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2009年02月一覧
2009年02月26日
昨日お伝えした発砲事件は、その後も反乱を起こした国境警備隊(BDR)兵士たちが立てこもりを続け、今日は一時かなり緊張が高まり、軍とBDRが衝突する最悪の事態になるかと思われましたが、とりあえずそのシナリオは回避されました。
昨日、首相との会談でいったん事態が収束すると思われたところ、午後からまた激しい銃撃戦が勃発。銃撃は今朝になっても続き、ラッシャヒ、シレット、バンドルボンなど全国各地のBDR拠点でも反乱が起きていることが伝えられました。その後、今日午後2時すぎ、シェイク・ハシナ首相がBDR反乱メンバーと国民に呼びかける形でTV演説を行いました。内容は「あなた方の兄弟たちの血を流すのはおやめなさい。今からでも投降すれば恩赦を与えます。BDRの問題について解決するための委員会もつくりました。平和に解決できるよう政府は努力しています。しかし協力しなければより強硬な行動に出るしかありません」といったもので、かなり情緒的に語りかけるような演説でした。
その後もしばらくBDR反乱グループが投降する様子がなかったため、軍は攻撃に備えた体制を敷き、BDR本部の周囲3キロから一般市民は立ち退くように、という呼びかけもされました。私や内山さんの自宅もその範囲内に入ってしまうので、いったん家に帰り、着替えなどを持って一応モハマドプールの事務所に避難。私たちの自宅の目と鼻の先のダンモンディ27番通りからダンモンディ側は完全に立ち入り禁止になり、私たちがよくリキシャに乗って行き来しているシャート・マスジッド・ロードを戦車が走る、という非常に緊張した状況になりました。ダッカとダッカ外の他県との携帯電話のネットワークも不通になり、地方との連絡も取れない状況になっていました。
このまま内戦状態に突入するのでは...と思っていたところ、夜8時ごろ、BDRの反乱グループが武器を捨てて投降し、BDR本部は完全に警察がコントロール下に置いた、という情報が入りました。今はほぼ事態は落ち着いたようで、ダッカと地方との携帯ネットワークも復活しましたが、地方を含め事件の全貌はまだ明らかになっておらず、いったい合計何人が亡くなったのかもよくわかりません。遺体が確認された死者は8名ということですが、BDR本部内に約150名いた軍の上級オフィサーのうち、いまだに134名が行方不明であり、全員殺されている可能性大、とのことです。現在捜索チームが組織され、BDR本部脇を流れる川などの捜索を行っているそうです。
とりあえず今は最悪の危機は回避したようですが、仲間を殺された軍の兵士たちが「恩赦」におとなしく納得できるのかどうか。これで一件落着というほど簡単にはいかないのではないかと思われます。
まだしばらくは状況を注意深く見守りたいと思います。
- カテゴリ:社会 2009年02月26日 23:11 |
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2009年02月25日
今朝、ダンモンディ南部方面にある国境警備隊(BDR)の本拠地内で発砲事件があり、軍が事態の収拾のため周囲に陣取り、付近への立ち入りを禁止しています。少し前、政府の代表団が国境警備隊本拠地の外からマイクで呼びかけをし、今回事件を起こしたBDRのメンバー数名が出てきて首相官邸に向かいました。シェイク・ハシナ首相は直接このBDRのメンバーたちと話をするようです。
先ほどBDRのメンバーの1人がテレビ局への電話で不満をぶちまけていましたが、どうも軍に対する待遇に比べ、BDR隊員への待遇が低いこと、軍がBDRを押さえ込んでいることが不満の根源としてあるようです。バングラデシュでは軍の特権というのはすごいもので、食糧の配給や住居から始まり、軍人の子弟のための特別なハイレベルの学校やら、車やら、PKOの海外出張やらと、華々しいのですが、国境警備隊員の地位や待遇はだいぶ落ちるらしく、こういった不満を新政権にぶつけたい、ということのようです。
