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2008年10月一覧
2008年10月28日
今日のダッカは台風一過ならぬサイクロン一過でよく晴れています。心配したサイクロンReshmiは昨日上陸するとすぐ勢力が弱まり、それほど被害ももたらさず北に抜けました(Daily Star紙関連記事)が、それでも死者は6名。うち3名は3つの大河が合流してベンガル湾に注ぐ河口にある大きな島、ボラ島で被害にあっています。バングラデシュは粗末な家に住む人が多く、また地盤がゆるくて木が倒れやすいので、家が潰れたり、倒木の下敷きになったりして、たいしたことのないサイクロンでも死者が出てしまう状況。被害に遭うのはやはりお年寄りや子どもが多いようです。
私たちが復興支援を行っているサウスカリ・ユニオンでは、今回はバレッショル川の水がなんとか溢れずにすんだのでほっとしましたが、昨年のSIDR襲来でこわれた堤防の修復を政府がやるやるといって未だに何もやっていないので、もっと大きなサイクロンが来たら大変です。
11月15日はSIDRから丸1年。その日の前後には私たちの復興支援の活動地でも、亡くなった人の追悼やサイクロンについてのディスカッション、子どもたちのお絵かき大会、高校生の作文コンテスト、演劇などの記念行事を行う予定にしています。
今年もまだサイクロン・シーズンはこれから。油断はできません。
- カテゴリ:サイクロン 2008年10月28日 16:04 |
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2008年10月27日
金曜の午後からバングラデシュに雨を降らせていたベンガル湾上で発生した低気圧が、昨日サイクロンに発展してReshmiと名づけられ今朝クルナ-ボリシャル沿岸部を通過しました。
Sidrほどの規模ではなかったものの、私たちが復興支援活動を実施しているバゲルハット県ショロンコラ郡のサウスカリ・ユニオンでも人々は昨夜2時ごろからサイクロン・シェルターに避難。Sidr襲来時に高潮で水が溢れたバレッショル川の水位も、今朝の時点で堤防の高さぎりぎりまで来ていたということです。
サイクロンが同じ場所にしばらくとどまったりするとさらに大きな被害が出る恐れがあったのですが、すでにReshmiは上陸後勢力を弱め、低気圧となってダッカ方面に抜けたということです。ダッカでは今もどんより曇っていますが、風もほとんどなく雨も降っていません。
サウスカリの状況は復興支援実施中のパートナー団体JJSからのアップデート情報を待っています。昨夜は現地事務所の一階の備品などをすべて二階に避難したということでした。
英字紙Daily Starインターネット版の速報によれば、2名死者が出たとありますが、どの地域とは書かれていません。作物や家畜の被害も気になります。被害状況の全体像がわかるのは明日になってしまいそうです。
- カテゴリ:サイクロン 2008年10月27日 17:05 |
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2008年10月25日
10月1日は国際高齢者デー(International Day of Older Persons)。シャプラニールはマニックゴンジ県で活動するパートナー団体、STEPと協働して、3年ほど前から毎年この日にちなんで高齢者の集いを開催しています。今年は10月前半にイスラム教のイード休みやヒンドゥー教のドゥルガー・プジャ休みが続いたので、ちょっと遅れて10月20日の開催となりました。

写真はポイラ事務所の庭にテントを張った会場に集まったお年寄りたち。150人ぐらいはいたでしょうか。前のほうに女性たち、後ろのほうに男性たちが座っています。おばあちゃん優勢。


ポイラ事務所近くのテロスリー村の少女グループのメンバーも、お年寄りに「国際高齢者デー STEP高齢者集会」と書かれたキャップをかぶせてあげたり、参加者名簿をつくったり、ボランティアとして甲斐甲斐しくお手伝い。

集いはまず、「国際高齢者デー」と書かれた垂れ幕を持っての行進からスタート。ポイラ事務所から近所のテロスリー小学校までの短い距離の往復ですが、数十人のお年寄りが参加しました。この日は日中の最高気温が30度を超える暑さだったので、お年寄りにはなかなか厳しいものがありましたが、参加した人は楽しんでいたようです。歩くのがしんどい人は会場でお留守番。

行進終了後は会場の前方に用意したマイクの前に披露したい芸がある人、話したいことがある人が次々と出てきて、文化プログラム開始。

ハルモニウムを弾きながら自慢の喉を披露する人あり...

