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藤﨑職員
2010年05月06日
今朝、日本に帰国した。
昨日早朝(5時過ぎ)、ホテルのフロントからの電話で起こされ、6時半頃来たツーリストバスで空港に移動。7時前だというのにカトマンズの交通の要所にマオイスト支持者が集まってプログラムを始めていた。
<写真:某ホテル前に集まる旅行客2010年5月5日朝6時過ぎ>
バスで私の隣に座ったのはニュージーランドの青年。カリタスという国際NGOのドキュメンタリーフィルムを撮影するために3名でネパールに来たという。パタン内の別のホテルに宿泊していたが、ツーリストバスが早朝来るという噂を聞いて、撮影器具を運搬する人手を雇って私の宿泊するホテルに向かって歩いていたところ、ツーリストバスに拾われたという。
<写真:タパタリ付近でマオイスト支持者が終結しているところ、ツーリストバスの車窓から>
私のフライトは午後1時過ぎだったが、日本人観光客と話をしたりしていたらあっという間にチェックイン時間になった。あとはすべて順調に進み、バンコクに到着、数時間の待合を経てバンコクから成田へ。私の立ち振る舞いが怪しかったのか、持っていた荷物の量が一人にしては多かったのか、税関では荷物をX線検査にかけられたもののあとは再び順調にことが運び、無事自宅に到着した次第。
バンコクまでのフライトでは元協力隊員という青年と隣あわせになって、ネパール談義に花を咲かせたが、日本に帰ってしまえば、ネパールの状況を知る人もなく、昨日までその最中にいたことが遠い昔のようである。
日本に適応するというのはこういう記憶が持つなまなましい、ざらりとした感触を忘れていくことだったなとおぼろげに想い出しながら、もう少しこの思い出に浸っておきたいと思った。
<空港での長期戦に備えて、ホテルキッチンに頼み込んでもらった食パンスライス、空港で買った紅茶、ポテトチップス、小説など
- カテゴリ: 2010年05月06日 20:08 |
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2010年05月04日
今年こそはブログの更新頻度を上げようと思っていたのだが、フィールド出張が重なりあっという間に5月になってしまった。
5月1日メーデーからネパール国内は実質マヒ状態にある。マオイストが党員、支持者を動員してネパール全国でバンダ(ゼネラルストライキ)を継続しているからである。私は、明日ネパールの任期を終えて帰国する予定なのだが、日中店が閉まり交通もマヒしている状態なのである。食料品などを売る店は朝8時までと、夕方6時から8時まで空けてよいことになっていて、交通も夕方6時から8時までの限定でバンダ解除となる。
つまり私は空港へ/からの交通手段がないという、日本に住んでいる人には信じられないような状況に陥ってしまったわけである。4年数ヶ月の駐在を終えた最後の日だというのにである。
それで今夜は事務所近くの4つ(5つ?)星ホテルに逗留することにした。というのはこういう場合、観光客が空港で足止めをくらわないよう政府がカトマンズ内の主要ホテルをまわる、いわゆるツーリストバスというのを運行するので、私もそれに乗ってなんとか明日空港へ向かおうと考えているからである。先ほどチェックインした時、レセプションで確認したが何時にバスが来るかわからないので朝7時には出発できるよう準備をしておいたほうが良いと言われた。飛行機の出発時刻は1時過ぎなので、もしかしたら何もない空港で4,5時間待たなくてはいけないかもしれないが、空港にたどりつけず乗り遅れるよりはましと思うしかない。
私の大家さんはもとイギリス傭兵(いわゆるグルカ兵)で、現在フランスで仕事をしている。1ヶ月ほど休暇で帰ってきていた大家さんも今日出発の夕方だった。タクシーが走らないので、自転車で甥に送ってもらおうと考えていたようだが、今日は自転車すら通さないほど厳しいらしいと聞いて、結局知り合いに頼んで救急車を手配し空港にむかった。救急車は病人を病院に運ぶためのもので、これは本体の目的とは外れている。それを承知で救急車を利用せざるを得なかった大家さんを私は責めることはできない。
ネパール駐在最後の夜は、万感迫るものがある。
- カテゴリ: 2010年05月04日 22:10 |
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2010年04月08日
4月1日付で白幡職員へ事務所長権限を移譲したのだが、結構まだ仕事があってお気楽な身分にはなりきれていない。明日からは引継ぎの一環として13日まで西部平野地域への出張があり、18日夜にはチトワンのプロジェクト評価のため東京から中田理事と勝井職員が訪ネ予定なのだ。
