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2006年05月一覧

2006年05月28日

愛犬ミリー

ミリー.jpg 私のアパートの大家はミリーという名の犬を飼っている。初めてアパートを見に行ったその日に、私はミリーに一目ぼれされてしまった。

朝出かけに鍵を手にしただけで、その音を聞きつけて階段を駆け上がってくる。土日など休みの日は、玄関の戸は開けて網戸を閉めておくのだが、気が付くとミリーがそっと家の中を伺っていたりする。外に出ようものなら、飛びつくわ、足に噛み付くわ(ミリーの名誉のために言うと、ちゃんと手加減してくれている)尋常じゃない喜びよう。本人は悪気はないらしいが、興奮しすぎると何をやっているのか分からなくなるようで、自分の尻尾を追いかけてクルクル回りだす始末。

そんなミリーが今朝はおでこにシンドゥール(赤い粉)をつけてもらっておめかししていた。なにかおめでたいことがあったの、とミリーに聞いても答えてくれるよしもない。かなり可愛かったので写真を撮ってみたが、ミリーも今日はおすまし気味の様子で写真に納まってくれた。本人の承諾を取っていないけど、ブログ公開許してくれるかな。

2006年05月27日

ヒンディ映画「Faana」上映会

このところネパールNGOを集中的に訪問している。先週から今週にかけて8つの団体を訪問した。それぞれ住民参加型農村開発、平和構築、ジェンダーなど特徴のある活動をしているところばかりで、代表者に会って話を聞くのが楽しみだ。

訪問した中でも女性のエンパワーメントのために活動しているTEWA(テワ)には強い印象を受けた。農村の女性グループに小額ながら活動資金を直接提供したり、紛争のためにカトマンズなどの都市へ避難してきた女性の自立のための研修や就業機会を提供している。
しかし何よりもTEWAのユニークな点は、極力外部資金に頼らないという方針を持っている点だ。自己資金獲得のための収入事業の内容は多岐にわたる。ネパール国内で支援者を募ったり、ラッフルドロウ、セミナーを開催したり、それに加えて各企画にボランティアが大きく関わっていると聞く。

そのTEWAがカトマンズ随一の映画館を借り切って映画鑑賞会をやるということで、行くことにした。上映されるのはFaana、人気俳優アミール・カーンとカジョール主演で、ネパールの新聞を数ヶ月前から賑わせていた映画だ。

新聞広告.jpg小さいけれど大注目のFaana

「チケット代はすべてTEWAに寄付されます」と書かれているチケットの値段は500ルピー(約850円)。通常150ルピー前後で映画を見ることができることを考えるとかなり高額だ。果たしてどんな人たちが集まっているのか、ますます興味が募る。知り合いの紹介で、JICAで働くネパール人スタッフラクシュミさんと連れ立って行った。

映画館には6時少し前に到着。思ったより人が少ない。しかしラクシュミさんはそこかしこに知り合いを見つけて挨拶に忙しい。開演時間が近づくにつれ、人が増えてきた。車で来る人もかなりいる。しかも、結構高級車が多かった。ラクシュミさんいわくNGOなどで働く人やビジネス関係者が多かったということだ。

上映を待つ人々.jpg        映画といえばポップコーン.jpg
映画館の外で待つ人々               やっぱりポップコーンだよ(とラクシュミさんの友人)

インドの映画は2時間以上になるものがほとんどなので、小腹を満たすためにスナック類を買い着席。何本かの予告編が流れやっと映画が始まった。かつてデリーで一度だけ映画館で映画を見たことがあり、映画が盛り上がるにつれ観客が歌い踊りだす様子は映画を見るよりおもしろかったので、今回もかなり期待していたのだが、残念ながら全く違った。ハイソな方たちが多いせいか、とてもお行儀がよろしいのだ。主役であるアミール・カーンが登場しても歓声一つ聞かれない。子役の演技に「まー、可愛いわね」的なクスクス笑いがあったのが唯一反応らしい反応だった。映画は美しく悲しいラブストーリー、個人的には”Dil Se…”の方が好きですが。

さて、肝心の来場者数だが、TEWA関係者の話では200名くらい来ていたのではないかということ。もっと一般の人が払えるような値段に近づけて、日ごろ関心のない人にも参加してもらえる場になればもっと良いと感じるが、それでも200人集めたTEWAの実力には敬意を持った。いかに日本の社会に支援者を増やしていくか、「市民による海外協力」を掲げるシャプラニールもTEWAに負けてはいられない。

2006年5月27日

2006年05月23日

それって、あり?

