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2007年07月一覧

2007年07月29日

政府、NGO局の通達撤回

7月20日のこのブログで書いた、「NGOは海外からの資金の50%をインフラなどの“目に見える”活動に使うべし」という通達が軍がらの指示に基づきNGO局から出された件ですが、その後、NGOの連合体であるFNB(Federation of NGOs in Bangladesh)と政府との話し合いなどを経て、NGO側が重大な懸念を表明した結果、26日に撤回されました。→新聞記事はコチラ

まあ、だいたい想定された成り行きではありましたが、とにかくよかったです。今後も政府や軍によるNGO監視の動きはいろいろ出てくることと思いますが、理屈に合わないことにはひとつひとつ説明を立ててNOと言っていくしかないでしょう。

ご心配おかけしました。とりあえずお知らせまで。

2007年07月28日

5つ星ホテルで出会った「地元」の人

気がついたら1週間以上ご無沙汰してしまいました。7月中旬からフィールド出張が相次いだのと、23日から中田新代表、坂口事務局長、白幡職員が日本から出張して来て、連日喧々諤々の会議をやっているためです。

わたくし先日点滴を打った後、一度は回復したかと思いきや、その後あらためて風邪を引きなおし、咳が止まらず声もすっかりハスキー、まるでボリウッド女優のラニ・ムケルジーのよう。(これはわかる人だけわかってください)。そういう状態で毎日会議だと、ますます治りません(泣)。病院に行くヒマもなし。バングラデシュの週末にあたる金曜も土曜も終日会議。そんなわけでとてもブログを書く余裕がなかったんです。

なんでこんなにしつこく会議をやっているかというと、今年新たなシャプラニールの5ヵ年計画を策定し、それに合わせて現状分析とか国別戦略をどうするか、とか、海外活動実施に必要なガイドラインやパートナーシップ・ポリシーの整備とか、英語版を作ってスタッフやパートナーとシェアするとか、そういったことをエイッとまとめてやろうとしているからです。毎日頭を絞ってとってもしんどいのですが、こういうものが十分できてないと現場の人間(つまり私たち)は余計辛くなると思えば、この機に一気にがんばらねばなりません。

私はこの会議のあと、8月上旬から10日ほど一時帰国の予定なのですが、もう絞りカスのようなヘロヘロ状態で日本に帰ることになりそうです。もっともこの作業は今回だけではとても終わらず、今年いっぱいは会議→宿題→会議→宿題の繰り返しになるでしょう。

さて、今日書きたかったのはそういうグチではなくてべつのことです。夕方、会議のあと、出張者たちと晩御飯を食べに外に出るついでに、ダッカに新しくできたばかりの5つ星ホテル、ウェスティン・ホテルをのぞきに言ったときのこと。ロビーできょろきょろしていると、いかにも高級ホテルのマネジャーらしい、制服をぴしっと着こなした貫禄あるバングラデシュ人男性が私たちに声をかけてきました。彼に、初めて見に来たんだけどここはどんなレストランがあるの?と聞くと15日前にオープンしたばかりという素敵なビュッフェ(お寿司もある!)のあるレストランを案内してくれました。美味しそうだねえ、今度来るね、と言うと「ぜひぜひ」と名刺をくれました。肩書きをみるとDirector of Sales and Marketing、かなりエライ人みたいです。

で、彼に私たちの仕事を聞かれ、シャプラニールってNGOで働いてるんですよ、と答えたら、「おー、シャプラニール。よく知ってますよ」と言うんです。なんで?と聞いたら、「だって有名でしょ」だって。そんなに有名とは思えないので、彼の出身地を聞いてみたところ、ノルシンディ県のナラヤンプールだと。シャプラニールが長く活動してきた地域の、まさしく「地元の人」だったのでした。元シャプラニールの地域活動センターで、今は独立してノルシンディ県で活動するローカルNGOとなったPAPRIの代表、バセッドを知っているかと聞いたら、「知らないわけないでしょ」とのこと。

彼がどんな経緯で5つ星ホテルのマネジャーレベルの仕事をするにいたったのか、彼の実家がどんな家なのかは聞きませんでしたが、スマートな制服のホテルマンがいきなり身近な「うちの地域の人」に変わった瞬間でした。

こういうことがたまにあります。ダッカの空港のイミグレーションで仕事を聞かれ、シャプラニールの名前を出すと、あー私は○○の出身なんでよく知ってますよ、昔あそこでスタッフの交通事故がありましたねえ、などと言われてびっくりしたり。

