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2006年09月一覧
2006年09月28日
今朝、出勤しようと家を出たら20頭くらいのヤギが通りに鎮座していて、ギョッとした。ダサインにヤギを屠るということを聞いていたので、ああ、これがそうかと思った。残念ながらデジカメを持っていなかったので写真をとれなかったのが残念。
帰宅途中も同じような光景を目にした。いつもは服や雑貨を売る露天商が並ぶ通りに、一抱えくらいある竹のカゴがいくつも並んでいた。最近は夕方6時半を過ぎると薄暗くなってくるので、最初は何が売られているのか判らなかったが、よくよく見るとカゴの中には何匹もの鶏が入っていた。これもダサインの食卓を飾るために買われていくのだろう。しかし不思議なのは、売っている人たちがどこから来たかということ。もしかしたらカトマンズの郊外などからこの日のためにやってきたのかもしれない。
さて、事務所も今日でおしまい、明日から10日間の大型連休となる。いつもとちょっと違うことをしたいと思ったので、レストランから料理を買ってきて皆で食べることにした。モモ(チベットの蒸し餃子)やチャオメン(焼きそば)ナン、ピザなどを皆で囲みながら、ダサインにまつわる話や休暇の予定などを話をした。もともとカトマンズ出身の人を除いて、明日から帰郷するスタッフも多い。先日乗ったタクシーの運転手も、明日29日から帰省すると言っていたし、明日を境にカトマンズから一気に人や車がいなくなるようだ。感覚的には日本のお正月のようなものなのだろう。
10月からまた忙しい日々が始まる。しっかり休んで、リフレッシュして、また一緒に仕事しようね。
- カテゴリ: 2006年09月28日 23:11 |
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2006年09月26日
東京事務所から出張に来ていた白幡職員と中森職員、そしてカトマンズ事務所のスタッフゴパールとともに、先週の水曜日(9月20日)から昨日(25日)までオカルドゥンガを訪問した、オカルドゥンガは、シャプラニールがCSDと活動を行っているプロジェクトがある場所である。しかし、予想外のアクシデントの連続で、当初の5日間の訪問予定が6日に延び、うち移動にほぼ5日を費やす結果になってしまった。
<写真:マネバンジャンの村の子ども>
ダサイン前というのは晴天が続くというのが普通なのだそうだが、今年は季節外れの大雨が続き、舗装されていない山道がドロドロになり車の通行が難しくなり、かつ途中の川が増水し道が寸断されてしまっていた。しかも手配していた車は故障で動かなくなり、地元の人の好意でピックアップトラックに同乗させてもらったり道行くギュウ詰めのバスを止めて、満員電車さながらの車内でもみくちゃにされたりと、かなりのアドベンチャーとなった。
<写真:グルミ周辺の山の様子、ここからどんどん険しい山になっていく>
あまりの変化の多さに昨日戻ったばかりの頭でも、正確に時系列に思い出すのが難しいくらいだし、事細かに書き出しても経験していない人には想像しろというほうが無理だと思うが、せめても「旅」の臨場感を伝えるために移動に使った交通手段を書き出してみよう。ちなみに四輪駆動車が何回かでてきて紛らわしいので数字をつけてみた。結局あまり判り易くはなっていないけれども、「オカルドゥンガすごろく」みたいなもの、と思ってお楽しみください。
『オカルドゥンガへの道』
9月20日 Day1 カトマンズ(飛行機)→ジャナクプール(四輪駆動車①)→カタリ(宿泊)
9月21日 Day2 カタリ(四輪駆動車①)→故障のためカタリへ戻る(ピックアップトラック荷台)→(地元の人の好意で手配できた四輪駆動車②)→途中、悪路のため進めなくなる→歩き→バス→途中で四輪駆動車③と交渉乗せてもらう→グルミ到着・CSDスタッフと会う→徒歩2時間→四輪駆動車④でマネバンジャン到着
9月22日 Day3 マネバンジャンでの活動視察(村人の家を訪問、農業共同組合の年次総会出席、飲料水管理組合との話合)
9月23日 Day4 マネバンジャン(四輪駆動車④)→途中通行不可能になる→徒歩→交渉しトラックに乗せてもらう→グルミ到着→後一歩で予定していたバスに乗り損ねるが、1時間後のバスのチケット入手→悪路のためバシバリにて一泊
<写真:9月23~24日に乗ったバス、ヘルパーのお兄さんたち八面六臂の大活躍!>
9月24日 Day5 バシバリ(バス)→泥道に悪戦苦闘しながらカタリ到着→地元のNGOの協力で救急車を手配、ジャナクプールに向かおうとするものの、川の増水で道が寸断されあえなくカタリへ戻る→カタリ(宿泊)※
※ 実はこの日ジャナクプールからカトマンズへ戻るため昼過ぎの飛行機を予約していたが、前日バシバリで宿泊することになった時点で、この飛行機への搭乗は諦めていた。しかしバシバリは電気も電話もない山間の村のため、この日の朝、バイクでカタリへ移動するという見知らぬ人にカトマンズ事務所への言付けを頼み、翌25日のフライト予約を依頼していた。
