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2007年04月一覧

2007年04月30日

青いマンゴーの季節

バングラデシュに来てすぐの頃、まだ家も決まらず、しばらく事務所の2階に住んでいました。事務所の向かい側の家には大きなマンゴーの木があり、この季節にはたくさん実をつけます。夕方ざーっとスコールが来ると、ベランダに出て涼みながら、青いマンゴーが雨に打たれるのを眺めていました。たまに雹が降ることもあり、空から落ちてくる氷の塊と青いマンゴーの取り合わせに、異国情緒を感じたものです。

あれからもう2年か。早いなあ...。

Image006.jpg今年はマンゴーの生り年みたいで、ダッカ市内で見かけるマンゴーの木にも、青い実がいっぱい生っています。この季節の楽しみは、ダール豆のスープに青いマンゴーを入れて煮込んだもの。煮込まれて透明になったマンゴー、梅干並に酸っぱいですが、夏バテ防止に効果がありそう。我がダッカ事務所でも私が美味しい美味しいと言うせいか、3日続けてこれが出てきました。

写真=青いマンゴー入りダールスープ。こんなアルミの器じゃあんまり美味しそうに見えない?みんながここからよそって食べたあとだしね...。

青いマンゴーは酸味が強く甘くありませんが、これをアチャールという漬物にしたり、唐辛子やにんにくと混ぜてサラダのようにして食べたり、といろいろな楽しみ方があります。とくに女の人が好きみたい。女性のほうが酸っぱいものが好きな人が多いんでしょうかね?

黄色く熟れた甘いマンゴーが食べられるのは、まだ1ヶ月は先かな。少しずつ大きくなっていく青いマンゴーを見ながら、楽しみにしています。

2007年04月28日

人が雷に打たれると...

この季節、バングラデシュでは雷がよく落ちます。日本でもゴルフ場などで人が雷に打たれる事故がたまにありますが、平らな大地が広がるバングラデシュでは、畑や田んぼで農作業中の人や、屋根に上がっていた人の上に雷が落ちてしまうことが多々あります。

今朝新聞を見ていたら、昨日バングラデシュ南西部のシャトゥキラ県で、田んぼで農作業をしていた人たち13人が雷に打たれ、病院に運ばれたが全員重症、という記事が載っていました。

それを読んで思い出したのは先週昼休みにダッカ事務所のスタッフから聞いたちょっと不気味な話。

スタッフA 「農村部の田舎ではね、時々雷に打たれて亡くなった人の遺体が盗まれることがあるんだ」
私   「遺体が?! 何のために?」
スタッフA 「んー、よくわからないんだけどね、雷に打たれると人間の身体の何かが変化する、という迷信があるらしいんだ。とくに脳みそが。」
私 「で、でもなんで盗むわけ?盗んでどうするわけ?」
スタッフA 「うーーん、それは僕にもわからないんだけど、盗まれるのは人間なんだ。牛とか山羊が雷に打たれてもべつに盗まれないみたい。」
私 「(半信半疑で他のスタッフたちに)ほんとなの、それ?みんなそんな話聞いたことある?」
スタッフB 「ある」
スタッフC 「僕もある」
スタッフD 「私もある」
その場のスタッフ全員「でも盗んでどうするのかはわからない」
私   「うー。(ますます混乱)」

農村部では病気になった人が借金して多額の治療費を払ってでも地方都市の病院まで行く、というケースがかつてに比べてずっと増えている一方で、今でもいろいろな迷信があるようです。人々に話を聞くと、症状によって、こういう場合は病院、こういう場合はコビラージュ(祈祷師)と使い分けているらしく、その判断基準は話を聞いてもどうもよくわかりません。彼らにとっては明確なものがあるらしいのですが。

雷に打たれた人については、アッラーの怒りに触れたのだ、と忌み嫌われる場合もあるそうで、こっちはまだ理解可能。でも遺体が盗まれるっていうのは気持ちワルイ。雷に打たれるとどうなるっていうんだろう?

