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風物・習慣
2008年10月18日
ダッカに戻った14日、空港から家に着いてテレビをつけたら「チャンネル i」で名物レポーター&ディレクターのシャイク・シラーズ氏がコタリパラからボートレースの中継をしていました。カヌーを長くしたような長いボートにはくじゃくなどのオブジェの飾りつけがされ、数十人の漕ぎ手の真ん中あたりには太鼓をたたきながらリズムを取る人が乗っていて、岸辺で声援を送る観客もたいへんな数。なかなかの盛り上がりです。

この「ノウカ・バイチ」と呼ばれるボートレースはベンガル地域で伝統的に行われているお祭りのひとつで、雨期の後半にあたるベンガル暦のバッドロ月(8月中旬~9月中旬)からアシン月(9月中旬~10月中旬)の間に各地で行われます。今年は9月がまるまる断食月にあたっていたので、イード明けの今頃に実施されるところが多かったのかもしれません。(写真はバングラペディアのBoat Raceの項から拝借したもの。だいぶ古い写真みたいですね)
英字紙Daily Starを購読すると週末についてくるStar Magazineの今週の特集もこの「ノウカ・バイチ」。クルナのルプシャ川で大規模に行われたボートレースの様子が写真入りでとりあげられています。ルプシャではここ2年ほど、携帯電話会社大手のバングラリンクがこのイベントのスポンサーになっているそう。
こういった伝統的なボートレースや村芝居などは以前はどこでも当たり前にみられたようですが、だんだんと姿を消しつつあります。シャプラニールの昔からの活動地のひとつであるマニックゴンジ県ギオール郡あたりも、かつてはさかんにボートレースやホース(馬)・レースが行われたといいますが、最近ではほとんどみられなくなってしまいました。クリショク・メラと呼ばれる収穫を終えた後の農民たちのお祭りも最近ではめっきり少なくなりました。
テレビなどの娯楽が増えたことや、稲作が乾期の灌漑稲作中心に変わって収穫を祝う時期がずれたことなど、いろいろ理由はあるようですが、伝統的なお祭りが廃れていくのはさびしいものです。そんな中で「チャンネルi」のシャイク・シラーズ氏はクリショク・メラやボートレースなど農民・漁民たちの間に伝わる無形の伝統文化の保存・復興にも熱心です。
長いボートに数十人が乗り込み、速さを競うボートレースはなかなか見応えがあり、観客も集まるので、いくつか今も盛んな地域があるようです。ルプシャのレースのボートは150-200フィートといいますから、45-60メートルもの長さ。それに70人が乗り込んで全力で漕ぐ様は相当な迫力でしょう。私もまだ生で見たことがないので、ぜひ目の前で見てみたいものだと思います。クルナのルプシャ川はサイクロンの緊急救援や復興支援でバゲルハット県に向かう途中、何度も渡った川。あそこでやってたんだなあ。見たかったなあ。
伝統的なお祭りが消え行くバングラデシュでせめて生き残ってほしい、ボートレース。バングラデシュから川や土の匂いがするお祭りがなくなってしまったら、つまりません。
- カテゴリ:文化 2008年10月18日 17:05 |
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2008年09月05日
夕方自宅でパソコンに向かい、会報の特集原稿書きに苦しんでいたら、ジリリン、と家のベルが鳴りました。出てみたら昨夜私が家に招きいれもせずに追い返してしてしまったお隣さんちのお手伝いさんが、お皿に乗せたイフタールを持って立っていました。ちょうど6時10分、あと数分で断食明けを知らせる日没のアザーンが聞こえる、そんな時間です。
私が住んでいるフラットは1フロアに向かい合わせで2軒ずつ、4世帯が入っているつくりで、うちの向かいの家が以前このブログにも書いたお手伝いの少女ナシマがいたアメリカ帰りの若いビジネスマン夫妻の家、今回のこのお隣さんは玄関を出て左の隣です。30代前半ぐらいのご夫婦と6歳、4歳、1歳の女の子3人。旦那さんはテキスタイル・デザイナー、奥さんのファテマは今のところ主婦だけど、いつかNGOで仕事をしたい、という気持ちを持ち続けている人です。きのう私が「明日も家で原稿書きしなきゃいけない」と言ったから、ファテマは気をつかってイフタールだけ届けてくれたようです。そういえばファテマはショベ・バーラトの日にも差し入れしてくれたんだった。