ネパールで生活をしていると、ネパール語、日本語を問わず決まって質問される内容というものがある。
「ネパールは初めてですか?」
「来てからどのくらい経ちましたか?」
「生活はどうですか?」

それに対する答えはだいたい以下の通りになる。ちなみに()内はバリエーション。
初めてではありません(がカトマンズの外にはほとんど行ったことがありません)
来て3ヶ月が過ぎました。
生活に不自由はありません(バングラデシュでも生活していたので大体同じだと感じます)

しかしほぼ想定内であるはずのネパール生活に、今日それはちょっと…思わせる出来事があった。

午前中2つの会議に出席して外出先から戻ると、机の上に某国際NGO*から書類が届いていた。5月26日(金)にカトマンズ内某所でソーシャルオーディット**を行うのでどうぞご参加下さい、という趣旨の内容だったので、興味あるなと思いつつ遅い昼食をとりに一階へ降りていった。

昼食を終え仕事を始めと、某国際NGOから直接電話がかかってきた。
「ご案内した内容に対して今すぐ出欠を教えてください。」

って、今日お知らせ受け取ったばかりなの、私。

確かに案内の日付は5月15日付になっているが、切手が貼られていない様子から察すると今日事務所に届いたもののようだし、そもそも出欠確認が必要とも書いていない。どうして今すぐ返事がもらえると考えるのか、その根拠をこちらが質問したいくらいだった。結局、木曜まで待ってもらうことにしたが、私が申し訳なく感じさせるような相手の態度にはかなりびっくり。

確かに、明日会議があるけど出席できる?というお誘いはかなり頻繁にあるが、それはお互い顔が見えているから許されることかと思っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。今回の経験はある意味でネパールの懐の深さを実感させてくれた。

次に「ネパールの生活はどうですか」と聞かれたら、謙虚に「驚くことがたくさんあります」と答えることにしよう。

*ネパールで国際NGOと言うとき、ネパール以外の国でも活動を行っているNGOを指すことが多い
**通常のオーディット(監査)とは異なり、公の場で関係者に対して活動の内容を確認してもらうこと

2006年5月23日

2006年05月21日

The DRAG.ON その2

今日外出した時に週刊新聞Nepali Times を購入した。

それに載っているThe DRAG.ONの公演に関する記事があれば、もう少し詳しいことが判るかと思ったからだ。しかし新たに知り得たのは原作The Dragonは1943年(第二次世界大戦下)、スターリン時代のソビエトで書かれたものだということだけ。残念。

Nepali Timesの公演記事.jpg
Nepali Timesの公演記事より

インターネットでも検索したところ、言語によってEvgeni、Jewgeni、Yevgeny、Eugineなど何通りかのつづりがあるらしい。何と読むのが正しいのかますます判らなくなってきてしまった。

教えてくださる方いませんか。

2006年5月21日

2006年05月21日

The DRAG.ON

「道徳的な臆病者と独裁者たち、そして一人の勇士の、うそのような怪奇*な物語」

知り合いのご夫妻に誘われ、昨夜観劇した芝居の副題である。普段演劇など縁のない私だが、あらゆる意味で楽しめた。

                    <あらすじ>
The Dragonのプログラム.jpg3つの頭を持つ竜(ドラゴン)に400年に亘って支配されている小さな町があった。村人はドラゴンに途方もない量の食料と、毎年一人の女性を差し出す代わりに、別の独裁者から町が守られていると信じ、ドラゴンの専横に甘んじていた。そして今年はエルザという若い女性がその犠牲となることが決まっていた。

ある日この町にやってきた若い旅人がいた。町の人々にドラゴンを倒して新しい秩序をつくることを説いて回るが、ほとんどの反応は冷ややかだった。ドランゴンを倒したものの、自らも手負いとなった若者は村から姿を消してしまう。

そして1年後、かつてドラゴンに追従していた市長とその取り巻きが今では権力を欲しいままにしていた。

エルザと市長の息子と結婚当日、再び若者が戻ってくる。新しい権力者の圧制を許してはいけない、「一人ひとりが自らのなかにいるドラゴンを殺さなければいけない」と説く。その言葉に目覚めた人々が市長たちを追い出し、新しい町の歴史が始まる。


随所に現在のネパールの状況を風刺したような場面があるが、基本的には元の脚本に忠実に演じているとのこと。(原作はJewgenj Schwartz “The Dragon”インターネットで検索したが、残念ながら詳しいことは判らなかった)