今度村人と話をするとき、そんな言い伝えがあるかどうか聞いてみましょう。笑われるかもしれないけど。ついでに日本では「雷様におへそをとられる」という話があることも教えてあけましょう。

2007年04月25日

雨期の到来

ナラヤンプールの雨.jpgベンガル新年を祝ってちょうど1週間、今年初めてのスコールがやってきました。21日、出張先のノルシンディ県のパートナー団体、PAPRIの事務所で、風が強くなってきたなあ、と思ったら、空がにわかにかき曇り、バケツをひっくり返したような雨が降ってきました。写真は大雨のさなかPAPRIのナラヤンプール事務所の中庭を撮ったもの。屋根から滝のような水が流れ落ちているのがわかるでしょうか。

バングラデシュの本格的な雨期は普通6月中旬から8月中旬ごろなのですが、1年を大きく雨期と乾期に分けると、4月半ばから9月ぐらいまでが雨の降る季節。ちょうどベンガル新年を境に雨期に入ったことになります。土地の暦というのはよくできたもので、最近多少の異常気象はあるものの、ベンガル暦で月が替わると本当に気候が変わるのがわかります。

21日の最初の大雨のあと、22日から今日まで3日間、日中は晴れたり曇ったりでしたが、夜は連続して激しい雨と風。なんだか二転三転して迷走中のこの国の政治状況を映しているかのよう。

ここ2、3日、すぐにでも出国するかと言われたカレダ・ジアは、サウジ・アラビア政府がビザを出すかどうか迷っているうちに当面出国しないと翻意したようだし、23日帰国予定だったシェイク・ハシナは英国航空が搭乗券を出さず足止めされたロンドンで、国際メディアに「建国の父の娘の私が帰国を阻止される理由がどこにあるのか」と訴え。強引な暫定政権のやり方に、内外からのプレッシャーが強まり、選挙管理内閣は苦境に陥っています。

私の周りの人たちの意見やテレビ討論などを見たところでは、中流階級の人々も、「選挙管理内閣は公正な選挙を行う準備をすることが本来の仕事。二人の党首を法的根拠もないまま海外送りにするのはやりすぎ。今の政府がやるべき仕事じゃない。物価も上がったまま下がらないし!」という論調になってきました。「パキスタンのやり方を嫌って独立したのに、パキスタンと同じことをしてどうする!」という意見もあったりして。有識者たちも連名で、「二人の党首から基本的人権を奪うことは民主主義への道にはつながらない」と声明を出しました。

まだどんでん返しの可能性も否定できませんが、暫定政権による二人の党首追い出し工作は未遂に終わりそうな感じです。カレダ・ジアの「軟禁」「海外送還」に関しては、最高裁がかなり強固に異議を申し立てていますし、英政府はロンドンでの二国間外務閣僚会談でハシナの帰国差し止めに疑問を呈しました。ここで内外の支持を失うわけにはいかない政府としては、作戦変更するしかないでしょうが、ここまでやったあとでどうやって繕うんでしょうかね。

明日誰の上に日が照るのか雨が降るのか、直前までわからないところは本当にバングラデシュの雨期の天気そっくりです。

2007年04月20日

いよいよ大詰め、しかし攻防は続く

昨日の新聞では、カレダ・ジア前首相は今日明日中にもサウジに向け出国の見込みで、荷物も全てパッキングを済ませ、最後の「特別許可」を受けて拘禁下にある息子タリク・ラーマンと面会するという話でしたが、結局昨日はタリクがいるダッカ中央刑務所にも現れず、1日でも出国を遅らせようと頑張っている模様です。

昨日最高裁判所は政府に対し、カレダが違法な軟禁状態にあるのか否か、説明を求めました(新聞記事はコチラ)。BNP幹部の請願に応えての対応のようですが、これがどこまで影響があるのかよくわかりません。
政府関係者が「軟禁状態などない、国外脱出も彼女の意志」と答えればそれで終わってしまいそうな気もします。

カレダ総裁の出国前の心残りNo.1は息子タリクの運命でしょうが、自分が去った後の党の運営についてBNPのリーダーたちと話し合いたいという要望も出しているようです。帰国の途上にある宿命のライバル、アワミ連盟総裁シェイク・ハシナの運命も見届けたいに違いありません。英字紙Daily Starの記事に「ここ15年以上にわたり激しく憎み合い、ほとんど言葉を交わすこともなかった二人の女性党首が、同じような運命を分かち合うことになったのは皮肉なことだ」とありましたが、本当ですね。