午後外出禁止令が出るかもしれない、という情報もあったので、私たちのダッカ事務所も午後から休みとし、スタッフを皆家に帰しました。家がBDR本拠地すぐ近くの1名は自宅に帰れず、グルシャンの親戚の家へ。折りしも東京事務所から筒井事務局長と菅原職員、カトマンズ事務所から藤崎駐在員と4人のネパール人スタッフが年度末の会議のため出張中でしたが、カトマンズのメンバーもホテルに送り届け、会議もお昼で切り上げになってしまいました。やれやれです。もっとも、こういったことがバングラデシュ以上に多いカトマンズから来たスタッフたちは全然驚きもせず、おっとりしていました。
今のところ外出禁止令が出る事態にはなっていませんが、ダッカ市内のオフィスや学校はほとんど午後は休みになったようです。公立の小中学校は今日はもともと休みだったのでよかったですが、ダンモンディは私立大学の多い地域で、銃撃の危険のため道路が封鎖されてホステルや自宅に戻れなくなった学生が足止めを食っておろおろしているようです。
こういう騒ぎはちょっと久しぶりだなあ。今日中に解決することを期待していますが、どうなるやら...。
- カテゴリ:社会 2009年02月25日 19:07 |
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2009年02月10日
ダッカで実施している「家事使用人として働く少女たち」支援活動では、ダッカ市内に3つのセンターを設置し、そこで少女たちが読み書き・計算や家事の基本のトレーニング、保健衛生や栄養について、性被害にあわないためにはどうしたらいいか、などについて学び、歌や踊り、お絵描きなども習っています。
今日はその3つのセンター合同の運動会&文化祭で、計約70名の少女たちがパイクパラ・センターに集まり、午前中はパイクパラ公務員住宅内のグラウンドで運動会、午後はセンター内で歌や踊り、ゲームなどの文化祭を楽しみました。
私は残念ながら他の仕事が色々詰まっていて、参加したのは終わりの1時間ぐらいでしたが、普段は別々のセンターに通う少女たちが皆打ち解けて、本当に楽しそうにしているのを見て嬉しく思いました。少女たちが披露した歌や踊りのレベルも予想以上に高くてびっくり。たいしたもんだ。相当練習したんでしょうね。
とくに今回よかったのは、コライル・センターに通う少女たちの雇い主の女性たちが数人少女たちと一緒に参加してくれたこと、そして新聞記者が取材に来てくれたこと。私たちが現地NGOのPhulkiを通じて運営するセンターは今は3つ。ここに通える少女たちの数は限られますが、バングラデシュ全国には何十万人もこういった家事使用人として働く少女たちがいます。なんとか社会にもっと大きなインパクトを与えるために、メディアへの働きかけを行ってきたところ、最近、少しずつ新聞や雑誌に記事を載せてもらえるようになってきました。今日来てくれたベンガル語紙の記者は若い男性でしたが、他にはない活動だとかなり関心を持ってくれ、フィーチャーとして大きく載せられるよう努力する、と言ってくれました。
今度はテレビだな、と思っています。これまで約3年続けてきた活動の中で蓄積してきた経験をもとに、これからどんどん発信していかなければ。
今日は内山駐在員がかなりビデオで動画を撮ってくれたので、そのうち何らかの形でウェブ上でもご紹介できると思います。

1日のプログラムを楽しんだ少女たち。友だちに囲まれて1人の子どもとして過ごせる、こういう時間をもっともっと増やしてあげたい。
- カテゴリ:都市での活動 2009年02月10日 23:11 |
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2009年02月09日
ノルシンディ県のパートナー団体、PAPRIのナラヤンプール事務所に一泊二日で来ています。来年度以降新たに3年間PAPRIと一緒に実施する予定の活動のPDM(プロジェクト・デザイン・マトリックス)づくりをPAPRIのスタッフたちやダッカ事務所から参加の2人のスタッフも一緒に夜9時までがんばり(でもまだ終わらず明日も続行)、晩御飯を食べて水浴びをしてあとは寝るだけ、というところ。