民主化を求める市民の運動によって国王や王族の特権や、軍事の統帥権が廃止され、新しい一歩を踏み出そうとしているネパールだが、本当の民主主義を実現するためにはこれからが正念場である。これまでは何かうまく行かなければ国王や政党のせいにすれば良かったが、今度はそうはいかないはずだ。これからの変化に伴う痛みを自分のものとして一人ひとり受け止める覚悟ができているかどうか、それをこの芝居は問うているように感じた。

しかしすごいのは舞台として純粋に楽しめるという点だろう。芝居好きな仲間が集まって毎年一回公演を行っているというグループで、プロではないのだが演技は本当に圧巻だった。誘っていただいたことに感謝しつつ、来年もまた観にいきたいと今から楽しみにしている。

*原文ではgrotesqueである。辞書によると「(文芸)悲劇・喜劇が複雑にからみ合ったジャンル」となっている。

2006年5月21日

2006年05月19日

ワンパクぼうず

シャプラニールの事務所の前と横はまだ空き地になっていて、夕方になると近所の子どもたちが遊びにきて賑やかになる。遊びに来る大体顔ぶれは決まっていて、大きいの、小さいの合わせた4名が常連だ。

彼らにとっては、落ちているダンボール、建設用の資材(レンガや砂)が立派な遊び道具だ。しかも、かなりワイルドに遊ぶので、うちのガードやスタッフに注意されることもしばしば。先日は落ちているガラスをボールのように棒でたたいて遊んでいたので、前任者の小松さんに追いかけられていた。

私はネパール語が判らないので、よく彼らにからかわれる。

何語ともつかない言葉で話しかけられ(日本語のつもりなのだろうが)「解りません」と真面目なネパール語で答えると、彼らの悪ふざけはエスカレートする。そんな時にやり返せると面白いのだろうが、文字通り私には返す言葉を持ち合わせていない。でも相手にしてもらえるのは実は結構嬉しいことだ。

そして昨日。いつものようにワンパクぼうずたちがいた。

何と呼んだらいいのか知らないが、自転車のチューブを棒で転がして遊んでいたのが、目ざとく私の手元に気が付いた。外出の途中で買ってきたプラムだった。事務所で食べる分を取り分けた残りだったのに目をつけて「それは何?」と聞いてきた。

「何だと思う?」
「何でもいいからちょうだい」「ちょうだい」「ちょうだい」

それでは、と一つずつ上げたら
「2つちょうだい」ときた。

だめだめと毅然として態度で「一つずつだけ!」と言うと、結構あっさりと引き下がった。

雨が降りそうだったのでその場を離れたが、一番小さいのがすかさずプラムにかぶりついていた。うちのスタッフ曰く「体調によっては胃痛をおこすから気をつけたほうが良い」とのことだが、一ケだから多分大丈夫。

また明日も元気で遊ぼうね。

2006年05月14日

フェアトレード・デー

私たちのクラフト取引先であるサナ・ハスタカラが主催するフェアトレード・デーの企画に出席してきた。

開始時間と会場だけは確かめておいたのだが、招待状がネパール語で書かれていたので企画の内容までは理解しないまま、12時45分ころ会場に到着した。と、会場からはだれやら話をしている声が聞こえてくる。

内心慌てつつ、遅れてごめんなさいという雰囲気を全身で表現しながら着席した。

休憩の時間にサナ・ハスタカラのスタッフから、今日の出席者は生産者、サナ・ハスタカラのスタッフ、そしてゲストがいること、前半は5名の生産者(グループ)への表彰とフェアトレードに関わる人からのスピーチがなされたということ、後半はサナ・ハスタカラとその生産者のインターアクションの時間となるということを聞き出した。

表彰を受けた生産者のスピーチ.jpg
表彰を受けスピーチをする女性

そしてこの休憩後のインターアクションが興味を引いた。
「適正な賃金とはどういうことか、どうやって適正と判断するのか」
「フェアトレードは商業ベースのものと違って仲介者がいないのに、どうして小売価格が高くなるのか」
「外国のことも知らないのに海外向けの新しいデザインを開発するなんて不可能だ」
「生産者にも海外視察のチャンスをつくって欲しい」