シェイク・ハシナの帰国については、政府は18日に以下のようなプレス・ノートを出しました。婉曲的な言い回しですが、要は帰国をブロックすることを宣言したわけです。
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●23日にシェイク・ハシナが帰国すると伝えられているが、昨年彼女のリーダーシップによりアワミ連盟その他の政党が行ったアジテーションにより、法や秩序が乱され、国のセキュリティに著しい混乱をきたし、非常事態宣言を出さざるを得ない状況になった。また、国外にいる間、彼女は内外のメディアを通して現選挙管理内閣や法執行機関に対し、挑発的で悪意ある発言を行った。彼女の帰国により法や秩序が乱され、現在の安定が妨げられ、国民の安全や経済に悪影響を来たす可能性がある。また、彼女自身が党を通じて身辺保護を依頼してきているように、本人も自らの安全を危惧している。これらの理由から政府は彼女の帰国にあたって慎重な対応をとることとする。ただし、これらの対応は一時的なものである。空港や港、航空各社には既にこの件について連絡済みであり、政府関係機関や警察にも必要な措置をとるよう指示済みである。
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ハシナ元首相は既にアメリカを後にし、昨日ロンドンに到着(新聞記事はコチラ)。そこで数人の英国の官僚や国会議員、アムネスティ・インターナショナルの幹部などと面会し、23日にダッカ到着の予定です。空港で逮捕劇が繰り広げられることになるのでしょうか。それとも英国滞在中になんらかの動きがあるかもしれません。

息子ジョイに付き添われ、笑みを浮かべつつダラス空港でチェックインするハシナの写真が今朝の新聞に載っていましたが、果たして勝算はあるんでしょうか?

2007年04月18日

ベンガル正月ファッション

Image002.jpg

前にベンガル正月には赤と白のサリーを着る、という話を書きました。

ベンガル正月明けの15日、昨年入ったわが事務所の女性スタッフ、イルシャトが、ばっちりサリーでキメてきましたのでケータイで記念撮影。

彼女のサリーは赤と白プラス黒と金も入った、はっきりした感じの柄。よく似合ってました。

2007年04月17日

カレダ・ジアついに出国?

昨日の新聞に、カレダ・ジア前首相の次男で広告のビジネスをしているアラファトが逮捕されたというニュースが載り驚いていたら、今朝の新聞の一面には政府関係者の談話(匿名)として「カレダ元首相がついに国外退去に同意。それを受けて、アラファトも釈放、ともにサウジアラビアへ」というニュース。いやびっくり。カレダ・ジアBNP総裁はすでにだいぶ前から軟禁状態にあり、現暫定政権は相当プレッシャーをかけたようです。先に逮捕されている長男のタリク・ラーマンも後から合流する見込みで、サウジ・アラビア政府も既に受け入れに同意しているという話ですが...。

まだ記事をあんまり詳しく読んでないんですけど、アワミ連盟総裁のシェイク・ハシナも渡航中のアメリカから帰国させないことになりそうだ、という話で、元首相が二人とも国外退去、という状況になるかもしれません。

まだ「匿名の政府関係者の談話」という形での報道で、正式に発表があったわけではないですが(正式発表の際はどういう理由をつけるのでしょう?)、すごいことになったものです。こういうやり方はパキスタンのブット追い出しからヒントを得たんですかね。

最近、うちの通いのお手伝いさんのイラに朝新聞を見ながら意見を聞くのが日課なんですけど、少数民族のマンディ(ガロ)でクリスチャンのイラは、すごくBNPを憎んでるんです。タリクやアラファトが逮捕されたときは大喜びしてましたね。でも、今朝「カレダ・ジアも息子たち連れてサウジアラビアに行くらしいよ」と言ったら、「いつまで海外にいるのやら。また帰ってくるかもしれないんでしょう?とくにタリクはあれだけ悪いことしても刑務所に入らずに逃げられるとしたらおかしい」という厳しい意見でした。「カレダ・ジアは学がない。8年生のときに結婚したんだからSSC(中等教育修了試験)もパスしてない。シェイク・ハシナは大学院出だ。女性でも男性でもいいけど、首相にはちゃんと学のある人がなってもらいたい」とも。