活動地域はごく限られているとはいえ、35年も活動してきたのだから、その間になんらかの形でシャプラニールと袖すり合った人は相当な数になるはず。そういう人と、ふと思わぬところで出会うと、ちょっと嬉しくなります。中にはシャプラニールと聞いてよい思い出を持たない人もいるでしょうけどね(笑)

2007年07月20日

NGO活動にも軍介入?冗談じゃない

昨日と今朝の新聞に「NGO、海外資金の50%を目に見える開発に使うべく要請される」という記事が載りました。バングラデシュ政府でNGO関係の業務を管轄するNGO局から通達が出され、海外からの資金を受け取るNGOは、少なくともその50%を学校建設、道路補修、用水路などの「目に見える」開発に使わなければならない、というのです。

新聞記事によると、7月3日に非常事態宣言下の軍・警察の行政補佐活動をレビューする会議があり、そこで決まったことだと。NGOの活動がその日の議題のひとつだったというのです。今後軍・警察はNGOの活動、とくに人々の意識向上とかキャンペーンといった「目に見えない」活動を厳しく監視し、人々の役に立っていない活動は中止させると。

そんな通達はまだNGO局から届いていませんが、これが本当なら由々しき事態です。活動費の50%を彼らが言うとことろの「目に見える」活動、つまり道路や用水路のようなインフラ整備に使うことが義務化されたら、NGOはやってられません。「人々の役に立っていない活動は閉鎖」といっても、それをいったい誰が、どんな基準で判断するのでしょうか。NGO活動のアカウンタビリティはもちろん重要ですし、成果をいかに客観的に評価するか、というのも大きな課題ですが、建物や道路のように「(ハードが)目に見える」ことイコールアカウンタブルだというのはあまりに幼稚かつ見当違いな話です。

学校を建設するのも、道路や用水路を整備するのも、政府がやるべき仕事のはずです。この国では、政府がやるべきでありながらできていない仕事、とくにそのうち、教育や保健医療、貧困層の生活向上、といった仕事を、ずいぶんNGOが補ってきました。それをインフラ整備までNGOにやれというのでしょうか。それなら政府の仕事はいったい何だというのでしょう。

病棟はあるけれど医者が来ない病院、校舎はあるけれど教師が来ない学校、役場の建物はあるけれど役人が来ない役所、そんなものがこの国にはあふれています。それをいかに機能させるか、お粗末な公教育や公共医療、人々に届かない公共サービスをいかに改善するかを政府は考えるべきです。こういったソフト面で政府の不足を補っているNGOの活動を制限し、ハードに資金を使うことを強要するなど、まったく現実のニーズに逆行しています。

軍主導の暫定政権の強引な「改革」、そのうちNGOにも手が伸びてくるかもしれないと思っていましたが、どうやらそのようです。もちろん、こんな通達が届いたらNGOの側も黙ってはいられませんし、NGOをパートナーとしている国際機関なども困ることになるでしょう。

暫定政権にはNGOの活動に口を出すより、腐敗しきったNGO局をなんとかしてもらいたいと思います。NGO局の役人に要求された賄賂を支払わないことで、今までどれだけ嫌がらせを受けてきたことか。

暫定政権になってからNGOで働く外国人職員に出されるビザ、通称Nビザの発行期間も大幅に縮められました。私は有難いことに4年のビザを持っていますが、後の駐在員がこんな長期のNビザをとれることは今後当分ないでしょう。3年駐在しようと思ったら、度重なるビザの更新の交渉にかなりのエネルギーを割かなければなりません。

通達が本当に届くのか、まだよくわかりませんが、シャプラニールのような海外NGOやそのパートナー団体が、ますますこの国で仕事がしにくくなることは確かなようです。

2007年07月14日

ココロに効いた点滴

先週、コルカタ出張からダッカに戻った数日後にまた熱を出し、ややこしい感染症だったらマズイ、と思い、仕事を休んで自宅近くの「山形ダッカ友好病院」を訪ねました。院長のエクラスール・ラーマン先生は、日本の山形大学医学部卒で日本語も堪能です。ご専門は外科ですが、この地でウイルス性の下痢や熱、肝炎、腸チフス、デング熱などで先生のお世話になった日本人は数えきれないほどでしょう。

私は先生を訪ねる前に、「パラシタモル」という、ここではどこでも手に入る熱さましの薬を自分で勝手に飲んでいたため、ほとんど熱は下がっていましたが、血液検査や尿検査をしてもらうことにし、その日は自宅で休みました。翌朝結果を聞きに行ったところ、腸チフスやデング熱ではなかったけれど、熱や下痢の原因になる細菌がみつかったとのこと。血圧も非常に低く、血中の成分もいろいろ足りないということで、点滴をしましょう、ということになりました。