ファテマのイフタールは2種類の揚げ物とターメリックで黄色く色づけたご飯、豆、わずかにご飯でとろみをつけたダールのスープ。ピンクの花模様のお皿に乗せたイフタールはとてもきれいでおいしく(せっかくなのでアザーンが聞こえるのを待って食べました)、食べ終わってしまってから「写真を撮っておくんだった」と後悔。
しばらくしてから、洗ったお皿を返すのと一緒に、買い置きしていたりんごジュース1パックと絵が可愛いと思って前に買った「ラマダンの祝福」という英語の絵本を持ってお礼に行きました。玄関から玄関へは7歩の距離。
「ゆうべはごめん」と謝ったら、「そんなのいいのよー。うちの子がどうしてもあなたんちに行くんだってうるさかったもんだからね」と気さくなファテマ。ジュースと絵本を渡したら「こんなことしないでいいのに...」と言いつつ喜んでくれました。
ファテマのお連れあいも出てきて彼らの居間でお喋り。「今どんな仕事してるの?」と彼に聞かれて説明していたら、使用人として働く少女のプロジェクトに興味を持ってくれました。「何か女の子たちに手仕事を教えられるといいよね。ぼくはテキスタイル・デザイナーだから、役に立てることがあったら言ってね」と真っ直ぐこちらを見て言ってくれました。「夕方家にいるときはうちにイフタール食べにおいでよ。きっとだよ。」とファテマ。
ロクに家にもおらず、あまりつきあいのよくないガイジンの私に親切にしてくれる隣人たち。本当にありがとう。あなたの家庭にますます幸せが来ますように。
- カテゴリ:風物・習慣 2008年09月05日 22:10 |
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2008年09月05日
9月2日からラマダン(断食月)に入り、今日が最初の金曜日。本当だったら今頃バンドルボン出張に行っているはずだったのですが、この仕事の担当スタッフの家族が入院したため、急きょ延期に。実現していたら18日間連続勤務、その間週末を潰して2~4泊の出張3回、というヤケクソみたいなスケジュールになるところだったので(ってこういう日程を立ててるのは自分だけど)、家で休めてちょっとほっとしています。でもこれでバンドルボン行きが遠のいてしまったなあ...。
去年の今頃、「今回はきっと駐在中最後のラマダンだからちっとは断食してみるか...」などと書いていたのですが、なんのことはない、またラマダンが巡ってきました。この時期、夕方6時すぎごろウロウロしていると、住んでいるフラットの管理人さんやご近所さんも「イフタール(断食明けの食事)食べていきなさいよ~」と誘ってくれます。実にオープン。
昨夜、8時ごろひとりで夕食を作って食べていたら、「ジリリン」と家のベルの音がして、玄関に出たら同じフロアの家の小さな女の子が。ドアの隙間から家の中に入って来ようとします。その子のお母さんも一緒に来て、「今日イフタールの時間にいるかなと思ってベル押したんだけど帰ってなかったよね?うちの子あなたとお話したいんだって」と。
バングラデシュ人だったら疲れていようが、寝巻き姿だろうが、「どうぞどうぞ」と招きいれて、お茶のひとつも出したでしょう。ラマダン中なのだから尚さら好意的に。
でも、昨夜の私はダメでした。先週末もボリシャル出張で休んでなかったし、疲れて早くひとりで休みたかったんです。で、「ごめん、また今度...」と迷惑そうな顔をしてしまいました。
その後ひとしきり自己嫌悪。わたしゃーなんて冷たいんだ。せめて子どもには愛想のいい一言でもかけてあげるんだった...。でも東京育ちの私としては、ようやく明日は久々の休みという疲れた夜、寝巻き姿でテレビ見ながらご飯食べてるときに、自分のプライベートな領域にいきなり入って来られるのはやっぱり辛かったりします。余裕がある日ならいいんですけどね。