さあどうなるでしょうね。

2007年04月16日

感動の携帯電話接続インターネット

「私は今モーレツに感動している...」というのは言いすぎですが(なんだっけ、このセリフ。なんか漫画の主人公のセリフだったような)、かなり感動しています。グラミン・フォーンの携帯電話で、携帯のネットワークさえあれば、バングラデシュ中どこでもインターネット接続ができるようになったんです!!しかもいくらつないでも月額1000タカ(1タカ=約1.7円)で、これはこちらの普通のインターネットのプロバイダーより安いんです。

この話を最初に聞きつけたのは実は東京にいる前ダッカ事務所長の白幡職員。先日東京事務所で勉強会の講師をしてくれたバングラデシュNGO関係者から聞いたんだそうで、すぐメールで教えてくれました。こっちにいる私より情報が早かったのはさすがパソコン好き。

私はこれまで自宅で使っていたインターネットのプロバイダーがこのところサービスの質が落ち、スピードも遅くてイライラしてたので、早速最寄りのグラミン・フォーン・センターに走りました。そこで「携帯電話にパソコンをつないでインターネットができるようになったって聞いたんですけど何が必要なんですか?」と勢い込んで聞いたところ、ボランティアに興味があるという若いお姉さんが以下のことを教えてくれました。

必要なのは、
●モデム機能をもった携帯電話機
●携帯付属のソフトウェア
●電話とパソコンをつなぐケーブル

これらがあって、後払いのグラミン・フォーン契約者であれば、すぐ使えますよ~とのこと。

携帯でネット.jpg私が使っていたシンプルな携帯電話は、懐中電灯がついているのが停電のときや農村の闇夜で便利ではあったけど、これではネットには繋げない...。ということで、その日のうちに私はおニューの携帯電話をクレジットカードで購入。携帯電話のレベルによって接続スピードも違うというので、奮発してNokiaの最新のセットを買っちゃいました。これ、ラジオも聞けるし、カメラもついてるし、もちろんモデム機能もあるんです。パソコンと繋ぐケーブルや接続ソフトなどが入ったCDもぜんぶセットになっていました。こういう携帯電話は日本で買うより高く、贅沢品です。私が買ったモデルは2万タカしましたが、1万5千タカぐらいでも十分ハイスピードで繋げるモデルはあります。

写真=おニューの携帯をパソコンに繋いでシャプラニールのHPを見ているところ

このブログを読んでくださっている方にはダッカ在住の方や時々出張でバングラデシュにみえる方もいらっしゃるので、申し込みや設定の仕方もついでにかいつまんでお教えしますね(詳しいことはグラミン・フォーンのウェブサイトに出ています→コチラ)。 あまり関係ない方は読み飛ばしてください。

<携帯でインターネット接続できるようになるための手順>
●ソフトウェアをパソコンにインストールする
●使用する携帯から、8080に「Edge p2」とSMSを送る
●そうすると、「了解しました。72時間以内にEdgeサービスがactivateされます」という返事がくる
●8080に「Internet_ (携帯のメーカー名)_(品番) 」とSMSを送る (_はスペース)
 例:Internet nokia 6233
●そうすると、携帯に「PIN CODEを入力してください」という表示が出るので、「1234」と入力
●ここまでやると翌日あたりグラミン・フォーンから電話がかかってくるので、Edgeサービスがactivateされていることをそこで確認
●パソコンに携帯を繋ぎ、インストールした接続ソフト(Nokiaの場合、日本語表示も選べるのでカンタン)のアクセスポイントに「gpinternet」と入力。(ユーザー名、パスワードはなくても繋がる)
注1:ここまでやってもうまくつながらないときは、一度携帯の電源を切ってまたオンにすると繋がる
注2:これをやってもわからないときは、グラミンのカスタマー・サービス121に電話して訊く。