訥々と語るおばあちゃんあり...

昔、村芝居で鳴らしたというおじいさん二人による、迫力あるチャンバラ・シーンの披露あり...
ということで皆さんなかなか芸達者。その後、10数える間に短い紐を使っていくつ結び目をつくれるか?などというゲームも行われたりして、これら文化プログラムの参加者には賞品のコップが渡されました。
この集会には来賓として地域のエリートも参加。郡の行政のトップであるUNO(郡令)や郡の警察のトップなども訪れて参加者に挨拶しました。最近ギオール郡に配属されたUNOとは初めてお会いしましたが、彼は「皆さんを目の前にすると、故郷に残してきた老いた両親を思い出し、すぐにでも休みをとって故郷に帰りたい気持ちになります」とスピーチ。もったいぶったカタイ挨拶をする役人が多い中、なかなかハートのある人だな、と思いました。

その後、参加者のうちとくに足が悪くて貧しい20人のお年寄りに杖の贈呈。写真で贈呈しているのは、そのハートのあるUNO氏です。
この杖の贈呈が終わるか終わらないうちから、なんとなく会場はざわざわ。立ち上がって事務所の建物内に移動する人たちが目立ちます。

それはお医者さんが到着し、事務所の中で無料の健康診断が始まったため。時間もマンパワーも限りがあるので、簡単な診療と基本的な薬の処方しかできませんが、これを一番の目当てに来る人も多いのです。

杖の贈呈が終わるとちょうどお昼。椅子を取り払い、ジュートの敷物の上に皆並んで座って、一緒にお昼ご飯です。この日のメニューはチキンカレーとじゃがいものカレー、そしてダール豆のスープ。200人分の昼食はポイラ事務所の調理スタッフ、ユスフが2人のアシスタントを使って朝の4時からがんばって用意したもの。

ごく基本的なメニューではありましたが、味はなかなかのもので、来賓にも、参加したお年寄りたちにも好評でした。
朝10時過ぎから始まった集いは2時半ごろにはお開きとなり、その後、STEPが今年から行っている高齢者への巡回訪問の対象者2人を訪ねました。これまでは年に1度の高齢者集会を行うだけだったのですが、農村のお年寄りの困窮状態をみるにつけ、高齢者のための活動の必要性を感じ、今年から試験的に開始したものです。1年目は事務所から比較的近くに住んでいて困窮度合いが大きく、家族がいるお年寄り20人を選んで、STEPのスタッフが毎月家庭訪問しています。「家族がいるお年寄り」をまず選んだのは、STEPがお年寄りに直接サービス提供するというより、家族や地域の人々に働きかけてお年寄りの状況をよくしていく、というアプローチをとろうとしているからです。
この日訪問したのは2人ともバグディというヒンドゥーの被差別カーストのおばあさん。村の中でもとくに貧しいバグディであることに加え、高齢であること、夫に先立たれた「未亡人」であることで、さらに弱い立場におかれている人たちです。この村でもっとも弱い立場にある人、といってもいいかもしれません。

最初に訪ねたクムディニさんは体調を崩して横になっていました。STEPのスタッフのシリンが「今日の集会に来てなかったから心配したのよ。でも今日は暑かったし体調が悪かったんなら無理に来ないのが正解だったわよ」と話しかけます。「行きたかったんだけど咳が止まらなくてね...」とクムディニさん。
クムディニさんの食事や身の回りの世話は同じ敷地内に住む次男一家がしています。少し経済状態のよい長男夫婦も同じ敷地の一番いい家に住んでいるのに、クムディニさんには知らんぷりだとか。次男の妻やその娘はクムディニさんをよく手伝っているそうで、夜トイレに行くときも孫娘がつきそっているそうです。トイレは盛り土した家の敷地の外側にあるので、そこに行くには土手をおりていかなければなりません。農村の夜、外は真っ暗です。夜中に用を足すことがお年寄りにとってはどれだけ大変か。

