回転の早い観覧車 右:巨大な木製の樽のようなもの>

<樽の中ではバイクや車を使った曲芸が行われているらしい、かなり格好いい>
- カテゴリ: 2007年05月26日 13:01 |
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2007年05月23日
ネパールでは常にデジカメを携帯している。面白いシーンを見つけたらいつでも写真を撮れるようにと思ってのことだ。しかし私、撮られるのがもっとも嫌いだが、写真を撮るのもそれに負けないくらい苦手である。特にデジカメになるともうダメ。
なぜかと言うと、相手ときちんと向き合っていないように感じてしまうからである。デジカメで写真を撮るところを想像してみて欲しい。大抵の場合、カメラを構えた人は相手を見ずにモニターを見ている。私にはこれが不誠実に感じてしまう原因なのだと思う。以前、文化人類学のPhDを持っている知り合いに話したら「おもしろい視点だ」と褒められたが、苦手意識は消えていない。しかしこのデジカメも悪いことばかりでない。撮ったその場で相手に見せることが出来るので、少なくとも「撮り逃げ」は避けることも可能なのだ。

上の写真は先日スタッフとスンダリザルにピクニックに行ったときに撮ったもの。帰り道、お母さんに髪を梳かしてもらっている女の子を見かけた。のんびりとした雰囲気が気に入って写真を撮ろうとしたら、女の子が急に恐い顔をした。外人め何をする?とでも言っているようだった。
それが、彼女の写った画像を見せた途端、右の写真のような笑顔に変わった。デジカメ・マジックとでも呼びたいほどの劇的変化だ。
- カテゴリ: 2007年05月23日 20:08 |
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2007年05月20日
先々週、休日を利用してインドのコルカタに行ってきた。小さなカトマンズとは比べようもない大都会なのに町を歩くと、どこか懐かしいと思う風景に幾たびも出会った。
突然、大きな道沿いの街路樹に何枚もの布が掛けられていた。
「天女の羽衣みたい」と思って路地をのぞくと染物屋だった。好みの色に染めてもらおうと注文を伝えている女性がいた。染料の入った鍋がいくつも並び、何人かの男性が働いている様子を見ていたら、突然『ふくろうの染物屋』を想い出した。そう、欲張りなカラスが誰にも似ていない色になろうとして黒くなってしまうあのお話。


不思議な話だが、カトマンズで生活するようになってから日常生活の風景を眺めていると、ふと昔読んだ童話や絵本を想い出すことがある。どうしてだろう。
- カテゴリ: 2007年05月20日 20:08 |
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2007年05月13日
今日は日曜日だったが、仕事関係の打ち合わせやらで事務所に朝からでかけた。シャプラニールの中期戦略を考えるために東京事務局から3名、ダッカからも駐在員2名がやってくることになっているので、午後になって事務所を出たら普通はスムーズに車が流れる場所で渋滞が起きている。
タクシーの運転手に聞いても「さあねえ」と首を傾げるばかり。迂回路を通っても渋滞している。人の鎖(ヒューマンチェーン)がつくられて、そのおかげで交通が滞っているらしい。本来は一方通行の場所でもどんどん車がUターンしてきていた。目的地近くまでたどり着いたところで、本当に車が動けなくなってしまったが、運転手が「近くまで来たから、ここからは歩いたほうがいいよ」とおろしてくれた。果たしてその先の道には延々とヒューマンチェーンがやっぱりつながっていた。
<カトマンズ・スタジアム近くで>
所用をすませ、さて空港に向かおうかと思ったが、その近辺は車は全く走っておらず出迎えはできなさそうだ。幸い宿泊手配をしていたゲストハウスの関係者が空港に居るというので、電話でわけを話して、私は直接ゲストハウスに向かうことにした。道端で見学している人に、何を目的とした交通封鎖なのか聞いても今ひとつわからない。良く聞いていると、どうも反王室のスローガンを唱え、複数の政党の主導で行われているのだろうということは分かった。

<どちらもカトマンズ・ディリバザールにて>
ネパールのあちこちで、自分の都合ばかりを主張するグループが多く、暴力行為も多く聞かれるようになっている。これまで抑圧されてきた人たちが声を上げることは大切だが、どうも行き過ぎているような気がする。今日のヒューマンチェーンでも学生や子どもたちも多く見かけたし、動員されただけで意味もわからず加わっているような人も多いのかなと感じた。
いつもはタクシーで通りすぎる場所を歩いて沢山面白い写真も取れたのは収穫だけどね、君たちこんなことにうつつを抜かしている場合かね、そろそろ前進する勇気を持つ頃じゃないのかい?こうしている間の世界はどんどん変化しているのだよ。
- カテゴリ: 2007年05月13日 21:09 |
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2007年05月12日


ジャガランダの花。何枚か写真を撮っていたら、そばにいたタクシーのおじさんが「この花好きかい?」と聞いてきた。以前も欧米人が写真を撮っているのを見たのだという。
最近のカトマンズは、晴れたり雨が降ったりと忙しい天気。雨上がりの後は、散ったジャガランダの花が地面いっぱいにひろがってさながら紫のじゅうたんの様。美しい季節だ。
- カテゴリ: 2007年05月12日 10:10 |
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2007年05月07日
ある夕食会に呼ばれた。シャプラニールがかつて共にカマイヤ(平野部の先住民であるタルーの中で農業債務労働者のような形で働いている人たち)の支援を行っていたSPACEという団体の創設者であるギャルヴィン神父が7年ぶりにネパールを訪問しており、SPACEの関係者が集うのだという。現在シャプラニールとSPACEの間には直接の協力関係はないが、事務所を互いに訪問したり、今年に入ってSPACEの関係者に子ども支援プロジェクトの評価をお願いしたり、良い関係が続いている。
ギャルヴィン神父やSPACEの成り立ち、上述のカマイヤやシャプラニールの支援事業については、元シャプラニールスタッフの定松栄一氏の「開発援助か社会運動か」を読んでいただくこととして、今日の夕食会で印象に残ったものをお伝えしたい。
ギャルヴィン神父は76年から86年まで10年に亘ってネパールで活動を行われた方である。そのギャルヴィン神父が「あなたはネパール語を話せますか?」と聞かれた。「はい少しだけ」と答えると、神父は「私は努力したのですがあまり上達しませんでした」と言われた。そしてこう続けられた。
「でも、これはこれで良いこともあったのです。ネパール語が出来なければ勢いスタッフに頼らざるを得ないので、私が全部コントロールしなくて済んだのです」
これまで私はネパール語をいかに上手に使えるようになるかばかりを考えていた。そればかりでなく「上手ですね」「という言葉が嬉しく、ちょっと得意にもなっていた。もちろん外人のネパール語ということで、失礼なことを言っても相手から多めに見てもらえることも期待していたというのも、恥ずかしいが事実だ。
ギャルヴィン神父の言葉はそれが全くのおごりであることを教えてくれた。自分が前に出ようとすれば、どうしても誰かが後ろに退かなくてはいけない。それに気づかないで、ネパール語を流暢に話すことで得られるものより多くの事を見失っていたのかもしれない。これまでフィールドに出かけては、同行するスタッフがあれこれ世話を焼いてくれる度に「子ども扱いして」と腹を立てていた自分を反省した。
学ぶというのは何かを習得することだけを意味するのではない、ということに今日初めて気がついた。
- カテゴリ: 2007年05月07日 21:09 |
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プロファイル
藤﨑文子(ふじさきゆきこ)
ネパールに2006年2月から赴任しました。よろしくお願いします。