これでついに今日インターネットに繋げました。しかも今まで使ってたサービスよりずっと速いんです。日本のブロードバンドには及ぶべくもないけど、バングラデシュにしちゃこれは十分速い。わ~い、嬉しいわー。もう高くてサービスの悪いプロバイダーは解約しちゃおっと。

...と、しかし。ここでいくつか要注意事項もあったのでした。

ネットも携帯ですることになると、
●ネットに繋ぎながら電話で喋る、ということができない。
●携帯電話への依存度が高まるので、失くしたり盗られると大ショック。
●こういう多機能携帯は充電があまり長くもたない

1点目はネットに繋いでても電話がかかってくれば取れるし、スカイプなら使えるからそれほど問題ないし、3点目もスペアのバッテリーを買えばいいのだけれど、2点目はちょっと考える必要がありますね。地上電話線も引いてない我が家では、今は携帯とインターネットがべつべつで、2つの連絡手段があるけど、携帯だけに頼っていると、グラミン・フォーンののサービスがダメになると両方だめになる。とくに災害時など携帯が繋がらなくなる可能性大で要注意ですね。うーん、でもそのためだけに無駄にプロバイダーにお金払いたくないなあ。そんな大災害だったらプロバイダー接続もダメかもしれないし。

そして、「農村じゃプロバイダーがなくて事務所からメールも送れない、停電でパソコンも使えない」とぼやいている、シャプラニールの農村パートナー団体のマネジャーたちにも教えてあげよっかな、と思ってハタと気がついたのでした。

●農村でも携帯でネットにつなげるようになることがわかっていたら、県庁所在地などに開いたパートナー団体の連絡事務所(そこならインターネットが繋がるので連絡の拠点に、というのが大きな目的のひとつだった)はなくても済んだんじゃないか?

まあ、ネットを使うだけじゃなく行政機関や他団体との連絡拠点、という意味もあるし、周辺で既にいろいろ活動も始めているから、開いちゃってる事務所はいいんですけどね...。

この通信テクノロジーの進歩は、バングラデシュ農村部に拠点をもつローカルNGOには朗報ですね。NGOに限らず、農村にいながらネットに繋げられることで、できるようになる仕事は多いでしょう。携帯電話の普及だけでも、農村部の人々の出稼ぎや市場開拓の動きにかなりの変化をもたらしたようですしね。(パソコンやモデムつき携帯はかなりお金がないと手が出ないものではありますが...。)

日本からの出張者も私たち駐在員も、そのうち「農村部に出張なのでその間メールは見られません」と言えなくなっちゃいますね。いいんだか、悪いんだか...。

2007年04月14日

ベンガル大晦日

明日4月14日はベンガル暦のお正月。だからつまり今日は大晦日。近くの女子カレッジの校庭で新年の文化イベントが行われているようで今日は昼すぎからずっと大音量の歌とタブラーやハルモニウム、バンスリなどの楽器の伴奏が聞こえています。年越し音楽祭という感じ。大晦日だから近所で紅白歌合戦をやっていると思えばいいのかな。

去年もそうだったけど、こういうときに独りでいるのは寂しい、というかつまんないですね。休みの金曜日で大晦日だというのに私が今日家でやっていたことといえば、新聞を読んでブログを書くこととまだ見てなかったホラー映画のDVDを観ること(続けて2回も観てしまった)。暗い...。

今年こそは赤と白のサリーを買って友達誘ってベンガル新年のイベントに行くぞ、と思っていたのですが、先月イスラム過激派JMBの爆弾犯人6名が処刑され、その報復テロがベンガル新年を狙ってあるかもしれない、という物騒な警告も出ていて人ごみの中に行く気もせず、今年もテレビ正月になってしまいそうです。まあ出かけたら出かけたで、あちこち交通規制もあって大変ですしね。