次に訪問したのは同じくバグディのテニバラさん。この日は高齢者の集いでもらった杖を手に、新しいサリーをこざっぱりとまとって笑顔を見せてくれましたが、実は彼女は日頃はクムディニさんよりずっと辛い状況におかれています。
テニバラさんの息子夫婦はテニバラさんを非常に邪険に扱い、母屋の中に同居させず、軒先を囲っただけのスペースに住まわせているのです。実は去年の高齢者集会でもテニバラさんは杖をもらったのですが、その杖は息子が子どもをたたくのに使って折ってしまったとのこと。ひどい話です。

3ヶ月ほど前からSTEPのスタッフが通うようになり、雨漏りし放題のテニバラさんの居場所についてなんとかするうように言い続けたため、かろうじて雨漏り防止のビニールシートが屋根にかけてあります。しかし、これからだんだん寒くなったら大変です。
テニバラさんに「ご飯はちゃんと食べられますか?」と尋ねたら、小さな声で「いいえ。粗相してしまうから食事はたくさんは食べられないの」という答えが返ってきて、胸が詰まりました。手足の指が縮んだように曲がってしまっているテニバラさんはひとりで歩いて用を足しにいくのは困難です。介助してくれる人がないために、サリーの中に排泄してしまうことも多く、そうすると息子夫婦はひどくなじるらしいのです。
母屋の中に入れず、軒先に寝かせているのも、「おもらしをして臭いから」ということなのでしょう。そうなることを恐れて、ろくに食事もとらずに我慢しているテニバラさんは本当に気の毒です。
まだ始まったばかりのSTEPの高齢者訪問ですが、毎月STEPのスタッフが様子を見に来て直接お年寄りと話をし、家族にもお年寄りの生活環境をよくするよう説得していく、という地道な活動の必要性を強く感じました。
それにしてもやっぱり身体の自由がきかないお年寄りにとっても、介助する家族にとっても一番切実なのはトイレですよね...。この地域は洪水常襲地なので、浸水したらますます大変です。大人用紙オムツなんてものはないですし。
ポイラ事務所に戻った後、STEPのスタッフたちと日本とバングラデシュのお年寄りの状況や家族の状況について雑談になりました。「日本では核家族がほとんどなんでしょう。お年寄りの世話は誰がしているの?」という質問にぐっと詰まりました。私も介護が必要な父を母にまかせてバングラデシュに来ているからです。私も、妹も、弟も両親とは同じ家で暮らしていない、と言うと「え、じゃあご両親だけなの?」と目を丸くするので、後ろめたい気持ちになりました。ちょくちょく一時帰国して様子を見に行ってはいるものの、日頃の父の介護は母にまかせっきりですから...。
日本の介護保険やケアマネジャー、デイケアセンターなどのシステムについて話すと、女性スタッフのひとりは「日本はいいねえ。バングラデシュの政府がそんなシステムをつくれるのはいったいいつの日になることか...」とため息。
大家族制度が壊れつつあるといわれるバングラデシュ。高齢者の困難はこれからますます深刻になっていくでしょう。日本に親をおいてバングラデシュくんだりまで来ている私にとっても、いろいろ考えさせられる1日でした。
- カテゴリ:農村での活動 2008年10月25日 18:06 |
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2008年10月18日
ダッカに戻った14日、空港から家に着いてテレビをつけたら「チャンネル i」で名物レポーター&ディレクターのシャイク・シラーズ氏がコタリパラからボートレースの中継をしていました。カヌーを長くしたような長いボートにはくじゃくなどのオブジェの飾りつけがされ、数十人の漕ぎ手の真ん中あたりには太鼓をたたきながらリズムを取る人が乗っていて、岸辺で声援を送る観客もたいへんな数。なかなかの盛り上がりです。