バングラデシュの人だったら、疲れてたって、玄関口で迷惑そうな顔なんかまずしないでしょう。寝巻き姿だろうがご近所さんなんだから気にせず、「まあ入ってよ~、こんな格好でごめんね~。今ご飯食べてたとこだけど」と招きいれるでしょう。
こういうとき、底抜けにオープンなバングラデシュの人たちのホスピタリティには到底、「かなわない...」と自分の度量の限界を感じます。
- カテゴリ:風物・習慣 2008年09月05日 19:07 |
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2008年08月16日
今夜はショベ・バーラト。アラビア語ではライラ・アルバラーアというそうです。ラマダン(断食月)が始まる前の満月の夜、ムスリムの人々にとっては聖なる夜です。バングラデシュでもムスリムの人々は一晩中礼拝をしてこの夜を祝い、翌日は亡くなった親族のお墓参りをします。甘いお菓子やパンをつくって、貧しい人たちに分け与えたり、断食をしたりもします。今日は朝から近所で牛を捌いている人を見かけました。午後にはお線香かロウソクのようなものを売っている屋台も出ていました。
先ほど見たテレビ中継では、国立モスクで祈りをささげる男性たちにインタビュアーが「何をお祈りしていますか」と尋ね、おとなたちは「来年安心して暮らせるように」「平和を祈りました」、子どもたちは「勉強がよくできるように」などと答えていました。
お墓参りをするというのでムスリムにとってのお盆みたいな日なのかなと思っていたら、ちょっと(かなり)ニュアンスが違いました。今夜は聖なる「祝福の夜」であると同時に、アッラーが生ける者すべての来年の運命を決める「布告の夜」なんだそうです。誰が生き、誰が死ぬのか。誰が罪に問われ、誰が許されるのか。そういったことが毎年この夜、神に決められるのだと。それでは確かに夜を徹して祈らずにはいられませんね。
私のバングラデシュ駐在の日々はいつまで続くのか、あとにどんな人が来るのか、来年どんなことがあるのか、そんなこともアッラーは今夜決めるのかな。
アッラーよ、どうか悔いのない日々を過ごさせてください。人々に役立つよい仕事をさせてください。離れて暮らす家族をお守りください。よい後任をみつけてください。バングラデシュにも、日本にも、他の国々にも大きな災害が起こりませんように。
イスラム教徒ではありませんが、思わずおごそかに祈りたくなる夜です。
参考文献:「イスラームを知る32章」ルカイヤ・ワリス・マクスウド著(明石書店)
- カテゴリ:風物・習慣 2008年08月16日 23:11 |
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2008年04月14日
今日はベンガル新年、ポイラ・ボイシャキで休日。パソコンや携帯のメールで、「Shubha Nabhabarsha!(新年おめでとう)」のメッセージが飛び交っています。私の家の近所は学校が多いこともあって、外は朝からパレードや音楽行事などでにぎやか。太鼓を打ち鳴らし、張りぼての動物や幟のようなものをもった行列が家の前を何度も通っていきました。

(写真=家の前を通っていったワニの張りぼて。でもなんでワニなのかなあ)
ほんとならちょっと外出して新年の賑わいを楽しんできたいところですが、私は風邪をこじらせてボロボロ。頭も重いし、食べ物の味もよくわからないから食欲もないし。5分おきにビービーと鼻をかみ、ビタミンCをとろうとひたすらオレンジジュースばかりを飲みつつ、ベッドの上で新聞の「ベンガル新年特集」と池波正太郎の「鬼平犯科帳」を交互に読んでいる状態。まさに寝正月、ですね...。
ベンガル正月の前日にはよくあることですが、昨夜は雷が鳴り響き、激しい風雨で家の窓がガタガタ揺れました。11月のサイクロン以来、こういう暴風雨が来ると飛び起きてしまいます。昨夜は幸い短時間で収まったようですが、収穫を目前にした稲がやられたところはないか気になります。
- カテゴリ:風物・習慣 2008年04月14日 17:05 |
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2008年01月26日