もう熱も下がってるし、たいしたことなさそうなのに点滴!そんな大げさな、ポカリスエットでも飲んでおけば十分では、とも思ったのですが、先生は点滴をした上、水やジュースも飲め飲め、とおっしゃいます。とにかく水分をたくさんとって、細菌を洗い流さないとダメ。そうやって毎日水をがんがん飲んで1週間たっても細菌が出ていかなかったら抗生物質を使いましょう、というのです。

検査の結果を聞きに行った日、私はくたくたに疲れてはいましたが、もう熱はなかったしそのまま仕事に行くつもりでした。最初の先生の話では昼休みごろまでには点滴は終わるはずでしたが、予定より長引いた2本目の点滴が終わった後、先生はさらにもう一本入れましょう、とおっしゃいます。結局観念して事務所に電話し、点滴を打ちながら病室でテレビを見たり、時代小説を読んだりして丸1日を過ごしました。

その翌々日が今日なのですが、夕方になって自分がとても元気になっていることに気がつきました。昨日から今日の昼ごろまではまだヘナヘナして気力が出なかったのですが、どうやら完全回復しました。点滴そのものよりも、点滴を打つ、という理由で丸一日追加で完全に休んだことがとても重要だったようです。

信州で地域医療に取り組む医師の色平哲郎先生が、2004年度の文芸春秋のベストエッセイ集にも選ばれた『ケア、人間として人間の世話をすること』というエッセイの中で、こんなエピソードを紹介されていました。

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村人はじつによく働く。

夏、命綱である高原野菜の収穫期ともなれば、午前2時ころから畑に出て、
夜の八時、九時まで猛烈な労働をする。

心身ともくたくたになった農家の人が、たまに「先生、点滴打ってくんねぇかな」
と診療所に来る。

生物学的には、5%のブドウ糖溶液、あるいは0.9%の生理食塩水500cc
の点滴は、カロリー計算すれば大したエネルギー補給にならない。

市販のアルカリイオン水を飲めばいいとの見方もある。

山村に赴任したての頃、点滴を打つべきかどうか逡巡していた私に
大先輩の清水茂文医師(前・佐久病院院長)は「村人の気持ちを察しなさい。
点滴は必要なのだよ」と言われた。

点滴を打ってみて、その意味が理解できた。

顔と顔の安心感は、ウラを返せば互いを監視しあい、共同体内の緊張を高める
ことにもなる。

農繁期、疲労を理由に休んでいると「サボり」と後ろ指をさされる。

しかし精根尽き果てたら労働が続けられない。

その一歩手前で村人は診療所に来て、「合法的に」1、2時間、静かに横たわり、
点滴を受ける。

それは、とても貴重な時間なのだ。

成分分析では推し量れない効果をもたらす。

打ち終わると晴れ晴れとした表情で帰っていく、、、。


(『ケア、人間として人間の世話をすること』 by色平哲郎医師 より)

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私はそれほど猛烈な労働をしているわけでもないし、休んだからとて「サボリ」と後ろ指さされることもないので、倒れる直前まで肉体を酷使するこの村人とは比べるべくもありません。でも、バングラデシュの地で実力もないのに事務所長の看板など背負い、自分よりNGOでのキャリアの長い部下たちに囲まれていると、せめて休みをとらずに働くことで実力不足の埋め合わせをしなければ、と思ってしまい、出張などで休日出勤が続いても代休をとることはしませんでした。それで知らず知らずのうち疲れがたまっていたのかもしれません。

1日かけて打ってもらった3本の点滴、いささかおおげさな感はありましたが、おかげで思う存分休息することができました。ラーマン先生はそこまで考えて点滴を打っていきなさい、と言われたのかどうかわかりません。でも、本当に有難い判断でした。

先生ありがとうございました。点滴、たいそう効きました。またなんとかがんばります。

2007年07月09日

コルカタ水没

P1020769.jpgちょっとご無沙汰している間、インド西ベンガル州のコルカタへ出張しておりました。

ところが...。私たちが着いた日の前々日ぐらいから降り続いているという雨のせいで、コルカタ市内はあちこちで道路に水が溜まり、道路だか川だかわからないような状況。タクシーで夜ゲストハウスにたどりつくと、宿の前の道はふくらはぎぐらいまで水がたまっています。仕方ないので、ずぼずぼと水の中を歩いて宿へ。宿に着いたらバチバチっと音がして電気回線がショート。これを宿の人が直している間にも、水はヒタヒタと高さを増し、夜中には泊まっていた1階の部屋にも水が入りそうになり、3階へ緊急移動することに。