明日からの出張は、かつてシャプラニールが実施していたカマイヤ支援関連のプロジェクト地を訪問、元カマイヤやカムラハリを支援するNGOや国際機関からの聞き取り、この地域に特有な問題について情報収集をするというのが大きな目的である。ネパールガンジには、2008年夏までシャプラニールスタッフだったゴパールが別国際NGOスタッフとして駐在しているので、彼と久しぶりに会えるのも楽しみだ。
気になるのは今日、明日と予定されているタライバンダ。マデシ(ネパール平野部に住む人々、文化や言語的には北インドのそれに近い)の政党が主導しているらしく、もしかしたら夕方まで空港から動けないかもしれない。行けばなんとかなるさ、の精神で行って参ります。

写真はどれも2008年1月西部タライ出張時に写したもの。タルーの集落で。
- カテゴリ: 2010年04月08日 17:05 |
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2010年03月31日
昨日、今日、夕方から大雨が降って嵐のような天気だ。さっきまで残業して、残っていたスタッフのバイクに乗せて帰ってきたが、最後に降られてしまった。濡れたチュリダール(足首が細く、クシュクシュとなったスタイル)は脱ぐのが一苦労。足元もドロドロになってしまった。
さて、今日は年度末。ただでさえ仕事が重なる時期に加え、明日から白幡さんにカトマンズ事務所長職を引き継ぐために済ませなくてはいけないものがあって、一日中あたふたとしていた。最後にネパールでお世話になったNGOや個人に挨拶のメールを送って帰宅した。
<写真:先週訪問したナワルパラシにて>
2006年2月にネパールに赴任してから4年と少し。普通はいろんな事に慣れて1年目より2年目、2年目より3年目と上手くできるようになるはずが、最近ますます大変さを増しているのはどういうことだろう。そんな中で交代をするのは本意ではないが、仕方ない。あと1ヶ月ほどはこちらに居て、白幡新所長とフィールド訪問やプロジェクト評価をしてから帰国の予定だ。それまではブログもぼちぼち更新していくつもりなので、いましばらくお付き合いを。
- カテゴリ: 2010年03月31日 20:08 |
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2010年03月15日
先週の土曜日、シャプラニールカトマンズ事務所とパートナーCAPCRONとピクニックに行ったことは白幡駐在員のブログで紹介されている。しかし、酒好き数名が持参したウィスキーとワイン等を飲んで昼間から大騒ぎしたことは書かれていない。私も帰国までにこういう機会もないかと思うと、勧められた酒を断るにはしのびなく、結構いい調子で飲んでマシタ。
日本酒のボトルを手に、ためつすがめつ見ながら「ねえ、これ(ラベルを指して)ネパール語で何て言うの」とCAPCRONスタッフに聞かれたので間髪いれず「ロキシー(ネパール語でお酒のこと)!」と答えたら、腹をよじって笑われた。酔いの醒めた頭で考えても文法的には間違ってないのだが、いわゆる酔っ払いのツボにはまったということなのだろう。
写真(上):左よりスリジャナ、ニルマラ、マンカラ/(下):皆の前で歌う羽目になって悩むワタクシ
さて、(お酒もなくなり)ピクニックの片付けをしていた時のこと。CAPCRONスタッフ二人が近くにやってきて私に話始めた。
「かなり前の会議で、弱腰な目標設定をする私たちに『目標は高く掲げてこそ意味があるんだ!出来なくてもいいから、自分たちがやりたいと思うことを言ってみなさい』ってハッパかけたでしょ。あの言葉が忘れられないんだよね。目からうろこが落ちた気がしたのよ。」
「うん、印象深かった。この先も仕事をするたび思い出すだろうな。本当にありがとう」
そして酔っ払い三人はひっしとハグした(抱きしめあった)のでありました。
プロジェクトではうまくいかない事、苦労や悩みがもたくさんあるが、一昨日のようなことがあるとすべて帳消した上に、お釣りまでもらったような気分になる。これこそ現場にいる醍醐味というものか。もちろん、目からうろこが落ちたというその瞬間から状況が改善されるわけでもなく、日々地味な努力は続くのだが。
- カテゴリ: 2010年03月15日 17:05 |
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プロファイル
藤﨑文子(ふじさきゆきこ)
ネパールに2006年2月から赴任しました。よろしくお願いします。