昨日もお伝えした年に一度のイスラム教徒の大集会、ビッショ・イジュテマですが、冷たい雨の続く悪天候のため少なくとも3人の死者が出たため、日曜日に予定されていた締めくくりのお祈りを金曜の夜のうちに終え、1日で終了することになりました。
こんなことはビッショ・イジュテマ始まって以来だそうですが、これ以上お年寄りの巡礼者が亡くなったりしたら大変ですもんね。
ほんとバングラデシュにしては、ここ数日は寒い。私は今日一日腰にホカロン貼ってました...。
- カテゴリ:風物・習慣 2008年01月26日 23:11 |
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2008年01月25日
メッカへの巡礼、ハッジに次ぐ世界第2規模のイスラム教徒集会といわれる「ビッショ・イジュテマ(Biswa Ijtema)」が、ダッカ北方トンギ地区の河原で今日から始まっています。今年は本日1月25日から27日までの3日間。少なくとも世界58カ国から約300万人が集う見込みと言われています。
先週、マイメンシン県に出張したとき、会場の脇を通ったけど、すでにこの数百万人の人たちが集ってお祈りするための巨大なテントが用意されていました。でもほんとーに何にもない、だだっ広いだけの河原なんですよね。なぜここが聖地に選ばれたのかしら。
今朝の新聞記事によればセキュリティにあたる警察官や軍人など、治安部隊の人数だけでも12,000人。ほんとは今日、サイクロンで延期になっていたダッカ日本人会の運動会が予定されてたんですが、このビッショ・イジュテマに警官がみんな行っちゃって、運動会の警備には人を出せないということでまたまた延期になっています。この記事によると開始2日前の水曜日だけですでに53人のスリを捕まえたそうだけど、スリってそんなに早くからスタンバイしてるものなのか。
ビッショ・イジュテマの3日間、空港あたりから会場付近までのエリアはほとんど車の通行は不可能になります。とくに最終日の終了直後は参加者が大挙して移動するため、列車は屋根の上まで鈴なり、道路も歩行者であふれて大変なことに。この間、とくに初日と最終日はダッカより北方向への出張や、空港に行くことは避けるのが賢明です。
今日はこの冬一番の冷え込みの上、冷たい雨が降り続いて最悪の天候。会場となった河原もぬかるんでドロドロになっていて、巡礼の人たちはたいそう苦労しているようです。病人もかなり出るかもしれません。
世界各地からはるばるトンギの河原まで巡礼に来た人々の祈りがアッラーに届きますよう。
- カテゴリ:風物・習慣 2008年01月25日 20:08 |
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2007年09月18日
今月14日の金曜日から断食月(ラマダン)がスタート。今年は聖なる断食月の初日がお祈りの日である金曜に重なったので、この金曜日はどのモスクもお祈りの人々で大層にぎわっていたようです。
私にとっては赴任後3度目にめぐってきた断食月。今年は少しは断食してみようと思い、初日、日の出から日没まで食べずにいてみました。日ごろよく食べているので、食事をがまんするだけなら少々お腹はすくもののどうということはないのですが、水を飲まないのはかなりキビシイ。この暑い中、汗もかくし、水分をとらないと血液ドロドロになっちゃいそうなので、水は飲んでいいことにしようと勝手にルールを緩めました。イスラム教徒の皆さまからみればずいぶん軟弱な断食でしたが、それでも断食明けに食べた食事はおいしかったです。毎日する気はないのですが、ダイエットのため週末だけこの水分OKの軟弱断食をちょこちょこやろうかなと思っています。
写真は近所のモスクに出ていたイフタールの屋台。イフタールというのは断食明けの食事のことです。日没時のアザーンの声がモスクから聞こえてくると、それがその日の断食が明けるサイン。イスラム教徒はこの時間が来ると、皆、とるものもとりあえず水をのみ、家族でイフタールを楽しみます。イフタールは皆で分け合うことになっているので、貧しい子どもたちが袋を持って店などを回り、イフタールの残りものをもらっている姿もよく目にします。