ダッカではもう寝るとき毛布も要らないぐらいの暖かさで、たまに扇風機を回したりさえするぐらいなのに、ここはまだ寒いです。今夜綿布団一枚で寝てる間に寒くならないかなあ、と心配なぐらい。今、部屋の中ではフリースの上着を着ています(寝るときも着て寝よっと)。ダッカ事務所のスタッフも1人はもう暖かいと思ってセーターや上着を持ってこなかったので夕方寒さに震えていました。ダッカと農村は車で2時間程度の距離でもかなり気候が違います。
しかし自分で不思議なのは、こういう日に水浴びしても村でだとあまり寒く感じないこと。人間て環境に慣れるんですよね。それに無いと無いなりに諦めがつくし。湯沸かし器のあるダッカの自宅だと、寒くなくてもシャワーからお湯が出ないと嫌なのに、村だと寒い日に冷たい水でも平気。水浴びする直前まで「寒いなあ、水浴びどうしようかなあ」なんて考えているんですが、いざ水浴びすると決めて、バスルームに入って裸になると、その瞬間心身ともに覚悟が決まるんですよね。よし!これから冷たい水浴びるぞ、っていう。そうすると水を浴びても冷たく感じないんです、ほんとに。しかも冷たい水を浴びたあとは、身体がじわーっと温かく感じて、それはけっこう気持ちいいです。でもまあ、村の寒い夜には髪は洗わないほうがいいですけどね。風邪引かないためには。
あ、ちなみに3月のスタディツアーに参加を検討されてる方、心配ないですよ。3月末はもう暑いですから。フリースを着るような寒さは村でも2月半ばぐらいまでですかね。
さて...では蚊帳を下ろして布団かぶって寝るとしますか。おやすみなさい。

文章と直接関係ないですが...。ビー玉で遊ぶチョールの子どもたち。
- カテゴリ:農村での活動 2009年02月09日 02:02 |
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2009年02月02日
そういえば最近あまり食べ物の話を書いてませんでした。ベンガル料理といえばやっぱり魚!ですが、その中でも私が好きな料理の筆頭が「タキ・マーチのボッタ」です。ボッタというのは野菜や魚の身をすりつぶしてスパイスなどで味付けしてお団子状にしたもの。バングラデシュの家庭料理として馴染みの深いものです。
タキ・マーチっていうのは魚の名前です(マーチ=魚)。この魚は、頭が大きくて見た目もあまりよくなく、普通にそのままカレーに入れてもあんまり美味しくないらしいんですが、ボッタにすると美味しいんですよねー、これが。薬味と合わせてすり身にすると美味しいあたり、ちょっと鰯と共通するものがありますかねえ。

これです、タキ・マーチ。普通は生きたまま売ってます。この写真を撮るときも鍋から何匹も跳ねて飛び出してました。こいつの頭とハラワタを取ったやつを油で揚げて、その身をほぐしてすり身にして、玉ねぎと青唐辛子のみじん切りと混ぜ、少々のスパイスで調味してお団子にしたのがボッタです。
昨日から今日にかけて、パートナー団体のSTEPのポイラ事務所に行ってたんですが、彼らはタキ・マーチのボッタが私の好物だと知っているので、行くと何も言わなくても作ってくれます。(いやー気を遣わせてすまんね。)昨日のお昼に食べていつもながら旨いぞ~と幸せだったんですけど、料理の写真を撮るのを忘れました。食べるのに夢中で...。

井戸端で魚を切るポイラ事務所の料理人、ユスフ。手前のボールに入ってるのはべつの魚で、テラピア。魚を狙ってるわんこはポイラ事務所に今2匹いる子犬の強いほう、名前はトムです。(もう一匹はジェリーだって。どうしてバングラデシュ人が犬の名前をつけるといつもトムとジェリーなのか...)
- カテゴリ:食べもの 2009年02月02日 23:11 |
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プロファイル
藤岡恵美子(ふじおかえみこ)
2009年9月に駐在を終えてダッカから帰国しました。現在「全国キャラバン」で、北は北海道から南は九州まで全国行脚の講演会実施中です。