この「ノウカ・バイチ」と呼ばれるボートレースはベンガル地域で伝統的に行われているお祭りのひとつで、雨期の後半にあたるベンガル暦のバッドロ月(8月中旬~9月中旬)からアシン月(9月中旬~10月中旬)の間に各地で行われます。今年は9月がまるまる断食月にあたっていたので、イード明けの今頃に実施されるところが多かったのかもしれません。(写真はバングラペディアのBoat Raceの項から拝借したもの。だいぶ古い写真みたいですね)
英字紙Daily Starを購読すると週末についてくるStar Magazineの今週の特集もこの「ノウカ・バイチ」。クルナのルプシャ川で大規模に行われたボートレースの様子が写真入りでとりあげられています。ルプシャではここ2年ほど、携帯電話会社大手のバングラリンクがこのイベントのスポンサーになっているそう。
こういった伝統的なボートレースや村芝居などは以前はどこでも当たり前にみられたようですが、だんだんと姿を消しつつあります。シャプラニールの昔からの活動地のひとつであるマニックゴンジ県ギオール郡あたりも、かつてはさかんにボートレースやホース(馬)・レースが行われたといいますが、最近ではほとんどみられなくなってしまいました。クリショク・メラと呼ばれる収穫を終えた後の農民たちのお祭りも最近ではめっきり少なくなりました。
テレビなどの娯楽が増えたことや、稲作が乾期の灌漑稲作中心に変わって収穫を祝う時期がずれたことなど、いろいろ理由はあるようですが、伝統的なお祭りが廃れていくのはさびしいものです。そんな中で「チャンネルi」のシャイク・シラーズ氏はクリショク・メラやボートレースなど農民・漁民たちの間に伝わる無形の伝統文化の保存・復興にも熱心です。
長いボートに数十人が乗り込み、速さを競うボートレースはなかなか見応えがあり、観客も集まるので、いくつか今も盛んな地域があるようです。ルプシャのレースのボートは150-200フィートといいますから、45-60メートルもの長さ。それに70人が乗り込んで全力で漕ぐ様は相当な迫力でしょう。私もまだ生で見たことがないので、ぜひ目の前で見てみたいものだと思います。クルナのルプシャ川はサイクロンの緊急救援や復興支援でバゲルハット県に向かう途中、何度も渡った川。あそこでやってたんだなあ。見たかったなあ。
伝統的なお祭りが消え行くバングラデシュでせめて生き残ってほしい、ボートレース。バングラデシュから川や土の匂いがするお祭りがなくなってしまったら、つまりません。
- カテゴリ:文化 2008年10月18日 17:05 |
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2008年10月15日
10月の頭からイード休暇にあわせ、2週間ほど一時帰国して昨日ダッカに戻ってきました。帰国中の11日に行った報告会にいらしてくださった皆さま、ありがとうございました。
さて、金木犀の香りただよう秋の日本を楽しんでダッカに戻ってきたわけですが..空港から外に出るなり口から出た言葉は「うげー、まだこんな暑いのー」でした。家に帰るなり靴と靴下を脱ぎ捨てて室内用の愛用草履に履き替え、事務所に持っていく荷物をスーツケースから引っ張り出している間にもう汗だく。そのうち停電。「うげー、まだこんな停電してるのー。ぜんぜん変わってないじゃん」 まあ、たった2週間でそれほど気候が変わるはずもないのですが、日本の秋が爽やかだっただけに、つい...。
今も事務所では停電中。連日最高気温は32度、33度、という世界で、「戻る頃にはダッカもそろそろちょっと涼しくなってるかな」という期待は見事に裏切られました。朝晩はちょっと涼しくなったといえないこともないですが、それでも日本から持ち帰った「高温多湿を避け、常温で保存してください」と書いてある食べ物などはやっぱり冷蔵庫に入れています。
「ねー、この季節って昔からこんなに暑かったの?」と事務所のスタッフに聞いたら、「いやー、もうちょっと涼しかったと思うけど」との返事。やっぱり温暖化の影響なのか?「子どもの頃ドゥルガー・プジャ(先週でした)の休みのときは村でセーター着てた覚えがある」というスタッフも。でもそれは君がすごく寒がりな子どもだったからじゃないのか?村はダッカより涼しいとはいえ、いまセーターを着るなんて考えられん。
季節が後ろへ後ろへズレてしまい、冬が短くなった、と皆言っています。寒いのもいやだけど、あんまり暑いのが続くのもうんざり。早く涼しくなってほしい...。
- カテゴリ:気候、自然、環境 2008年10月15日 16:04 |
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プロファイル
藤岡恵美子(ふじおかえみこ)
2009年9月に駐在を終えてダッカから帰国しました。現在「全国キャラバン」で、北は北海道から南は九州まで全国行脚の講演会実施中です。