断食月中は皆イフタールの時間までに家に帰るので、終業時間も1時間ほど早くなります。そのかわり、昼休みは30分のみ。イスラム教徒のスタッフはお昼を食べないので、駐在員とヒンドゥー教徒、キリスト教徒のスタッフだけが、ささっと食事します。断食月中一度は、わが事務所でもささやかなイフタールパーティをするつもり。その日は私も水も飲まずに完璧な断食をしようと思っています。
- カテゴリ:風物・習慣 2007年09月18日 23:11 |
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2007年09月15日
雨季も後半のこの季節になると"ものもらい”が流行り、目を赤くしている人が多くなります。我が事務所でもスタッフが順番に目を腫らし、感染するから...と数日休んだりしています。私や小嶋駐在員は今のところ無事ですが、今ひどい状況なのは雑用係のトゥトゥール。両目がほとんど開かない状態で悲惨です。
ここの人たちは皆(かなり教育のある人でさえも)、ものもらいは目をこすった手が触れたり同じタオルを使ったりして感染るだけでなく、「3度目と目を合わせると感染するから目を見ちゃいけない」などと言うんです。ウイルスが目から目へピューっと直接飛ぶイメージらしい。だから目が見えないように、とものもらいになった人は色の濃いサングラスをかけています。「見たからって感染するってもんじゃない」と私は主張しているのですが、あんまり受け入れられません。トゥトゥールも今黒いサングラスをかけてチンピラみたい(笑)。まあ、目の腫れた顔は人に見せたくないし、人の腫れぼったい目を見るとこっちの目も腫れてくるような気がする、というのは気持ちとしてはわかりますけどね。
スタッフの話によると、1971年の独立直後の洪水のあと、バングラデシュ人の9割以上がものもらいにかかった時期があったそうです。みんな一様に目を腫らしていたとか。その頃は今よりもっと栄養も悪かったでしょうし、衛生面の状況も悪かったので、あっという間に広がってしまったのでしょう。
洪水で汚水が溢れることがしょっちゅうのバングラデシュでは、皮膚病、眼病、下痢は今も多くの人が悩まされる病です。
- カテゴリ:風物・習慣 2007年09月15日 14:02 |
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2007年08月30日
今日はショベ・バーラトというイスラム教の祝日で、政府はじめたいていの事務所はお休み。でも年度始めにつくった休日リストでは我が事務所は出の日にしておいたところ、朝のミーティングでスタッフの一人が文句を言い始めました。
「今日はイスラム教徒にとって重要な祝日。みんな休みなのにうちの事務所だけ出にするなんて!」
このスタッフは卒業した大学もイスラム系だし、事務所の中でもっとも敬虔なイスラム教徒なので、いつも休日リストをつくるときには、彼に意見を聞いています(実際にリストをつくるのは、ヒンドゥー教徒の総務担当と所長の私)。今年の分をつくるときもちゃんと相談して決めたのに、彼は覚えていない様子。
ショベ・バーラトの夜(前夜)は、敬虔な信者は一晩中起きていてお祈りをしたり、日中は断食をしたりします。夜中お祈りしていた人には、確かに翌日(イスラムの暦では1日は日没から始まるので、翌日といってもイスラム暦上は前夜と同じ日)に出勤するのはきついはず。それぐらいは私も知っていて休日リストをつくるとき確認したけど、それでも彼はこの日は出にしても大丈夫、と言ったはず。
口火を切った彼の言葉に乗っかって、他のイスラム教徒のスタッフも何人か「そうだ、今日はだいじな日だ」と援護射撃。ヒンドゥーのスタッフも、「そういえば今までショベ・バーラトが出勤日だった記憶はないな」などと言い出す始末。でもなんで今朝になって言うわけよ?休日リストをつくって配布してから9ヶ月もたっているんだぞ。もっと前に言ってくれれば他の休みと入れ替える方法もあったかもしれないけど、その日の朝出てきてから言ったってしょうがないじゃないか。