インターアクションの様子.jpg
活発な議論が行われたインターアクションの様子

生産者からはこんな質問や意見が出されていた。

特に2番目の点については、何人もが手を上げて質問を繰り返し、それに対してサナ・ハスタカラのチャンドラ氏は適正な賃金を支払う以外にも研修や福利厚生のために収益の一部を貯めていること、また商業ベースの売買と違って取引の数量が少ないため必要経費などを含めると割高になってしまいがちなことなどを、私にもわかる易しい言葉で丁寧に答えていたが、生産者にとってはなかなか理解しがたいことのようだった。その後も活発な討議がなされ、予定より15分ほどオーバーして会は終了した。

実はこのセッションの最初に「買い手」という立場から何か話をするように頼まれたので、日本のマーケットでフェアトレード商品がどのように受け入れられているのかについて話をしたのだが、大量に出回る中国製、東南アジア製の商品などとの価格競争について触れたことが彼らの疑問をより大きくしてしまったらしい。

フェアトレードとは生産者と購入者が商品を通してつながることである。しかし、その関係が完全に対等であるとはまだ言いがたい。私たちは日本の購入者に対する情報提供については努力をしているつもりだか、生産者が自分の作ったものがどのような経路でどんな人の手に届いているかを知ること、それがとても大切なことなのだと感じた一日だった。

2006年05月11日

早起きは三文の「得」

始めてのブログということで、この前は柄にもなく「ですます」調で書いてしまったが、
今回からいつもの調子で書かせてもらうことにします。どうかご了承を。

ネパールの人は寝るのが早い。8時頃になると町の通りから人の姿が消えてしまい、
残業でもして帰れば道を歩いているのは自分しかいない、という状況があり得てしまう。

身近な人に聞いてみたところ10時頃には寝てしまうという人が多かった。早く寝ると
いうことはつまり朝起きる時間が早いということ。私のネパール語の先生はいつも
朝5時頃に起きていると言っていた。

4月に民主化を求める市民の運動が盛り上がり、一時期連日のように外出禁止令が
出されたことが続いた。情報を集め事務所を空けるのかどうかの判断を毎朝しなくて
はいけなかったが、その時まだテレビを持っていなかった私は、スタッフからの電話が
唯一に近い情報源だった。しかし、この電話がいつも朝早い。

朝6時半頃にかかってくる。

「もしかして寝てた?」
「ううん、大丈夫…で、今日は何時から外出禁止なの?」
こんな会話が毎日のように交わされた。

早朝の電話もつらいが、外出禁止令が朝早くから始まるのも結構つらかった。

ある日外出禁止令が朝9時から始まるというので慌てて野菜を買いに出たのだが、
寝坊の私にはしなびた野菜しか残っていなかった。遅起きは三文の損ってことか。

その時に、辛うじて買ったカリフラワー、大量に茹でたものがまだ冷凍庫に
残ってる…。茹でただけで満腹になってしまったのだから仕方ない。
料理する気になるまで待っててもらうことにしよう。

何かお勧めのレシピがある方は是非教えてください。

2006年05月07日

ネパールからナマステ(こんにちは)

早いものでネパールに到着してから2ヶ月半が過ぎました。

水の国バングラデシュから山の国ネパールへ。

南アジア文化圏でありながら、その多様性に改めて驚くことが
しばしばあります。街中で若い女性たちのノースリーブ姿を見ると
最初は本当に驚きました。でも最近は「あ、涼しそう…」と自然に
受け止めることができるようになってきました。

さて、ネパールの首都といえばカトマンズですが、カトマンズ盆地
の中にカトマンズを含む三つの都市があることを知っていましたか?

その三つとは、かつては異なる王国であったカトマンズ、パタン
(ラリトプール)、そしてバクタプールです。それぞれに王宮があり、
ネワールの伝統的な町並みが随所に残る素敵な場所です。

私の家はパタンの南方にありますが、建物が隣接する中心地と
違って空き地も多く、牧歌的な風景が広がっています。

夜になると虫の声やカエルの声が聞こえてきて、バングラデシュの
村で過ごした時間を思い出させてくれます。でも何より気に入って
いるのは、山並みです。夕方、少しずつ山並みが青く沈んでいくに
つれ、山を這うように広がる町に一つずつ灯りがついていく様子は
本当に美しく、部屋の電気を消して眺め入ってしまうほどです。

では少しだけ風景のお裾分けです。

P4110004.jpg

灯りの下で暮らす人々の生活を想像しながら、これからのネパール
滞在のなかで少しでも多くその姿に触れて見たいと思っています。

それではまた、ナマステ(さようなら)。

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藤崎駐在員藤﨑文子
(ふじさきゆきこ)
ネパールに2006年2月から赴任しました。よろしくお願いします。

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