TVニュースでは日本の大晦日さながらに市場の生鮮市場で買い物をする人たちの様子が映り、新巻鮭ならぬバングラデシュの国魚イリッシュ・マーチの値段が、大きいもので一尾3千タカ(約5千円)にまで吊りあがった、とレポートされていました。確かに立派なイリッシュだったけど、ちょっと常識では考えられない高値です。ベンガル新年には素焼きの器でご飯の水漬けとイリッシュマーチを食べる、というのが定番らしいのですが、こんなに高くちゃ誰が買うんだろう、と思います。買いものに来た男性が「イリッシュを買いに来たんだけど、こんなに高いんじゃ山羊一頭買ったほうがいいよ」と言っていました。私もそう思う...。

もうあと20分で年明け。1年を振り返りつつビールでも飲むかな。

2007年04月13日

選挙は2008年末までに

きのうの夜はテレビニュースも見ずにパソコンに張りついていたので今朝新聞を見るまで知らなかったのですが、昨日選挙管理内閣のフォクルウッディン・アフマッド主席顧問の国民に向けての演説がありました。2008年の終わりまでに選挙を実現するつもりであること、現選挙管理内閣は必要以上に居座るつもりはなく、究極的な目的はあくまで純粋な民主主義への移行で、自由で公正、信頼性のある選挙を通して選ばれた政権にハンドオーバーすることだと述べ、この3ヶ月間の暫定政権の成果もアピールしました。

昨日私が書いたように最近の動きをみて「大丈夫なのかこの政権は?だんだん違う方向に行きつつあるんじゃないか?」と不安を感じている人は少なくなかったと思いますが、ここでまたぐわっと文民政権の顔に戻すところが絶妙のバランス感覚(というより必死でバランスをとりながら進めている、というところでしょうか)。非常事態宣言開始から3ヶ月という節目もありますが、ベンガル新年(4月14日)前の週末、というタイミングも意図したのでしょう。

新聞に出ていた演説全文によると、2008年中に選挙は実施できる見込みで、政党の登録は選挙改革の重要項目のひとつとし、候補者の収入・支出・財産などの報告は必須とするとのこと。また、学生組織や各種業界組織などが政党に取り込まれることのないように努力し、次の選挙だけでなく、今後のすべての選挙が正しく公正に行われるための枠組みをつくることを念頭に改革を行っている、とも言っています。また、現在の行政システムでは、国会議員と行政最小単位のユニオン評議会メンバーは選挙で選ばれ、県や郡レベルのトップは中央政府からの派遣なのですが、郡レベルでも選挙を行い、地方行政をより効果的に機能させたいとしています。

電気や肥料の供給不足が乾期の灌漑稲作に悪影響を及ぼしている問題については、肥料、ディーゼル、電気を広範囲に提供すべくあらゆる方策をとっていることを説明し、電気については消費者の権利と同時に市民としての責任も持ち、各家庭でできる限りガスや電気の節約に努めて欲しい、との意識喚起もしています。

このほか、国連の汚職撤廃条約に批准したことや、国内人権委員会を設置したこともアピール。先日のSAARCサミットで2008年が「グッドガバナンスの年」に決められたことを受け、バングラデシュを南アジアの空でで光り輝くグッドガバナンスの星としたい、と高い理想を掲げています。(世界最悪の汚職の国から光り輝くグッドガバナンスの星へ、とまで言ってしまうのはすごい...。)

司法改革などを通じて市民の権利と正義が守られるようにすることや、社会の中で権利を奪われ抑圧されている人々への責任があること、女性たちが今も結婚持参金や違法なフォトワに苦しめられているという耐え難い状況は終わりにすべく、国レベルでも社会レベルでも様々な方策が必要だとも述べています。

最後は、ユヌス氏のノーベル賞受賞や穀物がほぼ自給できるようになったこと、クリケットチームのワールドカップでの健闘、縫製工場労働者の日夜の勤勉な働きぶり、バングラデシュ軍のPKFでの活躍など、国の自信につながる事項を並べ、幸せで豊かで平和なバングラデシュ実現のために国民の協力を呼びかけ、過去の失敗や限界を乗り越えることをバングラ新年前夜の誓約としたい、というまとめ。“We can do it, only if we can do”なんていう言い回しは、ユヌスさんっぽいですね。

うーん、このスピーチの内容が本当にすべて実現したらどれだけ素晴らしいことか。結婚持参金や違法なフォトワをなくす取り組み、というのはぜひ実現してもらいたいしこういった分野でNGOと地方行政の協働を促進することも積極的にプッシュしてもらいたいものです。