シャプラニールの規則では、金・土の週末休み以外のダッカ事務所の年間休日は20日間と決まっています。バングラデシュの国民の休日はもっとたくさんあるので、全部を休みにするわけにはいきません。また、ダッカ事務所の宗教別スタッフ構成は、現在イスラム教徒6名、ヒンドゥー教徒2名、キリスト教徒3名。このすべての宗教の休日に配慮しなければなりません。
毎年同じ日が休みなら簡単なのですが、ややこしいのは、年に2回のイードなどイスラム教の休日がイスラム暦を元にしているため、年々10日ぐらいずつ前にずれていくこと。通常はそれほど問題はないのですが、今年はたまたま前の犠牲祭のイードが年末年始にかかったため、1月から12月の間にイード休みが3回入ってくることになってしまいました。大型連休となるイード休みを削らないためには当然他の休みを削らなければなりません。それでめったに削ることのないショベ・バーラトの日が今年は出勤日になってしまったのでした。
スタッフ皆に気を遣い、事前に根回しもして休みを決めているこちらとしては、休みの当日になって「今日が休みじゃないのはおかしい、相談されてない」などと言われると腹が立ちます。つい、朝から「当日になって言われたってどうしようもないでしょうが!わたしゃちゃんとあなたたちの意見も聞いて決めたんだ。文句言うならもっと前に言いなさいよ!」と大きな声を出してしまいました。
朝はしばらくプリプリしていた私ですが、お昼時、プログラム・アシスタントのイルシャト(イスラム教徒)が自宅でつくってみんなのために持ってきたというハルワ(ショベ・バーラトのときに食べるお菓子。かぼちゃや人参などを使っていてやさしい味がする)を食べて、機嫌を直しました。イルシャトおいしかったよ。ありがとね。
- カテゴリ:風物・習慣 2007年08月30日 16:04 |
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2007年04月28日
この季節、バングラデシュでは雷がよく落ちます。日本でもゴルフ場などで人が雷に打たれる事故がたまにありますが、平らな大地が広がるバングラデシュでは、畑や田んぼで農作業中の人や、屋根に上がっていた人の上に雷が落ちてしまうことが多々あります。
今朝新聞を見ていたら、昨日バングラデシュ南西部のシャトゥキラ県で、田んぼで農作業をしていた人たち13人が雷に打たれ、病院に運ばれたが全員重症、という記事が載っていました。
それを読んで思い出したのは先週昼休みにダッカ事務所のスタッフから聞いたちょっと不気味な話。
スタッフA 「農村部の田舎ではね、時々雷に打たれて亡くなった人の遺体が盗まれることがあるんだ」
私 「遺体が?! 何のために?」
スタッフA 「んー、よくわからないんだけどね、雷に打たれると人間の身体の何かが変化する、という迷信があるらしいんだ。とくに脳みそが。」
私 「で、でもなんで盗むわけ?盗んでどうするわけ?」
スタッフA 「うーーん、それは僕にもわからないんだけど、盗まれるのは人間なんだ。牛とか山羊が雷に打たれてもべつに盗まれないみたい。」
私 「(半信半疑で他のスタッフたちに)ほんとなの、それ?みんなそんな話聞いたことある?」
スタッフB 「ある」
スタッフC 「僕もある」
スタッフD 「私もある」
その場のスタッフ全員「でも盗んでどうするのかはわからない」
私 「うー。(ますます混乱)」
農村部では病気になった人が借金して多額の治療費を払ってでも地方都市の病院まで行く、というケースがかつてに比べてずっと増えている一方で、今でもいろいろな迷信があるようです。人々に話を聞くと、症状によって、こういう場合は病院、こういう場合はコビラージュ(祈祷師)と使い分けているらしく、その判断基準は話を聞いてもどうもよくわかりません。彼らにとっては明確なものがあるらしいのですが。
雷に打たれた人については、アッラーの怒りに触れたのだ、と忌み嫌われる場合もあるそうで、こっちはまだ理解可能。でも遺体が盗まれるっていうのは気持ちワルイ。雷に打たれるとどうなるっていうんだろう?