9月25日 Day6 カタリ(交渉してバスを手配)→川の水かさが減るのを待つ→朝11時移動を決行→ジャナクプールに近づいたものの、地元の人による交通封鎖に遭遇→「外国人」および「急病人発生」というカードで交渉、なんとか通してもらう→ジャナクプール一帯大雨のため浸水→それでも空港到着→チェックイン→空港建物から滑走路までひざ下までの水の中徒歩で移動→カトマンズ到着
自分で書いていてもなんだかなあ、と思う文章になってしまった。そもそも書き出しと、それ以後の文章の統一が出来ていないではないか。地図もなければ、所要時間も書かれていないのに、「すごろく」だのと呼んで理解してもらおうと期待する方が悪いのだが、私がここで伝えたかったのは大変さよりも、実はこの中に隠されているドラマなのであった。一時は本当にカトマンズへ帰れないのではないかと思うような状況にも陥ったが、それらすべてがネパールの人々の知恵と誠意によって一つ一つ解決されて行った様子は、きっと言葉を尽くしても私には伝えることはできないだろう。しかもそのほとんどは、名前すら知らない行きずりの人たちの好意によるものだったのだから。
<写真:飛行機搭乗前の中森職員とゴパール職員>
車が故障して立ち往生している私たちを乗せて町まで連れて行ってくれたピックアップの運転手、ただでさえ狭いバスの座席を詰めて座りなさいと勧めてくれた若い女性たち、自分の仕事を差し置いて途中まで送ってくれた道路工事現場のスタッフ、山道をオタオタ登る私の荷物を全部持ってくれたCSDのスタッフ、連続する不測の事態に臨機応変に対応したカトマンズ事務所のゴパール、ゴパールの古くからの仕事仲間でカタリの町で手配に奔走してくれたNGOのスタッフミーナさん。とてもじゃないが全部ここで挙げることはできない。
たくさんの、本当にたくさんの親切に支えられて私たちは無事にカトマンズに戻ることが出来た。人と人とのコミュニケーションが生きているネパール、それを体験することが出来たのが何より幸せと感じたオカルドゥンガ訪問だった。
<写真:マネバンジャンの農業共同組合の一コマ>
- カテゴリ: 2006年09月26日 23:11 |
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2006年09月19日

今日は天気が良くて、しかも事務所の前の空き地で凧揚げをしようとしている子どもたちがいたので写真を撮ってみた。動画も取ろうとカメラをいじっていたら、カメラが壊れたと思ったらしい子どもたちに見放され「じゃあね」と行かれてしまい、残念。


明日から5日間の予定で、念願のオカルドゥンガ出張。しばらく更新できないけれど、帰ってきたらまた報告するつもりです。(木曜の冬ソナが見られないは非常に悔しい、私にも判るネパール語が随所にでてきて楽しみなのだ)
- カテゴリ: 2006年09月19日 09:09 |
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2006年09月17日
9月に入って最初の10日ほどかなりの雨が降っていたが、この1週間天候が良くなってきた。ある朝起きて、空を見ると夏雲の間から青く澄んだ秋の空がのぞいていて、ああ、秋が来たのだと思った。あと2週間もするとネパールの一番の祝日ダサインがやってくる。心なしか(いや、違う)人々もウキウキしているようだ。
今日、夕方友人と会うためにカトマンズの中心に足を伸ばしたら、これまで見たこともない場所に露天商が並んでいた。地べたに布を広げて場所を確保し、その上で靴を売る人、布地を売る人、小物入れを売る人などなど。そこはカトマンズ内を走る乗り合いバスのターミナルのようになっており、日頃から混んでいる場所ではある。それがいつにも増して混雑していた。
ダサインはヒンドゥ教徒にとって大切なお祭りで、大抵の事務所は1週間程度は閉まってしまう。多くのネパール人は故郷に戻り、家族が集まる機会となるので、日本で言えばお正月のようなものではないだろうか。ちなみに、バングラデシュでは同じ時期、ドゥルガ・プジャと呼んで女神ドゥルガをかたどった人形を作り盛大なお祭りを行う。これから約2週間、ますます盛り上がるであろうダサイン前のお祭り気分、またどこかでお伝えできればと思っている。
- カテゴリ: 2006年09月17日 22:10 |
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2006年09月14日
今日からカンティプールテレビ(ネパールの放送局)で「冬のソナタ」の放送が始まる。日本では韓流ブームといわれて久しいし、日本のみならず台湾や遠くはインドネシアでもかなりの人気があったこのドラマがとうとうネパールにやってきた。
実は私、日本で「冬ソナ」が放送されて大ブームを巻き起こしていた頃、バングラデシュにいたのでどんなにすごかったのか今ひとつ理解していないし、帰国してから再放送をやっていたが、とかくメジャーなものには拒否反応を示してしまう私のこと、一度もきちんと見たことがない。