言うは易し、行なうは難し、でありますが、この演説内容の具体性と前向きさについては評価したいと思います。今後の動きを注意深く見守りましょう。

2007年04月12日

ハシナ元首相訴追~非常事態宣言から3ヶ月

また何日か更新が止まってしまいましたが、その間もバングラデシュ政界は激震続き。もういろいろなことが起こりすぎて理解するのも書くのも追いつかないよー、というところです。

4月9日、ウェストモントという電力会社の代表が、アワミ連盟政権時代、発電プロジェクト受託に絡み賄賂を強要されたとして、アワミ連盟党首で元首相のシェイク・ハシナ総裁を告訴。その驚きもさめやらぬ11日、今度は昨年10月28日にダッカ市内の政党支持者間の衝突で7名の死者が出た騒動に関して、ハシナはじめ幹事長のジョリルなどアワミ連盟幹部を含む14党連合関係者46名、BNP側の4党連合にいたジャマテ・イスラミの党首含め10名が、殺人容疑で訴追されました。

シェイク・ハシナは娘と息子が住むアメリカに滞在中で、4月7日にBBCベンガル語放送のインタビューを受け、「現暫定政権は非合法で非民主的」と大胆に選挙管理内閣を批判をしたことがニュースになったばかり。その直後のこの告訴・訴追劇。現政権の背後にいるコワーイ人(たち)の逆鱗に触れ、「おとなしくしておけば見逃してやったものを、楯突く気なら目にもの見せてやる!」とたちまちやられてしまった、という感じがしますね。殺人容疑の訴追のほうは、最初リストにハシナの名前は入っていなかったのが、後から警察が付け加えた、という話です。

ハシナ総裁は14日に帰国して容疑を晴らす、と言っていましたが、「名誉を汚すようなことにはしないから帰国は遅らせたほうがいい」という「ある政府高官のススメ」で帰国を延期。11日夜のTVではアワミ連盟幹部がインタビューに答え、「容疑は政治的意図をもったでっちあげで事実無根」と主張していましたが、声は小さいし肩はがっくり落ちている、という感じでした。

一方、息子タリクが獄中で腰痛に苦しんでいるというBNP総裁の前首相、カレダ・ジアも、弟夫婦など4人の人物以外の邸宅への立ち入りを制限され、事実上軟禁状態。国外脱出するという噂でしたが、それには否定のコメントを出しています。

1月11日の非常事態宣言から3ヶ月。最初のうちは、誰も手をつけられなかった汚職政治家が次々逮捕されるのを見て痛快に感じていましたが、ここへきて私はだんだん心配になってきました。当地の人権擁護団体、オディカールによれば、この3ヶ月で逮捕・拘束された人は推計12万人以上。法の裁きを受けることもないまま、警察などにより殺された人は79人。その中には、少数民族のガロのリーダーで、BNP政権時代、ガロの人々が昔から暮らしてきたモドプールの森を潰し、エコパークをつくる計画への反対運動を引っ張っていたチョレス・リッチル氏もいます。彼は獄中で拷問を受け、死亡しました。公表された彼の遺体の写真は全身痣だらけの痛ましいものでした。彼の死については、モドプールの森を守るために活動してきた環境保護団体なども抗議の声をあげています。

BNP政権時代も警察の特殊部隊が軽犯罪容疑者に銃を乱射したり、少数民族を弾圧したり、という状況は酷かったですが、わずか3ヶ月に12万以上逮捕という数字は尋常ではありません。

この選挙管理内閣のゴールは本当に「公正な選挙を実施し、民主的に国民の代表を選ぶ」ことに落ち着くのでしょうか。現政権は片っ端から人を逮捕したり獄中で拷問したりする一方で、フォクルウッディン主席顧問が「警察の改革は現政府の重要課題。警察は専門性と透明性を備え、奉仕的であるべきだ」と述べるなど、なんだかジキルとハイドみたい。言い換えれば力を行使しようとする軍の顔とそれをコントロールしようとする文民の顔。当初はスマートな文民の顔が前面に出ていたので、「国民の利益のために大胆な改革をする良心的な政権」と歓迎されましたが、だんだん軍の顔が表に出てきている中、ジキルとハイドのバランスがいつまで保たれるのか心配になってきます。そのうち「ええい」と自らマスクを剥ぎ取ったりして…。