今度村人と話をするとき、そんな言い伝えがあるかどうか聞いてみましょう。笑われるかもしれないけど。ついでに日本では「雷様におへそをとられる」という話があることも教えてあけましょう。
- カテゴリ:気候、自然、環境 2007年04月28日 15:03 |
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2007年04月14日
明日4月14日はベンガル暦のお正月。だからつまり今日は大晦日。近くの女子カレッジの校庭で新年の文化イベントが行われているようで今日は昼すぎからずっと大音量の歌とタブラーやハルモニウム、バンスリなどの楽器の伴奏が聞こえています。年越し音楽祭という感じ。大晦日だから近所で紅白歌合戦をやっていると思えばいいのかな。
去年もそうだったけど、こういうときに独りでいるのは寂しい、というかつまんないですね。休みの金曜日で大晦日だというのに私が今日家でやっていたことといえば、新聞を読んでブログを書くこととまだ見てなかったホラー映画のDVDを観ること(続けて2回も観てしまった)。暗い...。
今年こそは赤と白のサリーを買って友達誘ってベンガル新年のイベントに行くぞ、と思っていたのですが、先月イスラム過激派JMBの爆弾犯人6名が処刑され、その報復テロがベンガル新年を狙ってあるかもしれない、という物騒な警告も出ていて人ごみの中に行く気もせず、今年もテレビ正月になってしまいそうです。まあ出かけたら出かけたで、あちこち交通規制もあって大変ですしね。
TVニュースでは日本の大晦日さながらに市場の生鮮市場で買い物をする人たちの様子が映り、新巻鮭ならぬバングラデシュの国魚イリッシュ・マーチの値段が、大きいもので一尾3千タカ(約5千円)にまで吊りあがった、とレポートされていました。確かに立派なイリッシュだったけど、ちょっと常識では考えられない高値です。ベンガル新年には素焼きの器でご飯の水漬けとイリッシュマーチを食べる、というのが定番らしいのですが、こんなに高くちゃ誰が買うんだろう、と思います。買いものに来た男性が「イリッシュを買いに来たんだけど、こんなに高いんじゃ山羊一頭買ったほうがいいよ」と言っていました。私もそう思う...。
もうあと20分で年明け。1年を振り返りつつビールでも飲むかな。
- カテゴリ:文化 2007年04月14日 02:02 |
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2006年12月04日
昨日、コトン、という感じで気温が下がりました。朝の通勤時、前日までと同様の夏服だった私は、ちょっと薄着だったかなと思いつつも、リキシャですれ違う人々があまりに大げさな冬服姿なのを笑っていたのですが、事務所で仕事をしているうちにだんだん寒くなり、喉が痛くなってきました。いやはや、笑われるべきは私だったのでした。
ダッカ事務所スタッフの中にひどい風邪引きが2人いたので(1泊出張で農村パートナー団体の事務所の宿舎に泊まったら隙間風がひどく寒かったのだとか)、彼らからうつったのかもしれません。週末休んでなくてやや疲れ気味だったのもまずかったかも...。
結局夕方にはこちらもすっかり鼻声の立派な風邪引きになってしまいました。
喉が痛いのには、大根を刻んだものに蜂蜜をかけてそのおつゆをすくって飲んだらなんだか少し効いたような感じ。あとはあったかいものを食べて風邪薬を飲んでひたすら寝るのみ。
私は滅多に熱を出すことはないので、今回も1日寝ればなんとかなるでしょう。
熱を出すと、バングラデシュでは仰向けに寝た人の頭だけベッドからはみ出させ(または椅子に座らせてぐっと上を向かせ)、下にバケツを置いて、額の上から水を手桶でざーざーかける、というかなり大胆な熱冷まし技が一般によく行われています。とにかく早く高熱を下げなければ、というときにはけっこう有効なようです。
昔住んだことのあるインドネシアでは、コインで肩や背中など、身体が真っ赤になるまでひたすら擦る、という民間療法もありました。私はやってもらったことはないけれど、試した人に聞くと、これも熱冷ましに不思議と効く、という話でした。
明日から3日間、東京とカトマンズからの出張者三人を迎えて初の駐在員合同会議。風邪はなんとか今日中に治したいもの。会議中のお茶はこちらで「アダチャ」と呼ばれる生姜入りのお茶にしてもらおうっと。
あと今夜試すべくは...卵酒かな。
- カテゴリ:風物・習慣 2006年12月04日 17:05 |
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プロファイル
藤岡恵美子(ふじおかえみこ)
2009年9月に駐在を終えてダッカから帰国しました。現在「全国キャラバン」で、北は北海道から南は九州まで全国行脚の講演会実施中です。