P1020765.jpgこの宿、1階、2階がゲストハウスで、3階がオーナーの自宅。私たちが緊急に泊めてもらった部屋も、それぞれオーナー一家の私室だったのでした。私が泊めてもらった部屋は、数年前に亡くなったオーナーのおばあちゃんの部屋だったそうで、50~60年前のものと思われるセピア色の写真が壁にいくつも飾られ、壁際には古い足踏みのシンガー・ミシン。緑地に白い花のモチーフが入った床のタイルも、アンティークな感じで、雰囲気のあるお部屋でした。

せっかく親切に精一杯対応してもらったのですが、宿の前の水は増す一方。これでは外に出られなくなってしまうので、翌日には街の中でも少し高いところにある別の宿を探して移動。深いところでは腰の高さまで水が来ている道を荷物を持って移動するにはリキシャ(コルカタでは人力車をさす)のお世話になるしかすべがない、という状況でした。

P1020774.jpg出張中毎日雨が降り続き、二日目の夜からは私も同行のダッカ事務所のスタッフも熱を出してフラフラ。頭が痛い、関節が痛い、と二人してグチリつつ、雨の中パソコンを背負ってよろよろとパートナー団体ポリチティ(家政婦として働く女性たちを支援)とのミーティングに向かったのでした。4月に開所したばかりのポリチティのドロップイン・センター兼事務所も浸水しているのでは...と心配したのですが、なんとか無事。しかしスタッフたちの家にも水が入って大変、とのことでした。最終日の夜いっしょに食事したもうひとつのパートナー団体、DRCSC(環境教育活動を実施)代表のオルデンドゥさんは、「6月末と今回の雨と洪水で活動地の農民の多くが田植えの時期を逃した」と心配されていました。

植民地時代の建物の多くをそのまま使っている古い町コルカタは、旅行者にとっては風情のあるところですが、住んでいる人には大変。下水設備なども古いままなので、これほど人が増えた今ではどう考えてもキャパシティ・オーバーです。ポリ袋などのゴミが下水道を詰まらせることや、コルカタの周囲の湿地が急速に開発されて、大規模なニュータウンが次々に建設されていることなども、問題の原因としてあげられています。

昔はこんなことなかったのに...とぼやいていたゲストハウスの人たちも、これではお客を逃してしまって気の毒。コルカタ市中に大勢いる路上生活者の人たちにいたっては、いったいどこでどうやってこの雨をしのいだのか、想像を絶するものがあります。コルカタの都市問題の深刻さを垣間見た出張でした。

2007年07月02日

憎きウイルス

ここのところ、事務所のコンピューターが次々にトロイの木馬ウイルスにやられ、要らないファイルが増産されたり、ドライブが開かなくなったり、散々でした。

ついにあらゆるファイルを緊急移動させ、ウィンドウズを入れなおした結果、ドキュメントファイルは全部無事なものの、ウェブのソフトライブラリーからダウンロードしていたいくつかのソフトウェアが初期化されたり消えてしまい、いろいろとセッティングをやり直さなければならないハメに。

で、午前中いっぱいそれでつぶれました。締め切りすぎの原稿は書けてないし、明日の午後からインド出張だしで、き~時間がないよ~、とあせっていたのですが、そういうときほどこういうことって起こるんですね。

でも、なんとか通常の仕事ができるような状況に復活できてよかった...。
コンピューターウイルスで困るのは世界中いずこも同じ、こういうときにささっとコンピューターをいじって対処できるような人が引っ張りだこなのもいずこも同じです。もちろんバングラデシュでも。

わが事務所で以前からこういう時のヘルプを頼んでいるパソコンのメンテ会社の代表のセリムくんはあちこちで引っ張りだこなものだから、まだ若い青年なのに偉くなってしまって、最近なかなか本人が来てくれません。今回の仕事をやってくれたのは二番手の人。それ以外の人はどうもまだイマイチです。

セリムくん、アナタの会社にもっとデキル人を入れてね、お願い。頼りにしてるんだから。

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プロファイル

藤岡前駐在員藤岡恵美子
(ふじおかえみこ)
2009年9月に駐在を終えてダッカから帰国しました。現在「全国キャラバン」で、北は北海道から南は九州まで全国行脚の講演会実施中です。
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