「大半の国民が支持している」と言われてきた暫定政権ですが、殺された人の声は聞けないし、獄中の人の声は届きません。スラムを撤去された人の声も、路上を追われた物売りたちの声も、弱すぎて聞こえません。そう考えると安易に「国民の大半が支持」とは言えなくなりますね。聞こえる声しか聞いていないわけですから。

汚職・腐敗が上から下まではびこって、あらゆる公務がまともに機能しない社会も非常に困りますが、汚職を追放するためだから…と人権侵害に目をつぶっていると、そのうち大きなツケが回ってくるのではないか、知らないうちに大変なことが起きるのではないか(もう起きているのかも)、という怖さを最近感じ始めています。

2007年04月07日

18ヶ月は選挙はナシ

前にも一度、当面選挙はなさそうだ、という話をお伝えしましたが、昨日選挙管理委員会が「少なくとも18ヶ月は選挙はできない」との見通しを発表しました。(新聞記事はコチラ)顔写真入り選挙人名簿と国民IDカードを同時並行で準備するのに約18ヶ月かかる見込みなので、その仕事が終わるまでは国政選挙も地方選挙も一切ナシ、とのことです。

1年半、結構長いですね。確かにこの機を逃したら選挙人名簿やIDカードはしばらく作れないだろうなあ、とは思いますが、投票で選ばれたのではない選挙管理内閣という暫定政権がそこまで長く続いてよいのかどうか、なんとも言い難いところです。まともにやってくれればいいですが、もしなんらかの形で暴走したら止めようがなさそうだし。

先週の月曜日、ダッカでの政治学協会のセミナーで、モイーン陸軍参謀長が「バングラデシュにはわが国独自の民主主義が必要だ」と発言するなど、非常事態宣言後表立っては姿を見せなかった軍のトップが、最近公的な場で政治的発言を始めているのも気になるところです。

この発言があった直後の昼食時、「わが国独自の民主主義(Our own brand of democracy)」という発言の意味するところについて、うちの事務所のスタッフたちも大議論していました。「エルシャドが政権をとる前と状況が似てる」と警戒心を見せている人もいます。

今後軍はどう動くのでしょう。選挙管理内閣の最大の支援者、という陰の役割に徹することができるのか、それとも表に出てくるのか。民主的でクリーンな選挙は果たして実現するのか。

2007年04月06日

暑いんです

つい2~3ヶ月前に異常な寒さで寒波救援活動をしていたというのに、4月に入って猛然と気温が上がり、今週のダッカの最高気温は38度。まだスコールも来ないし、ダッカはほとんど風もなくてほんとに暑いです。この時期にここまで暑くなるのはこれもちょっと異常らしい。

1週間ブログ更新をさぼったのは、急に暑くなったのに合わせてなぜか自然に早寝になってしまったから。先週末はこちらの祝日もあって3連休で、その連休中に2泊3日で開催したスタッフ向けのジェンダー・ワークショップがとてもよかったので、その報告をぜひ書きたいと思いつつ、今日も寝てしまいそうです...。

P1020431.jpg暑いときは睡眠時間をしっかりとらないとバテるんですよね。頭で考えなくてもちゃんと気候に反応する身体はエライ。それともただ怠けグセがついてきただけかしら。

日本は桜が満開だそうですね。こちらはマンゴーの青い実が、梅かあんずぐらいの大きさになっています。この実が十分大きくなる頃、雨季が到来します。

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プロファイル

藤岡前駐在員藤岡恵美子
(ふじおかえみこ)
2009年9月に駐在を終えてダッカから帰国しました。現在「全国キャラバン」で、北は北海道から南は九州まで全国行脚の講演会実施中です。
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  • 古本寄付で国際協力・ステナイBOOK
  • フェアトレードショップクラフトリンク南風
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