さて、こちらでの放映はネパール語の吹き替えがつくという噂だが、どんな風になるのだろう。気候的にはあの雪のシーンなど、違和感なく受け入れられるような気はするし、モンゴル系の顔つきの人も多いこちらでは容貌も問題ないかもしれない。
ベンガル語に先に親しんでしまった私の耳には、鼻濁音の多いネパール語はとても田舎っぽく(失礼)聞こえてしまうので、果たして冬ソナのあの映像に合うのかどうか、そのあたりもいろんな意味で興味深い。ネパールで冬ソナが始まることを教えてくれた友人は「今年はネパールで、ぜったい”マフラーまきまきの”スタイルが流行る」と予言していたが、さあどうなることか。
それとか日本人が韓国人に間違えられてモテモテになる、なーんてこと、あるわけ・・・ないか。
- カテゴリ: 2006年09月14日 19:07 |
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2006年09月07日
今日はどうしても終わらせておきたい仕事があったので、残業して仕事をしていたら急に停電になってしまった。一緒にいたスタッフは「少し待てば電気が戻るかも」と楽観的だったが、1時間近くたっても電気が来ない。
東京にメールを送りたいのに、資料ファイルはスタッフのコンピューターの中。UPS(無停電電源装置:急な停電の時でも短時間ながら電気を供給してくれる)も止まってしまい、手元にあるのはプリントアウトしたものだけ。事務所ではファックスも使えないので、帰り道に外から送ることにした。
事務所からあるいて5分くらいの場所には電気が来ていたので、ファックス屋を探した。小さな店が並ぶ中にあったファックス屋、外見は文房具屋なのだが、店のカウンターには電話3台とファックスが鎮座しているのですぐそれとわかる。
<写真はファックス屋の主人が送ってくれているところ、神妙な顔つきだった>
電話が普及しているとは言いがたいネパールでは、カトマンズであっても電話屋の需要は多い。親子のような二人連れが家族に電話を掛けていたようで、大学生くらいの女の子は「うん、うん。帰りたいけど今お金がないから…」と言っていたのを聞いて、ちょっと胸がキュンとなった。
それぞれの電話には電光掲示版のようなものがついていて、大抵は壁などにかかっているのだが、通話時間と料金が表示されるようになっている。ネパールに赴任したばかりの頃、私も日本に住む親に電話をしたことがあるのだが、目の前にある電光掲示版の数字がガンガンはね上がり、落ち着いて話ができなかったことを思い出した。
農村開発プロジェクトを行っているオカルドゥンガも電話が少ない。村で仕事をしているスタッフと話がしたければ、村のバザールにある電話屋に「○○さんに、電話をしてと伝えてください」とお願いし、折り返し連絡がくるのを待つことになる。電話をかけたらそこに話したい相手がいるというのは、実は贅沢なことなのだなあとネパールにいると思う。
- カテゴリ: 2006年09月07日 22:10 |
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2006年09月06日
今朝、スタッフから「バスが走っていないので遅刻します」と連絡があった。様子がわからないので少し早めに家を出たが、確かにバスもタクシーも走っていない。しばらく歩くとタクシーが近寄ってきたので、すぐにそれに乗った。
一昨日タクシー運転手が強盗目的で殺され、昨日はそれに抗議するタクシー運転手がカトマンズ各地で交通封鎖をしたため、一日大混乱だったが、運転手いわく今日はその続きのストらしい。困ったなあと思っていたら、運転手が「ネパール語上手だね」「え、6ヶ月でそんなに上達したの?」と褒めてくれるので、ちょっといい気分になってしまった。
事務所のそばまで来たので、メーターを見たら…あら。メーターが動いていない。
「今日はこんな日だからねぇ、いくらでも良いよ」と言われたけど、それっていつもより出さなきゃいけないってことだよね?
いつもは50ルピーで来るところ、倍の100ルピーも払ってしまった。あんなにネパール語をほめられた直後に、お金のことで急に渋い態度には出られないって。
それより彼に「ネパールどう?」と聞かれて「大好き、急にストになったり、明日何が起きるか判からないのが楽しいね♪」と答えた。だって、それが今の私の正直な気持ちだから。
*先程、やはり通勤途中でスタックしてしまったスタッフから、今日のストはマオイストが主導しているらしいという連絡が入った。遅々として進まない和平交渉、制憲議会の進展にプレッシャーをかけるためかもしれない。正しい情報があればまた後で。
- カテゴリ: 2006年09月06日 09:09 |
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プロファイル
藤﨑文子(ふじさきゆきこ)
ネパールに2006年2月から赴任しました。よろしくお願いします。













